よくわかんねぇんだけどタイトル決めなきゃだめかいこれ
ロマネスコ
臨死に語るショタボロス
「う”ぅ~~~~、ショタを剥きたいぃ~~」
昼下がりの女子ロッカー室内に、
壁掛け時計の針の音がそれで幾らか紛れる。
まるで昔話の山姥か何かを彷彿とさせるような声音だった。ロッカーに両手をつき、腰を曲げて項垂れている様子もなんだか老婆っぽい。
そんなあまりに醜いその願望の吐露に、隣にいた
「うぅ~~~~~」
「ええ?何?」
同期が明らかな変調を見せているのに対し、それを心配する程度の人情というものを、向井は持ち合わせていた。デスネブカドネザル女学院の二年生。花の17歳JKであった。
「めっっっっちゃくちゃ美形のあどけないショタを浚って裸にしたいぃぃぃぃ…」
「聞き違いじゃねぇ。犯罪だ!この女が言っているのは!」
あんまりにもあんまりであった。もしこの女が逮捕されて、自分が彼女に関してどこぞの誰かに質問をされるようなことがあったならば、必ずやこの奇行について語ろうと向井は心に決めた。
「違うんだよ」
「何が」
「私はただ未成熟な男の子を浚ってきて、その子に一生消えないレベルの
「だけなの!じゃねぇわ。子どもの人生めちゃくちゃにしようっていう、きっつい性欲を隣で聞かされる身にもなれ!」
向井の悲鳴混じりの抗議に、八尾枝はゆっくりと視線を向けた。常盤色の美しい瞳が今は邪に濁っている。
まぁこの整った面構えであれば、幼子を篭絡することもできるかもしれない……と一瞬思いそうにもなったが、己がその児童であったならとすぐに考え直した。突然拉致された時点で犯人に対しては恐怖しか覚えないだろう。
「っていうか、その。なに?年下の子なら自分に興奮してくれるだろう、みたいな自信?キモいんだけど」
「違う~~~」
「何が~~~~~」
「ショタをめちゃくちゃにする“おねいちゃん”は私じゃないんだよ。そこは解釈が違うっていうか、その一線だけは譲れないっていうか」
「現時点でどの一線も譲られずに一方的に妙ちくりんな話を聞かされてるんだけど?」
八尾枝を見下す向井の顔には、露骨な嫌悪が浮かんでいた。
「私じゃなくて別のおねいちゃんに情緒をぶっ壊されているショタが見たいの」
「えぇ……でもさっき、ショタ剥きたいって言ってたじゃん……」
「それも私じゃなくて……分かんないかなぁ……!概念的私だよ!」
「概念的私」
「私としては私の五感全部を使ってショタを堪能したいけれどもね?ショタとおねいちゃんの逢瀬の中に私は介在しちゃいけないんだよ」
「よく分かんないし気持ち悪い~~~お姉ちゃんって言えば良いところをおねいちゃんってわざわざ言ってる拘りもなんか気持ち悪い~~~」
しかもその拘りを恍惚の表情で語ってくるのだからタチが悪かった。
あまりにフィクションすぎる欲望を、なんとまぁそんな純真な顔をして吐き出せるものだ。
「私、実際の弟いるけどさ」
現実というものを突き付けてやろうと思って向井がそう口にした瞬間、爛々と目を輝かせた八尾枝がシャッキリと背筋を伸ばした。言わなきゃよかった、と心底後悔した。
「アンタが思うような、いいモンじゃないよ?生意気な癖に泣き虫だし。アイツがたまに家に連れてくる友達とかも、どれもこれも似たり寄ったりのガキンチョっつーかさ」
「ペロッ!それもまた良し!」
「ほんとやめてぇ?」
あまりに見境がついていなかった。
「でもまーーー、うん、わかるよ?向井さんの言いたいこと」
「絶対お互い相容れてない……」
「だからそれはそれ。これはこれ。私が愛でたいのはさ。やっぱりつまりは概念的ショタなワケ」
「また概念……」
「現実にはいないレベルの可愛いショタがね。こうね、もうね、くんずほぐれつのはちゃめちゃでしっちゃかめっちゃかになるのがね、見たいし嗅ぎたいし、あわよくば舐めたいワケよ」
八尾枝の両手が蛇のようにうねうねと宙を掻いた。そのおぞましくも繊細な指先の動きが、明らかに小学生低学年男児の痴態を彷彿とさせるものであったので、その表現力に感心しつつ、向井は視線を逸らした。なんなんだ八尾枝。
「概念私が?」
「概念私が」
「怖いよぉ~~~~~」
どういうわけか譲れない芯を持っているらしい八尾枝に、向井は人生で感じたことのない怖気を感じていた。それを何とか怖いという言語に納めるのにいっぱいいっぱいであった。
ただ察するに現実的な犯行に及ぶものではなさそうではあるので、そこは一安心すべきポイントであろうか。まぁ、そもそもその犯行に及べなくなる可能性も、十分以上にあるのだが。
「あ”ぁ”ぁ”ショタ剥きぃ……」
もう何度目かの呻き……もはや鳴き声に近しいそれが室内に響く。
それがしばらく続いた。呻き声と、妙に大きく聞こえる壁掛け時計の秒針の音。そして衣擦れがロッカー室に静寂をもたらさない。
───それが有難いやら、恨めしいやら。
「っていうか」
「?」
まだ指先をくねらせている八尾枝が首を傾げる。
直前までの向井の口調とは違う、どこか冷めたものを感じ取ったからだった。
「……アンタと、私。こういう話するほど、仲良くないよね?」
言うか言わぬか。幾らかの逡巡を経て向井はそう尋ねた。
言う必要のない話題であった。それを口にして、雰囲気を悪くしても何の益もないことが分かる程度に向井は子供ではなかったし、言わぬままにこの状況を我慢できるほど大人ではなかった。
八尾枝はというと、腕全体で幻のショタボロスを表現したまま、キョトンとしていた。ショタボロスというのはショタのウロボロスだ。
八尾枝もまた、向井と同じ女学院に通う学生であった。当然、花の17歳JKである。
向井とは同じ学年。同じクラス。なんだったら席も近い。
八尾枝が常日頃、ここまでオープンに自身の欲望をダダ洩れにするような性分の女であれば、向井との関係も違ったであろう。
きっと八尾枝にも同じような性格の友人が幾らかできていて、向井の友人グループと重なることはないにしろ、それなりに適当な距離を置いた上で、同じクラスというコミュニティに属する仲間としてほどほどの距離感を保って、まあまあ上手くやっていたのではないかと思われた。
だが違う。
普段の八尾枝はここまで明け透けな人物ではない。
どうにも自分を出すのが下手というか、集団に混じるのが苦手な娘であった。
向井からすれば所詮短い付き合いのクラスメイト、適当に群れるフリをすれば解決するのにと思うのだが、矢尾枝はそれができない。それを苦にも思っていないようだから、妙に目立った。
「いや……仲良くても突然の性癖暴露とかは早々しないと思うけどさ……」
間の抜けた顔をしたままの相手に、居心地が悪い気分になって向井は視線を落とし。
「何にしろ、ああいうことした相手に……よくもまぁ、気さくに話しかけられるよね、アンタ」
吐き捨てるようにそう言った。
───八尾枝凛子は悪目立ちしていた。
その特別な立場もあって、クラスメイト達は彼女を注目せざるをえなかったのもある。
そして興味、もしくは恐れが悪い方に転がって、それが向井の周りの友人達から噴出した。
この嫌な流れに向井も乗ってしまったのを、今では失敗だったと本人も思う。けれどその時の向井にとって、八尾枝は自分達のコミュニティを潤滑にするにあたり、酷い仕打ちをするに相応しい対象に違いなかったのだ。
「……ああ~~、食堂の時のこと?」
とぼけた顔をしたまま尋ね返してくる八尾枝に、向井は信じられないと顔を顰めた。
それだけじゃあない。確かに一番酷かったのは食堂で八尾枝の昼食をひっくり返したソレだろうが……他にも色々と、恨まれて仕方のない接し方を自分達はしてきたはずであった。
「確かにあの日は困ったけど、それはそれ。これはこれ」
何でもない、というように。
八尾枝は先ほどの一人性癖暴露大会と同じ調子で流してしまった。
向井としては、どう反応して良いやら……苦々しい気分である。
「信じらんない。私だったら少しだって口きかないと思う」
「そうかなぁ」
八尾枝の方も共感はできないという調子。
ふと自分がロッカー室にいる理由を思い出したのか、いそいそと着替えを始めた。
学院の制服を脱ぎ、ロッカーの中から必要なものを引きずり出していく。
「だって私達友達じゃん。こういう話してもよくない?」
「は?」
向井、この日何度目かの絶句であった。
「まぁ、でも───ね。私の方もちょっと緊張してるのかも」
「……いやいやいやいやいや、待って?なに?友達?私とアンタが?」
「うん」
「いつから」
「ここで会った時から?」
「ウワァァァァーーー怖いよぉーーーッ、何言ってるのか分かンないよこいつぅーーー!」
いよいよ向井としても諸々我慢ならなくなってしまい、無様に叫んでしまった。
それを隣でからからと笑って聞きながら、八尾枝は着替えを済ませてしまう。
纏ったのは肌に密着した特殊繊維製のコンバットスーツ。全身各部に設けられたジョイント孔はそこに神経ダイレクト接続の大型装備を取り付けるためにある。
手首のスイッチを押せば、鋭く短い激痛の後にたちまちスーツは第二の皮膚と化す。それは同時に、少女を天翔ける戦闘兵器の核へと変貌させたことを示していた。
「……うぅ…アンタ、おかしいよ」
着替えをまだ済ませられない向井の言葉に、兵器は柔らかくほほ笑む。
「だってこれから一緒に戦う仲間じゃん。いわゆる戦友ってヤツ?」
「だから、そう言えるのがおかしいんだって」
───時計の音は所定の時刻が迫っていることを示していた。
まもなく相似別層への降下作戦が始まる。
層を跨ぎ、向こう側の侵略者たちに奇襲攻撃を仕掛けるのだ。
危険度は高いがメリットは大きい。これに成功した暁には、むこう3ヶ月は平穏が訪れると試算されている。
当然、兵士は敵だらけの空間に放り込まれる形になる。無事の帰還は五分五分であるとの試算もまた出ていた。五分五分という時点で、上等ではあるのだが。
向井としては、正直ここまでの会話は気が紛れるものだった。
この後装備を整え、向こう側を訪れたならば、八尾枝の性癖よりも幾倍も悍ましい化物と相対しなくてはならないのだから。
八尾枝にとっては……どうだったのだろう。
緊張しているだなんて、言っていたけれど。
「あぁ……ショタが剥きたい」
ロッカー室を先に出ていった八尾枝の呟きを、まだ着替えられないでいる向井は聞き逃せなかった。
よくわかんねぇんだけどタイトル決めなきゃだめかいこれ ロマネスコ @romanesco
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