第58話 成果

「さあ、訓練の成果を見せてもらおうじゃないか」


「今度は魔力9割も残させませんよ」


 午後の訓練も大詰めになり、最後にもう一度手合わせをすることになった2人。


 たった2日訓練しただけで勝てるなら苦労はしないが、それでも昨日のように一国の魔力が9割も残っている状態では終わらせないと意気込む。


 流す魔力を限定しながら踏み込み、一国へと向かっていく。

 障害物が無いか、確認を行いつつ、片手のみに魔力を流した拳を振り下ろすも躱される。


「攻撃方法が昨日と同じじゃ避けられてしまうよ」


「いや、同じじゃないです」


 公介からではない場所から魔力を感じ取り、咄嗟にしゃがみ、避ける一国。


「これは...」


 後ろに下がり、魔力の正体を確認すると、見えたのは薄紫色の拳が2つ。


「魔力で形成した拳です。避けられるなら手数で補います」


 これは一国も予想外だった。

 1つではなく、一気に2つの魔力を操るのは、当然さらに難易度が上がる。

 自身の体の魔力と合わせれば、3つだ。


「こんなに離れていても魔力を操れるとは。驚いたよ。私も同じことをさせてもらおうかな」


「う...まあ出来ますよね」


 一国も当たり前のように拳の魔力を2つ形成させる。


 再び激突する両者。

 8つの拳が入り交じり、お互いスレスレのところで躱し合うが、


「ぐっ...」


 段々と一国の拳が掠り始める。

 たまらず空中へ飛翔し回避する公介。

 それにつられるように一国も飛翔。


「もう拳を増やすのは終わりかな」


 両者の戦いは空中戦に持ち込まれたが、公介は拳の形成を止めてしまった。


「飛びながら2つ操るのは厳しいんですよ」


 それを聞いて一国も魔力の拳をなくした。

 あくまで同じ条件で戦いたいのだろう。


 空中でも地上同様激しい攻防だが、やはり一枚上手なのは一国。


「空中での戦いはまだ慣れていないみたいだね。降りた方がいいんじゃないかな」


 地上の時よりも押されている公介にアドバイスするも、公介は引かない。


「なるほど。それなら私もとことん付き合おう」


 だが次第に公介の体から魔力が漏れ始める。


「公介君。魔力が漏れてきているぞ。やはり慣れない空中戦を長時間するのは良くない」


 2日目でここまで戦えるようになったのだから空中戦は充分だと思った一国。


「ええ。もう充分溜めました」


「溜める?...!?」


 公介から漏れ出た魔力で気付かなかった。

 上空に魔力玉が出来ていたことに。


「戦いながらこんなことまでしていたとは。だが、避けるのも簡単だ」


 気付いてしまった時点で当てるのは不可能だと思っていたが、直後、体が動かないことに気付く。


「な!?」


 体に魔力の鎖が巻かれている。

 空中戦になった時、消した筈の拳は気にならないレベルまで魔力を分散させていたのだ。

 それを今になって、鎖に形成させ、拘束した。


「もう魔力無いんで、これで最後です!」


 ただ魔力玉を放つわけではなく、極太の光線銃のように玉から魔力が放射される。


「こんな芸当まで出来るようになるとは。本当に大したもんだ」


 魔力は一国に当たり、爆発を起こす。

 既に魔力が底をついた公介は黙って見守る。


 視界が開け、見えた人影であと一歩届かなかったことを悟った。


「やっぱ駄目かー」


「いやいや、寸前で拘束を外せたから直撃を免れたんだよ。それに2日で越えられたら私の面子が無くなってしまうよ」


 公介は悔しがっているが、内心一国は焦っていた。

 2日でこの成長速度なら、この先一体どれ程成長するのか。


 今回はスキルも防護服も無しで魔力を100までにしたが、ありにしていたらどうなっていたのか。


(その純粋さを利用されないか心配だ)


「でも、魔力玉を溜めていたことを言わなかったら勝敗は分からなかったかもね」


「人間が相手だと躊躇しちゃって。駄目ですよね、これじゃ」


 わざわざもう充分なんて言わなければ良かったのにそれを教えてしまったことで落ち込む公介。

 しかし、一国は首を振る。


「駄目ではないよ。罪の無い人間相手に躊躇するのは当たり前だ。それは弱さじゃない。本当に弱いのは、相手の痛みを知ることが出来ない人間だ」


「一国さん...ありがとうございます」


 一国の言葉で励まされた公介。


「さて、話は変わるが、公介君は式典には呼ばれているかい?」


「式典? アメリカで行うっていうやつなら呼ばれてますよ」


 インドダンジョンの作戦に参加した人全員が招待されるのだから、一国にも招待されているのは当然だろう。


「ああ。私は立場上行こうかと思っているんだが、公介君はどうするんだい」


 一国は知名度が高く、自衛隊に所属していることもあり、立場上国絡みの行事に欠席するのは印象が悪くなるのだとか。


「うーん、俺は今のところ行かない方向ですね。アメリカまで行くの面倒臭いですし」


 福地にも伝えた通り、行くつもりは無い。


「そうか。まあ人それぞれだからね、強制するつもりはないよ。さあ2日間の指導も終わりだ。いつ帰るかは自由に決めてくれ」


 因みに協会のカードは飛行機の支払いにも使え、それで払えば協会を通じて、一国が出してくれるらしい。


「はい。特に帰ってしたいことも無いですし、北海道でぷらぷらするのもありかもしれません」


 今日は日も暮れている為、今日も協会のホテルで泊まることにした。

 元々直ぐに帰るつもりは無かったので、昨日の段階で今日の分まで予約していた。


 タクシー代やホテル代も払おうと一国には言われたが、自分の為に時間を割いてくれたのはお互い様だからと断っていた。


 部屋へ着くと、大浴場へ行く前にインドダンジョンの穴を生成し、中へ入る。

 少し試したいことがあったのだ。


 その目的を果たす為に奥のコアへと進む。

 道中にモンスターはいない。

 思うがままに活動させられるのだから、モンスターを消すことも出来る筈だと思い色々試行錯誤した結果、コツを掴み、ただの魔力にすることに成功した。


 モンスターがいなくなったことで空気中の魔力も消えたが、その影響で成長に魔力を割けたのだろう。

 今は2階層目まで成長していた。


 2階層の最奥にあるコアへ辿り着いた公介は、コアへ手をかざす。


「魔力の使い方を学んだ今なら」


 成長に魔力が必要なら自分自身の魔力を注ぎ込むことも可能なのではと思っていた。

 一国のお陰で魔力の使い方が数段上がった今ならそれも出来る筈だ。


「フンッ!」


 魔力をコアへと注ぐ。

 ほぼ一瞬で魔力が回復するのだから、注ぎ放題である。

 爆発しないか心配だったが、穴を塞ぐのも自在に出来るのだから大丈夫だろう。


 魔法効果上昇スキルのお陰で、実質100万の魔力を一気に注いだ結果、100階層まで成長したことが何となく分かった。

 自分がダンジョンの種を食べたからか、自分のことのように頭に入ってきたのだ。


 身体強化スキルもオンにし、100階層へと向かうと、先程と比べ明らかに大きなコアを発見する。


「この階層小さいな」


 赤バンドチームと同じ感想を言いながら、コアの目の前まで来た公介。


 だがコアの前には人影のようなものが見えた。

 さらに近付きながら目を凝らして見ると、徐々にその人影の正体が見えてきた。


「お久し振りですね」


「!? お前は!」


 その姿には見覚えがあった。

 以前とは少し様子が違うが、間違いない。


「融合体!」


「少し違いますね。今はコアと融合する前ですから」


 公介は融合体がコアと1つになる前の姿を知らないが顔つきは紛れもなく融合体だ。


「どっちでもいい! まさかとは思ったが、本当にまた会うことになるとはな。まあお前もモンスターなんだから当然か」


 融合体が100階層にいたことは、融合体を倒した後、合流した一国達との会話で知っていたが、本当に現れるとは思わなかった。


「そんな敵意剥き出しにしないでいただけますか。コアと融合しても敵わなかった相手に、今の私では絶対に勝てませんから」


「人殺しが目の前にいるのに、お茶でも飲んでくつろげって言いたいのか」


 もし奴が今でも前と同じことをしようとしているのなら、もう一度倒す必要がある。


「そもそも貴方はこのダンジョンのモンスターを、ただの魔力に戻すことが出来るのでしょう。やろうと思えば私の体もそうすることが出来る筈です」


 確かに奴がモンスターである以上、他のモンスターと同じことが出来るが、まだその時では無いと公介は判断した。


「お前にはまだ聞きたいことがあるんだ。変な動きを見せない限りはその姿でいさせてやる」


「聞きたいことですか。貴方の力についてはお答え出来ませんよ。ですが、このダンジョンのことなら答えられます」


 自分の力について答えてくれないのは予想していたが、以外にもそれ以外は教えてくれるという。


「じゃあ聞くが、このダンジョンはインドにあったダンジョンと同じものなのか」


「人間でいう同一人物か、という意味なら違います。インドという土地にあったダンジョンはコアと融合した私を倒したことでコアも破壊され、今このダンジョンは全く同じ性質を持った新しいダンジョンです」


 すんなり答えてくれたことに少々戸惑ったが、次の質問をする。


「じゃあ俺が穴を自在に生成出来る理由はなんだ? 俺が穴を閉じている間はどこにあるんだ?」


「前者の質問にはお答えできません。それを言ってしまうのは貴方の力を言ってしまうのと同じですから。後者についてですが、貴方がダンジョンの種を飲んだのだから。と言えば伝わりますか」


 穴を生成出来るのはーーーのみだと、鑑定結果で分かっていたのだから、答えてくれないのは分かっていた。

 だが後者は、つまり。


「俺の中にダンジョンがあるってことか!?」


「はい。物理的に貴方の体の中にあるわけではありませんが」


 衝撃だったが、それなら自分が自在に穴を開けたり閉じたり出来るのも納得だ。


「じゃ、じゃあ最後だ。他のモンスターやお前の片目が金色になっていたり、服や髪に金色の線があるのは何故だ」


 子象型のモンスターだけでなく、今目の前にいる奴にも髪の一部や全身黒の服装に金色の線が描かれいたり、片目が金色になっていたりと、特徴がある。


 公介は知らないが、融合体になる前にもこんな特徴は無かった。


「詳しくはお答え出来ませんが、貴方のダンジョンだから、とだけ言っておきましょう」


 どうして自分のダンジョンだとそんな風になるのかは分からないが、詳しく答えてはくれないのなら、仕方ない。


「...分かった。因みに聞いておくが、お前はこのダンジョンから出て人間を殺す気はあるのか」


 ここで、はいと答えられたら倒すしかないと思っていたが、


「いいえ。貴方の命令無しでそんなことはしませんよ。コアの所有権も今の私にはありませんから、融合も出来ません。私もどうするかは貴方の自由です」


「...ならいい」


 嘘かは分からないが、無抵抗のここまで人間に似ているモンスターにこう言われては、倒す気にはなれなかった。


「おや、私が人間を殺したことを恨んではいないのですか」


「お前のことは許せない。でも俺は裁判官じゃないからな。生命体じゃないお前がもう殺さないって言ってるなら、なにもしない」


 本来なら何かあってからでは遅い為、ここで倒しておくべきなのだろうが、それが出来ないのは自分の甘さ故か。


「盗賊は警察に引き渡したってのに、これじゃ不平等なのかもしれないな」


 そんなことを思いながら帰路につこうとすると、奴の方から話しかけてきた。


「お待ちください。私に個体名を授けてはいただけませんか」


「なに?」


 全く予想していなかったことを言われた。


「人間をモデルにしている故か、人間のように個体を識別する名称が欲しくなってしまいました」


「お前ホントたまに人間臭いこと言うよな」


 確かに今は融合体ではないが、お前や、100階層のモンスターと言い続けるのは可哀想な気がした。


「うーんと......じゃあイチゴだ」


「え?」


 一瞬驚いた顔をされたが直ぐに戻る。


「最初のダンジョンだから1号でイチゴだ。文句ないだろ」


「なるほど、そういう意味ですか。いいでしょう。これからは私の個体識別名はイチゴとさせていただきます」


 何を考えていたのかは不明だが、納得したようだ。

 その後、ダンジョンから出て、穴をちゃんと閉めたことを確認する。


「流石に勝手に出てはこれないよな」


 イチゴはコアの所有権も自分に移動したと言っていた。

 ダンジョンが自分のものになったのだからイチゴが勝手に空けてくることは出来ないだろうと願った公介であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る