第59話 サバでイチゴを釣る

「...」






「......」






「.........」






「釣れん」


 公介は今、釣りをしている。




 時は少し遡り数時間前。

 ホテルで寛いでいた公介は、折角北海道に来たのだから何かしら思い出を作ろうと思い、町へ繰り出した。


 しかし、北海道をぷらぷらするとは言ったものの、いざ来てみると何をすればいいか思い付かず、北は魚が美味い、そして新鮮な魚も美味い。


 つまり北の新鮮な魚は凄く美味いという結論に至り、市場を探したが、ホテルでゴロゴロしていたせいで、時刻は既に午後に差し掛かっており、朝が早い市場にとってこの時間帯は閉まっている店が多く、自分で魚を釣ってみたいといういつ思ったか分からない夢を叶える良い機会だと思い、釣具屋に寄る。


 だがロッドだのリールだの良く分からない単語の説明に苛立ち、それらを使わない延べ竿と仕掛けセットを購入した。


「兄ちゃん、延べ竿は遠投しにくいから波に押し戻されちまうぞ。船でも使って沖へ行くのかい?」


「これでいいです。本格的に始めるつもりはないので」


 途中で昼食を挟み、苫小牧の海辺まで向かった公介は隠密スキルを発動させ、沖へと飛んでいく。


 魔力を操作して空を飛ぶこと自体を罰する法律は無い。

 人は航空機ではないというのもあるが、空を飛ぶと当然目立のだからこっそり犯罪を犯すことも難しく、そもそも飛べる人間も少ない為、犯人の特定も容易であるのが理由だろう。


 建物の塀を乗り越え不法侵入や、盗撮が出来やすくなるかもしれないが、そんなのは魔力を体に流し、身体機能を向上させれば、簡単に飛び越えられてしまうのだから、飛翔だけを取り締まっても抑止にはならない。


 勿論飛翔以外で飛翔している人を罰する法律はある。

 民家の直ぐ上を怪しげに飛べば不法侵入が適用される他、条例で飛行を禁止している地域もある。


 要するに誰かが嫌がるような飛び方をするなということだ。


 隠密スキルに関しては、ダンジョン外でのスキルの使用は原則禁止なのだが、予知スキルの時同様、迷惑をかける使い方をしなければ捕まることはまずない。


 尾哲から支給された透明服が禁止なのだから、このスキルも禁止だが...


(バレなきゃいいか)






「よし。この辺でいいだろう」


 ある程度進み、海の上であぐらをかきながらイソメを刺した釣糸を落とす。






 そして現在、14時を回っているが1匹も釣れていない。

 やはり4月はまだ早すぎたのか。

 我慢の限界がきた。


「もう駄目だ! 直接取ってやる!」


 釣竿を収納袋にしまい、飛翔するために体の外にコーティングしていた魔力を、海水が入ってこないよう厚くする。


 そのまま海の中で飛翔し、魚の群れを見つけると、魔力で巨大なボウルを形成し、掬い上げる。


「一網打尽だ」


 大量に釣るつもりで買ったポリ袋に魚を入れていく。

 魔力で形成したナイフで頭を落としながらだ。


「これだけ取れれば充分だろう。というか充分過ぎ」


 数えきれない程の魚を捕まえ、ご満悦の公介。

 ポリ袋を縛り、収納袋に入れ、陸へと戻る。


 誰も見ていないことを確認すると、ダンジョンへの穴を開き、入った後、直ぐに閉じる。


 魚が入ったポリ袋とホームセンターで買った炭にチャッカマンで火をつけ、串に刺して焼き始める。

 地面に串を刺そうと思ったが、固くて刺せそうにないので、魔力で形成した土台に刺した。


 調味料も調達済みだ。


 火のスキルを取得して使っても良かったが、こういうのは雰囲気が大事だと思い、却下。


 暫く焼いていると、ふと門が2つあることに気付く。

 ダンジョンの2階層が出来てから、1階層へ戻れる門が現れたのは知っていたが、何故それが2つあるのか。


 疑問は直ぐに解消されることになる。

 帰還出来る門からイチゴが出てきたからだ。


「イ、イチゴ!?」


 あまりに突然の出来事に唖然とする。


「どうも。気になったので来てしまいました」


 相変わらずの真顔で話すイチゴ。


「来てしまいましたじゃねぇよ...って言いたいが、丁度聞きたいことがあったんだ。そこにあるもう1つの門はなんだ?」


「逆の門ですよ。門の前で行きたい階層を言えば、その階層へ一瞬で移動することが出来ます」


 そんな門が存在するダンジョンなんて聞いたことがない。


「勝手にそんなことをするなと叱りたいけど...めちゃめちゃ便利だな」


「それなら作った甲斐があります」


 ダンジョンが自分のものなら何故自分に許可を取らずにそんなことをするんだと思ったが、正直いるかいらないかで尋ねられたら、いると答えるだろう。


「そういえば気になったから来たとか言ってたな。欲しいのか」


 公介は魚を指差し、問い掛ける。


「欲しいです。大変興味があります」


 真顔の即答。


「モンスターでも食事を取れるのか...まあ文字通り腐る程あるからな。いいぞ。丁度焼き上がったたころだ」


「ありがとうございます」


 親交を深める気は無いが、これだけあるのだから分けてもいいだろうと判断した。

 焼き上がった魚をイチゴに渡す。

 自分の体は魔力で強度を上げているから万が一攻撃されても平気だ。


 流石モンスターというべきか、焼きたてなのに熱さを気にせず、しかも骨まで食べている。


「成る程。これが小サバというものですか」


「これサバだったのか」


 何故魚の種類まで知っているのか。

 一体どこでそんな知識を身に付けたのか。

 それとも最初から知っていたのか。


「もう1つ頂いてもよろしいでしょうか」


「いいぞ。好きなだけ食え。空いたスペースにはちゃんと新しい魚刺しとけよ」


 真顔で黙々と食べている姿が面白いと感じた。

 暫く食べていると、イチゴの方から話しかけてくる。


「生では食べないのですか」


「食べられはするだろうけど、魚なんて捌けないぞ」


 スーパーでサバの刺身が売っていたりするのだから、生でも問題ないのだろうが、そんな技術はない。


「では、私が捌きましょう」


「お前...そんなことも出来るのか」


 世界広しといえども、モンスターが捌いた魚を食べたことのある人はいないだろう。

 イチゴは魔力でナイフを形成し、いとも簡単に刺身を作ってしまった。


「こんなものでしょうか」


「へぇー大したもんだな」


 これには素直に感心した。

 その後も何匹も捌き、刺身にしていく。


「ふう。お腹いっぱいだ」


「私はまだ食べられます」


 もう何年分の小サバを食べたんだと思うぐらい堪能した。

 しかしイチゴは、胃袋が存在しないのかとツッコミたくなる程食べている。


「気に入ったなら残りはやるよ。氷も溶けちゃったし」


「ありがとうございます」


 今のイチゴを見ているとちょっと小さい普通の女性にしか見えない。

 また人間をモデルにした私にとっては褒め言葉だと言われそうだが、本当に自分の意思で人を殺していたのか疑問に思う。


「なあ、今のお前と前のお前、どっちが本当のお前なんだ」


「どちらも私ですよ。立場で人が変わるのは、貴方達人間もそうでしょう」


 その言葉に少しガッカリした。

 操られていたとか、脅されていたなどと言ってほしかったのかもしれない。


(モンスターにそんなこと期待してもしょうがないか)


「お前みたいな存在って、他にもいるのか」


 人に酷似したモンスターがイチゴだけとは思えない。

 他に何体かいてもいい筈だと思った上での質問。


「いますよ。私のように100階層で姿を現すパターンもありますし、それ以外に既に人間社会に溶け込んでいる個体もいます」


「何だって!?」


 ふとした質問だったが、衝撃の回答だった。


「元々そういう役割を与えられた個体がほとんどですが、もしかしたら自分の意思で溶け込んでいる例もあるかもしれませんね」


 本当なら一大事だ。

 100階層に出現したイチゴと同種のモンスターが既に人間社会で活動しているなど危険過ぎる。


「で、でも地球はダンジョン程魔力で満ちていないぞ。モンスターにとっては活動に不向きじゃないのか。そもそも何の目的で溶け込んでるんだよ」


「さあ、直接聞いてみないと分かりませんねぇ」


 そこまで教えてくれる気は無いようだ。

 魚やったんだから教えろと思ったが、もらったからこそここまで教えてくれたのかもしれない。


 魚をあげただけでその情報を引き出せたのなら海老で鯛を釣ったと言えるのだろう。


「......まあその情報が知れただけでも収穫ありか」


 ネットや町中で、そんなモンスターがいると叫んでもおかしい人と思われるだけだ。

 寧ろそのモンスター達を刺激してしまうかもしれない。


「探すにしても手がかりが無さすぎるしな」


「別に貴方が対処する義務など無いのでは」


 それは確かにそうかもしれないが、


「世の中には戦えない人だってたくさんいるんだ。力があるのに何もしなかったら手遅れになった時に後悔するだろ」


「そうですか。まあ貴方の力ですから。守ろうが壊そうが、好きなように使えばよろしいかと」


(好きなように...か)


 そんなことを言われても、好き勝手に力を振りかざしたらロクなことにならないだろう。


「というかお前名前付けてやったのに俺のことは貴方呼びかよ」


 自分にだって名前があるのだから、ずっと貴方と呼ぶのはやめろと思った。


「貴方とお前、まるで夫婦のようで良いのではと思いましたが、まあいいでしょう。では主人様、公介様、マルス様、どんな呼び方がよろしいですか?」


「時代遅れだぞ。それに結婚した覚えはないし、モンスターと結婚する気も無い。後なんだよ、最後のマルスって」


 主人と公介は分かるが、マルスとは何をかけているのか。


「リンゴを別の呼び方でマルスと言うそうですよ。私がイチゴですから同じ3文字で語尾も同じなリンゴが適しているかと」


「俺までフルーツかよ。まあ取り敢えず公介でいい」


 呼び方が決まったところで、そろそろ帰ってもいい時間になった。


「じゃあ俺はダンジョンから出るが、お前は出るなよ。まだ信用したわけじゃないからな」


「勝手に出たりはしませんよ」


 穴を少しだけ開き、周囲に人がいないことを確認しながら出ると、イチゴが中にいることを確かめ、穴を塞ぐ。


(今から協会のホテルに行くのもいいけど、折角だから近くのホテルに泊まって、明日ホッキカレーでも食べて帰るか)


 魚を取り、満足した公介は次の日、東京へ帰ることにした。

 スマホのホテル比較アプリで今からでも予約出来るホテルを探す公介であった。


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