第44話 無病息災

 作戦開始から8時間が経過し、20時になった現在、赤バンドチームは途中休憩を挟みつつも50階層まで到達していた。


 予定より早く進めていたが、これはエマの活躍によるものである。

 やむを得ず対峙したモンスターを全て一撃で倒していたからだ。


 ドロップしたのは黒紫水晶と、透明水晶だけだったことから、レアなドロップ品を求めている丁子の機嫌もそこまで損ねることはなかった。


「ではみなさん、今日はこの辺で一夜を過ごしましょう」


 リーダーのインド軍兵士が穏やかな口調で話す。

 自国の問題の解決をしてもらっている立場だからなのか、かなり下手に出ている様子だ。


 この階層も洞窟型の地形で51階層への階段目前の場所から横へずれた、いわば端っこの所。


 洞窟型の地形は前の階層から来た階段や次の階層へ行く階段より後ろは存在せず、階段から横の部分は全て壁になっている。


 つまり長方形や正方形の線を書いたとき、線の部分に階段があるというわけだ。


 モンスターからの逃げ道が無くなるデメリットがあるが、警戒しなければならない場所が4方向から2方向に変わるメリットの方が大きい。


 完全に安全な場所は無いが、広さに比べ、モンスターがうじゃうじゃいるわけではないのも、人類が助かっている点だ。


 チームは20人いる為、16人が休み4人が見張りという形をとることにしている。


 トランシーバーのアイテムを使い、1階層の出入口にいるマックへ報告を行うリーダー。


「グラス指揮官。現在50階層まで到達しました。今日はこの階層にて夜を明かすことで意見が一致しています」


「了解した。予定より速いペースだな。夜間も警戒を怠らぬよう気を引き締めろよ」


 報告が終わり、皆が収納袋からテントやレーションを出していると、エマの方へ向かってくる者が1人。


「おい、ネルキス」


 丁子だった。

 エマは振り向くが、なんとなく言いたいことは察しているようで、彼が話すのを待っている。


「こっから先は今までより強いモンスターが出てくるだろ。レアアイテムだってドロップする筈だ。お前は散々モンスター横取りしてきたんだから、今度は俺に狩らせろ」


 予想通りの発言だったのだろう。

 エマはなにも動じず、淡々とした口調で返す。


「別に横取りしたつもりはない。あなたが私より速く動けるなら、私より先に狩ればよかった」


 元々短気な丁子が、今の発言で一気に激昂する。


「んだと。チビですばしっこいだけで偉そうに!」


「...」


 だがその発言がまずかった。

 チビという単語が癪に障ったエマが自身の魔力を放出させ、丁子にぶつけたのだ。


「な!?」


 紙のように吹き飛ばされる丁子に、周りもそのトラブルに気付いたのか集まってくる。


「エミーちゃん!魔力!魔力!ちょっと出しすぎよ!」


 マットが慌ててエマをなだめ、トーマスとクロエも加わり、なんとか魔力を抑えさせる。


 エマにしてみれば殆ど魔力を使ってはいないが、魔法効果上昇スキルのせいで、文字通り桁違いの威力になってしまう。


「あの野郎...澄ました顔しやがって」


 起き上がった丁子は、エマに向かって拳を振り上げたが、エマに届くことはなかった。


「ど、どうなってやがる!?体が...動かねぇ」


 何かに縛られたかのように動けない丁子。


「私の魔力であなたの体を拘束した。あなたのスキルと似ているけど、こんなの魔力を操れば簡単」


「う、うそ...だろ」


 拘束が解けたが、丁子はその場で膝をついてしまった。

 自分の十八番おはこだった鎖のスキルを、ただ魔力を操っただけで同じことをされる屈辱。


「丁子さん。元気出してくださいよ」


「そうですよ。別に丁子さんが弱くなったわけじゃないんですから」


 2人に促されテントへと戻っていく丁子。


「あの男子。結構メンタルにきちゃったんじゃない」


「上には上がいると知るべき」


 心配するマットとは裏腹に、厳しい言葉を残すエマであった。




 その後、あれからずっとテントに籠っていた丁子をチームメイトの2人は外から見ていた。


「丁子さん、大丈夫かな」


「大丈夫に決まってるだろ。あの丁子さんだぞ」


 その2人の前にある人物がやってきた。


「少し彼と話をしてもいいかな」


「え...あなたは、一国さん...」


「ど、どうして一国さんが」


 2人に話し掛けた一国は、丁子のテントを開け、中へ入っていく。

 2人にそれを止める様子はない。


 中へ入った一国だが、丁子はそっぽを向き、黙り込んだままだ。


「丁子君...だったかな。さっきは災難だったね。あ、別に冷やかしに来たわけじゃないんだ。ただ、私にも似たような時期があってね。君の気持ちは君以上に分かる」


「......どういう意味だ」


 最後のフレーズに反応した丁子。

 一国は続ける。


「私のスキルは身体強化だ。発動すれば力や速さが高まるものの、それは魔力を体に流しても同じことが出来る。スキルと併用出来るという利点はあるが、他のスキルと比べるとどうしても見劣りしてしまってね、君みたいに悩んだ時期があったもんだ」


「...じゃあ今は悩んでないってことかよ」


「悩んでも仕方無いって言った方が適切だね。戦闘に生かせないスキルだってたくさんある。そういう人達に比べれば自分はまだ可能性が残ってるって思ったんだ。そして一歩一歩階段を登る努力をしていたら、いつのまにか日本最強なんて呼ばれていたよ」


「...フンッ」


 恥ずかしそうに笑う一国につられ、少し笑みが溢れた丁子。

 だが、直ぐにいつもの強面顔に戻る。


「ったく、年上の言葉ってのは相変わらず鼻につくぜ」


 そう言った丁子の顔に怒りの感情は感じられなかった。


「はっはっはっ。年下と話すと説教じみてしまうのは、直さなければいけないな。じゃあ君も頑張るんだぞ...ってこの発言も説教みたいかな」


 これ以上励ます必要はないと判断したのか、テントから出る一国。


「どうでしたか!丁子さんは」


「元気出てましたか!?」


「ああ。多分大丈夫だろう」


 2人に別れを告げ、自分のテントへ戻っていった一国であった。






 時は少し遡り、14時頃。

 11階層まで来た公介は、やっと子象から大人サイズの象型モンスターが出現する階層になった。


(今までは透明と黒紫の水晶だけだったからな。流石にサイズが違えば何か追加で出るだろ)


 強さが現実の象と同じかそれ以上なら、DランクかCランクか微妙なところだが、ランクが定められていない上、副会長の依頼で来てるのだからDクラス免許の自分が戦っても問題ないだろうと判断した公介。


 一撃で倒し、ドロップしたアイテムは透明と黒紫の水晶。

 そして、のようなものだ。


 鑑定したわけではないが、見た目は象牙にしか見えない。


(気になるし、たまには鑑定してみるか)


 そう思い鑑定を行うと、やはり象牙で間違いなかった。




 インゾウの牙

 この牙を加工スキルで加工し、出来る漢方薬を飲むと、1ヶ月間病にかからなくなり、進行中の病はその間進行が停止する




(1ヶ月毎に飲めば実質一生無病息災ってことか。副会長も喜んでくれそうなぐらいとんでもねーアイテムだ)


 ようやく良い報告が出来そうなアイテムを見つけ、ホッとする公介。


 もっと深い階層に行けば、さらにレアなアイテムがドロップするモンスターがいるかもしれないが、福地からは浅い階層のモンスターをこっそり狩ってこいとの依頼だった為、この辺までにすることにした。


(戦闘には自信あるって言ったけど、一応Dクラス開拓者だし。この牙でも充分だろ)


 収納袋にしまった公介は、この階層でインゾウの牙を乱獲するのであった。



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