第46話 2つのトラブル

 次の日、朝食を済ませた公介は昨日と同じ様に透明服を着てダンジョンへ向かい、11階層でインゾウを狩っていた。


「誰もいないと楽でいいな。こうして声に出しても、何も問題ないし」


 一撃で倒すところは、隠密スキルを使えば見られないだろう。


 だが普段次のモンスターを探す時には、誰かにぶつからないよう気を付けながら移動する必要がある。

 見つけたとしても既に戦闘中なら、当然横取りは出来ない。


(隠密スキルのお陰でモンスターに気付かれないまま一撃で倒せるし。まあたまに魔力を探知したのか第6感がはたらいたのか、気付いてくる場合もあるけど、この速さなら反撃しようと思う頃には既に蹴りが入ってるからな)


 そう思いながら、また見つけたインゾウを倒す公介。






 その同じ頃、50階層から再開した赤バンドチームは現在55階層まで来ていたが、ある問題が起きた。


「まずいな」


 一国の発言は皆も同じ気持ちだろう。


 今までの階層はほとんどが洞窟タイプの地形で、たまに草原や荒野などの地形もあったが、障害物が無く、広いという意味では皆同じだった。


 しかしこの階層は迷路の様な地形になっており、道も人が5人程度横に歩ける広さしかない。


 この場合のデメリットは3つ。

 進行方向にモンスターがいた場合、遠回りして回避することが出来ないこと。

 モンスターと対峙した際に連携が取りづらいこと。

 そして入り組んでいることから、速く移動しづらいこと。


 迷路自体は左手の法則を使えばなんとかなるものの、モンスターと対峙しなければならない場面が増えてしまうのは辛い。


 最後に対峙したモンスターはおおよそAランクに届くかギリギリのBランク相当の強さでエマも2回の攻撃で倒している。

 魔力を節約しながらでも2度の攻撃で倒せてしまう時点で凄すぎるのだが。


 この階層のモンスターも同じ程度ならまだ良いが、もしAランク相当の強さだった場合、毎回エマに任せるのは大変だ。


 負けることは無いだろうが、何よりアメリカの開拓者であるエマばかりに頼らざるをえないことが、他国の連中のプライドを刺激する。


 移動速度を落とし、警戒しながら進んでいると、この階層初めてのモンスターに遭遇した。


 狭い空間一杯の大きさの象型モンスターは彼らを見つけるやいなや、火炎放射器のように鼻から火を吹いてきた。


「なに!?鼻から火吹く象なんてありかよ!?」


 トーマスが愚痴を溢しているが、モンスター相手に常識は通用しない。


 横をすり抜けようにも、そんな幅は無く、またエマに頼るしかないと皆が悔しがるなか、1人だけ違う者がいた。


「象の火遊びに付き合ってる時間はねぇんだよ!」


 丁子だ。

 鎖のスキルで象の鼻を拘束し、火が収まったところを狙い、駆け出す。


「オラァ!」


 大剣を右へ左へと凪払い、体を切り裂いていく丁子。


「止めだぁー!」


 大剣を真っ直ぐ構え、象型モンスターへ突き刺す。

 断末魔をあげ、地面へ消えていくモンスター。


「へっ、おそらくAランク程度だろうが、俺の敵じゃないぜ」


 ドロップした黒紫水晶を収納袋に入れる丁子。


「あのジャパニーズ、なかなかやるんだな」


「口だけだと思っていたが、そうではないらしい」


 これには米兵と露兵も驚いた。

 短気で威勢のいいだけかと思われていたが、丁子も日本では有数の開拓者で、AAクラスも間近と言われている。


 本来なら今のモンスターも1体で町が大混乱になるレベルの強さだが、1対1で負ける程、日本の開拓者の実力は低くない。


「どうだネルキス!いつまでも世界最強でいられると思うなよ!」


「1体倒しただけで随分と誇らしげね」


「なにをぉー!」


 相変わらずいがみ合っている2人に、それぞれのチームメンバーが止めに入る。


「丁子さん。あんなの言わせておけばいいんですよ」


「そうですよ。もっとモンスター倒して、見返してやればいいじゃないですか」


「エミー。あんまりトゲのある言い方をするもんじゃないぞ」


 メンバーの粛清により、それ以上の言い合いに発展することはなかった。






 正午より少し前。

 公介はインゾウ狩りを続け、96体目。

 昨日と合わせれば196体のインゾウを狩ったところで収納袋に入らなくなった。


 収納袋を鑑定すると、195体目までの牙と水晶で重さは995.5キロ


 収納袋の容量は1トン。

 透明水晶はその場で割ったことからカウントはしない。


 黒紫水晶の重さは1~10階層でドロップ品を確かめる為に1体ずつ狩った子象の黒紫水晶が1キロ(1個100g)。


 インゾウの黒紫水晶が195個で19.5キロ(1個100g)。


 つまりインゾウの牙以外の物の合計は20.5キロ


 インゾウの牙が195本で975キロ


 つまり牙1本が5キロだから、196本目の牙を入れるには500g容量が足りないということだ。


 取り敢えず子象の水晶は、お菓子や持ち物が入っている自分用に支給された収納袋に入れる。


(日本に帰ったら収納袋買うか)


 昨日と同じ様に、帰還出来る門を潜り、バレないように尾哲の元へ行く公介。


「尾哲さん。収納袋が一杯になりました。後入りきらなかった分が」


 収納袋から子象の黒紫水晶を出そうとするが、尾哲に止められる。


「主人様。ここで実物を出すのは目につきやすいですから、そのままで大丈夫です。どのみち中身は主人様が直接お渡しするのですから」


 言われてみればそうだと思った公介は、予定通り午後からは観光をすることにした。


 昼食を済ませた公介はタクシーアプリが利用できる場所まで隠密スキルで移動し、ムンバイへ向かった。


(空港でプリペイドSIMカード買っといてよかった)




「お兄さん。ここへは観光で来たのかい?」


 タクシーに乗って数分後、ドライバーが公介に話し掛けてきた。


「はい。そうです」


 ダンジョンに各国の軍人や開拓者が派遣されたことは国民も周知しているが、気付いていないのであればわざわざ話すこともない。


(ダンジョン爆発阻止のスタッフですなんて言ったら、もっと根掘り葉掘り聞かれそうだし)


「ここら辺はあまり観光スポットが多くないからねぇ。思い出になってるんならいいんだけど...ん?」


「ん?どうしました」


 何か不思議に思っているドライバーに公介が尋ねると、


「お兄さん、観光に来た割には完璧なヒンディー語だね。余程勉強熱心なんだな」


「あ、」


 翻訳機のお陰でその人が使う言語に変換されて聞こえているのを忘れていた。

 翻訳機は貴重なアイテムで、自分のような若い観光客が使っているとは思わなかったか、そもそも翻訳機の存在すら知らないのか。


「まあそれだけインドのことを好きでいてくれてるってことか。嬉しいことだ......ってありゃ、お兄さんついてないねぇ」


 1人で納得してくれたようだが、ドライバーは前を見て嫌そうな表情をする。

 公介も前を確認すると、見えたのは長い車の行列。


「この辺はそんなに混むとこじゃないんだけど、事故でもあったのかねぇ」


「確かについてないですね」


 公介も嫌な表情を浮かべていると、ドライバーがある話を振ってくる。


「お兄さん。実はここを曲がった先に裏道があるんだけど、そっちから行くかい?この渋滞じゃ、多分そっちの方が速いけど」


(現地の人だけが知る秘密のルートってわけか)


「それもいいですね。運転手さんに任せます」


 この土地を知り尽くしてるドライバーならではの提案に了承した公介。


(1人なら心細いけど旅は道連れって言うし、こういうイレギュラーもいいだろう)

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