第51話 緊急事態

「なんだと!?」


 今までの戦闘はただの時間稼ぎだったのだろうか。

 飛んでいる3人でも分かる程、ダンジョン全体が揺れている。


「早く地上に向かった方がよろしいですよ。大事なお仲間さん達が殺されてしまいます」


「まさか...モンスターが地上に出現しているのか!?」


「ンッフッフッフッ。これは人間でいうところの愉快な気分というものですね。それでは地上でお会いしましょう」


 モンスターは笑みを浮かべながらコアへ吸い込まれていくと、そのまま何処かへ消えてしまう。


「っの野郎! 待ちやがれ!」


 追いかける丁子を止める一国。

 まずは皆と帰還の門で地上に行くべきだと促す。


 3人が地面へ向かうと、あのモンスターによる魔力の圧は解けていたようで、皆起き上がっているのが分かった。


 エマや丁子のチームメイトは自分達が戦えなかったことを謝罪してきたが、今は地上へ向かうのが先だと言い、全力で門を目指す。


 距離は数百メートルであり、マックへの報告は直接した方が早いと判断したリーダー達は門を抜け、ダンジョン1階層の出入口に出たが、既に通信拠点はもぬけの殻。


 おそらくダンジョンからモンスターが迫って来た為、外へ撤退したのだろう。

 大きく膨れ上がった出入口の穴へと、今この瞬間にもモンスターが出ていくのが確認できる。


 自分達に目もくれない理由は地上へ出るのが最優先、ということなのか。

 モンスターは今まで遭遇してきた種類が入り交じっている。


 かなり深い階層で確認したモンスターもいるが、ここまでそんな短時間で向かってくることは不可能だ。

 赤バンドチームが門から一瞬で帰還したように、モンスター達も同じようにワープしてきたのかもしれない。


 急いで外へ出ると、広がっていた光景は悲惨なものだった。




「く、来るなぁー!」


「ヒィィ! 助けてくれぇー!」


「死にたくない! 死にたくない!」


「落ち着け! 冷静に対処し...!? ぐあああぁぁぁ!」




 一般人は作戦前から避難という名の強制退去させていたものの、サポートスタッフ達がモンスターと戦っていた。

 だが低ランク相当のモンスターならまだしも、それ以上となると最早スタッフ達では対処が難しく、徐々に押され始めている。


 急いで助けようとするも、穴から出てきたモンスターが赤バンドチームに襲いかかる。


「クソ! 1匹1匹は大したことねぇくせに、数が多すぎる!」


 彼等がモンスター達を倒していると、マックがこちらへやってきた。


「お前達、無事だったか! 状況は見ての通りだ。連戦ですまないが、駆除を手伝ってくれ!」


「それは勿論ですが、外部からの応援はどうなっていますか?」


 一国が尋ねるが、答えはおのずと分かっていた。


「残念ながら期待しない方がいいだろう。カナダ同様、ドーム状の見えない壁に阻まれている。私達は完全に閉じ込められたというわけだ」


 遠くへ避難しようとしたスタッフもいたが、壁のせいでそれは叶わない。

 寧ろ皆と離れてしまったことでモンスターのいい的になり、おそらく殺されてしまっただろう。


 象型モンスターとはいえ、サポートスタッフ達よりは速い。


「だが諦めるのは早い。ここにいるのはモンスター討伐のエリート達だ。必ず突破口はある」


 カナダと同じ現象が起きていることに弱気になりかけた彼等を励ますマックだが、次々と穴から出てくるモンスターを相手にどうすればいいのか、内心不安だった。


 魔力が流れていない攻撃とはいえ、ミサイルでも破壊できなかった壁に囲まれている今、文字通り突破口など何処にも無いと。


 そんな中打開案を模索していると、ふと上空に1機のヘリコプターが見えた。


「あれは」


 壁の外からなにやら文字の書かれた垂れ幕のようなものを垂らしているのが確認できる。


「なにかを知らせようとしているのか」


 壁のせいで内側同士でしか無線が使えない今、こういった手法で何かを伝えようとしているのだ。

 大きい垂れ幕故、ドームを挟んでも何が書いてあるのかは確認できる。


「!」


 それを理解したマックは直ぐ様無線で皆に指示を出す。


「総員! 20分後、米軍の新型ミサイルが壁を破壊し、モンスターを一掃する! 大至急ダンジョン内に避難せよ!」


「新型ミサイルだと!?」


 近くにいた一国達は驚愕するが、マックは説明を続ける。


「今スタッフ等に伝えた通りだ。モンスターで動けない者達がここまで避難してくるのを援護してくれ!」


「へっ!あの調子こいた奴等を一網打尽に出来るんなら喜んでやってやろうじゃねぇか」


「ムカつくモンスター達をいちもーだじん」


 目的があるのとないのとでは、士気がまるで違う。

 丁子だけでなく、全員がやる気を取り戻し、それぞれモンスターに囲まれているスタッフ達を救出しに向かった。






 約15分後。

 生存しているスタッフ等を全員救助し、ダンジョン内へ誘導する。


「機材はそのままでいい!避難が最優先だ!後5分でミサイルが飛んでくるぞ!」


 モンスターは相変わらずこちらには見向きもせずに外へ向かっているが、先程よりその数が減っているようだ。


 地上にいるモンスターの数が充分に溜まったということなのだろうか。


 本当なら2階層まで避難したいところだが、サポートスタッフ達は、赤バンドチームと違い、数分で移動できる程速くは走れない。


「もっと奥へ避難したいが時間がない。ここで着弾の衝撃を迎え撃つ。この中に魔力で広範囲の壁を作れるものはいるか」


 エマを含めたチーム4人、丁子、一国、米露兵士とインド軍兵士数名、さらにスタッフ等も僅かだが手を上げた。


 マックの指示に従い、ダンジョンに入って直ぐ端、2方向が壁になっている場所を背に魔力の壁を作り、待ち構える。






 その頃アメリカホワイトハウスにてビディエン大統領が会見を行っていた。

 内容はインドで爆発したダンジョンへ新型ミサイルを2発発射したことについて。


「大統領! インドでの作戦が失敗し、カナダと同じダンジョン爆発が起こったというのは本当ですか!」


「作戦中の部隊には、事前にミサイルについて説明はあったのでしょうか!」


「現地住民への被害や、二次災害についてはどうお考えですか!」


「インド政府はこのことを了承したのでしょうか!」


 報道陣が詰め掛けるも、大統領は冷静に言葉を返す。


「まず皆さんにお伝えするべきなのは、ミサイルの種類についてです。このミサイルは核兵器ではありません。弾頭はエイル社と共同開発し、WMデバイス同様、ダンジョン産の素材でなくともモンスターに効果が高いとされているものであります。従来のICBMと違い、命中精度が高く、着弾範囲も限定的であり、二次災害の危険性も極めて低いと言えるでしょう」


 大統領はさらに続ける。


「ダンジョン爆発については衛星からの映像で事実であることを確認済です。無線が通じないことからカナダ同様、ドーム状の透明な壁があると判断し、作戦中の部隊には先程、ミサイルの説明を記した垂れ幕をヘリからぶら下げることでダンジョン内への一時的な避難を促しています。当然インド政府からの了承も得ている作戦です」


 モンスターの住処になるぐらいなら跡形もなく消し飛ばした方がマシだというのがインド政府の見解だ。


「1発目でドーム状の壁を破壊し、2発目で地上のモンスターを一掃。場所も郊外であることから、その後の経済活動にも影響を及ぼさない。これがカナダの悲劇を繰り返さない為の最も適した選択だと判断した行動です。」


 そう言い残した大統領は会見を終了し、その場を立ち去る。

 報道陣が後を追いかけようとするがシークレットサービスの警備によって止められた。


「大統領! 作戦部隊をダンジョン内に避難させるというのは正気ですか! 我が国のネルキス氏のチームもいるんですよ!」


「現地住民の避難は完了していますか!」


「この短時間での判断は、事前にミサイル発射の取り決めがされていたということでしょうか!」


 報道陣の声に大統領が反応することはなかった。

 ホワイトハウス内へ戻り大統領は愚痴を溢す。


「クソ! だからネルキスを派遣するのは反対だったんだ。彼女が死んだらアメリカの発言力が一気に落ちるかもしれん」


 カナダでの爆発を思い出すとエマの安否が不安になり、こちらから何も出来ず、中で殺されるぐらいならミサイルから生き残る方に賭けたのだ。






 さらにインドでもレドニ首相が幹部達に詰め寄られていた。


「首相! 国民が押し掛けて来ています!」


 自分達の国にミサイルを落とすなんて何を考えているんだと、国民は激怒している。


「心配はない。このまま一掃作戦が成功し、作戦部隊も無事なら万々歳。もしなにかしらの被害が出たとしても、ミサイルで二次被害の可能性が低いと言ったアメリカの責任にしてしまえばいい」


 食事会の時とはまるで違う表情をしている首相。






 そして新型ミサイル開発に協力したエイル社のマベルは、自身の研究室で1人呟いていた。


「いやはやアメリカも思いきったことするじゃないか。まさかもうあのミサイルを使うなんて。あそこにはネルキスもいるというのに。いや寧ろネルキスがいるからこそ、放っておくことは出来ないのか」


 マベルが携わったこのミサイルは、WMデバイスのように、弾頭に魔力を流すことで、ミサイルの破壊力をモンスターに100%伝えられるというものだ。

 かといって人間に対しては逆に効果が薄いなどという性質は無い。


「アメリカも自分の領土外でミサイルの効果を試せる良い機会なのかな。まあお陰で私も自分の研究が進んだのだから何も文句は言えないのだがね」


 そう言ったマベルの前に置かれているWMデバイスのようなもの。

 まだプラグがPCと繋がれていることから、開発中なのだろうか。






 日本でも協会で福地が怒り狂っていた。


「アメリカの野郎! 公介は離れたところにいるからいいものの、尾哲だって失いたくはないってのに!」


 公介は任務が終わり、観光をしていると尾哲から連絡があったが、尾哲だって公介程ではないにしろ貴重なスキル持ちだ。


 怒りで近くの花瓶を割ってしまい、秘書が片付けをしている。


「あの透明な壁のせいで通話も繋がらない。これじゃあ生存も確認出来な...いや待て」


 尾哲は壁の中にいるせいで通話が出来ないが、公介は違う筈。

 観光をしているのだからプリペイドSIMカードを購入していてもおかしくないと考えた福地は、公介のスマホへかけたのだった。






 そしてダンジョンへ向かっている公介は、


(なんかいきなり魔力が膨れ上がったような気がする)


 ダンジョン方面からいきなり魔力の流れを感じ取り、不思議がっていた。


(でもダンジョンまでまだ1時間以上かかるし、こんな遠くから感じ取れるもんなのか)


 一応念の為尾哲に連絡を取ろうとしたが、何故か繋がらなかった。


(あれ、尾哲さん電源切ってんのか)


 ドーム状の壁のせいで電波が入らないなどとは夢にも思わなかった公介だが、それと同時に福地から着信が来た。


(福地さん?なんのようだろう)


 電話に出た公介は、ダンジョン爆発から新型ミサイルでの一掃作戦の経緯を知ることになる。

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