第5話 撤退
「おい! 何があった!? 何か別の武器を持っていたのか! おい、応答しろ!」
隊員の悲鳴が無線で響き渡る。
無線が発信された機動戦闘車を確認すると、側面に穴が空いており、そこから奴らがなだれ込んでいるようだ。
なんとか中からの銃撃で抑えてはいるが、数が多すぎる。
「馬鹿な! どういうことだ!? まさか、あの剣で空けたとでも言うのか! 機動戦闘車の装甲を!?」
穴は綺麗な丸で空けられている。
爆弾や砲撃ではあのように綺麗な丸で空くことはないだろう。
そう...それはまるで鋭利な物で円をえがくように切られた後だった。
だが助けようにも、撃てば、機動戦闘車にも当たってしまう上、降りて生身を晒すわけにもいかない。
しかし、それでも一国は決断を下さなければならない。
「全隊員へ告ぐ! 主砲、及びM2の胴体への使用を許可する。未舗装の地面で斜角がズレないよう注意しながら撤退し、しがみついている者らは頭上のハッチから携帯武器で直接攻撃しろ!」
こちらに対する敵意、そして明確な殺意を持っていると判断した一国は主砲の使用、つまり実質殺害を許可した。
装甲に穴を空けられたチームも撤退の指示により後退し、ハッチや空けられた穴からの反撃により、とりあえず窮地は脱したようだ。
この機動戦闘車は装輪車であり、装軌車に比べて、速い速度で移動できる為、しがみついている奴らを振り払うことに成功する。
一国がハッチから顔を出し、装甲に誰もいないことを確認した時、
「!? しまった!」
バレないようになんとかしがみついていた1人が一国に剣を突き刺そうと襲いかかる。
「クソ! 何て力だ!」
振り払おうとするが、予想以上の腕力により中々振りほどけない一国。
しかし、訓練で得た強靭な肉体により、何とか持ちこたえている。
そうして組み合っていると奴の体が銃声と共に仰け反る。
隊員がハッチの中から隙間を狙って小銃を発泡したのだ。
「俺に当たったらどうするんだと言いたいところだが、助かった!」
当たりどころが良かったのか、あまり痛がっている様子はない。
しかし、その一瞬の怯みを一国は逃さない。
一国は奴の剣を奪い、逆にその剣で奴の胸を突き刺し、地面に突き落とす。
もう一度、周りを見渡し、さらに追ってきている者がいないことを確認すると、一国はようやく安堵の表情を浮かべる。
「ようやく振りきったか。あれは敵性勢力の生物兵器なのか。何にせよ帰還したら直ぐ本部に報告しなけれ......おい、なんだこの揺れは?」
奴らの正体について、考察していると、機動戦闘車の揺れが激しいように感じた。
確かに未舗装の場所を通ってはいるが、その揺れとはまた違うような気がした。
嫌な予感が一国を襲っていると、最後尾(行きでは先頭だった車両)から無線で連絡が入る。
「隊長! 熱探知が後方に反応しました! 数は1体ですが、先程より明らかに巨大です!」
「なんだと!? どれくらいの速度で追ってきてるんだ!?」
「かなりの速さで迫ってきています! 恐らく、後数分で追いつかれます!」
やはり嫌な予感は的中した。
後方から迫ってくる速度はこちらを上回っているが、まだこちらも、最高速度を出していない。
アクセルを全開にすれば振り払えるかも知れない。
しかし、未舗装の道路でそんなことをすれば、僅かな凹凸でさえ横転のリスクが伴う。
このまま、奴の体力が切れることを願い、安全策を取るか。
一か八か、横転しないことを願い、リスクをかけるか。
決断の時が迫っていた。
(いくら奴が巨大と言っても重機関銃や主砲による攻撃を受ければ、今の速度で追ってくることは困難だろう。ここは安全策で行くか)
一国は思考の末、安全策を取ることにし、指示を出そうとしたその時。
揺れが収まった。
先程まで奴の走りで起きていた地面の振動が無くなったのである。
「すまん! 考え事をしていた。何故揺れが収まった!?」
作戦を考えていたことで、一瞬奴から目を離していた為、先程の隊員に確認する。
「飛んだんです! 走り幅跳びみたいにジャンプしました!」
揺れが収まった原因は奴が空中にいたからだ。
謎は解けたが、そもそも何故奴はそんなことをしたのか。
一国の脳裏にある考えがよぎるが、もう遅かった。
時すでにに遅しとはこういうことを言うのだろう。
そこにあったのは奴の下で潰された機動戦闘車だった物だ。
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