クルミのコーヒー

 数日後……


 スワン・ヒルの丘にある小さなログハウスに、浮浪者風の青年が訪ねてきました。


「プンラト! いらっしゃい」


 クルミが迎えると、ルルルはクルミの頭上を回りながら、睨んで威嚇しています。

「世界も反転したことだし、これからは、プンラトでなく、トランプと呼んでくれないかな。プンラトはちょっと間抜けだし」


「プラトンではないのか……」


 クルミが人差し指を顎の下にあてて、小首をかしげていると、プンラト……いえ、トランプは笑いながら


「クルミはミルク……」そこまで言うと

「クルミは変わらないか。ルルルも変わらない、そういえば途中にあった店の名前もだね」

 玄関で考え込むトランプに


「そんなところに立ってないで、中に入って」

 トランプを招き入れるクルミに

「こんなやつ! 」


 ルルルは納得いかない様子ですが、トランプは全く気にせず中に入り。

「おや、ちいさなベッドがあるね」


「明日から家族が増えるんだ」

「あの、灯台の猫かい」

「そうだよ」


〜クルミはコーヒーのお湯を沸かしながら〜


「そういえば明日、猫といっしょにアイン・ツバイン博士もくるよ。猫のおばあちゃんの最後を一緒に看取って、死亡診断書も博士が書いてくれたの」

 トランプは、急に慌てた様子で


「ええ! そう……なのか。まいったな、もう夜だし、横にテントを張ってしまったし……」

 どこか白々しく言う。どうも、トランプは博士が来るのを知ってて来たようですが、とぼけている感じで、クルミはニヤケながら


「また、哲学と科学の論争をするんだ」

「そうなるな、まいったなー。また彼女と一晩中議論になりそうだし………どうしようかー」

 困った表情をしながらも、どこかうれしそうです。


〜クルミはコーヒーをドリップしながら〜


「ところで、どうして、猫に助言して、私の妨害をしたの」

「そうだ、そうだ! なんでだ! 」

 ルルルもムキになって言うと


「妨害! とんでもない。退屈な旅程に、温泉やスィーツを用意したのですよ。結構楽しかったでしょ、私なりの気遣いですよ」

「なにが、気遣いだよ」

 ルルルは相変わらず、けんか腰。


 一方、トランプは少し真剣な表情になると


「それに、あの砂時計が止まったらどうなるのか、本当に時間がとまるのか、だれも検証していないから、少し興味があったものでね。ひょっとしたら、猫のおばあちゃんも死ななかったのかもしれないよ」

 どうも、これが本音、クルミはあきれて


「アイン・ツバイン博士が聞いたら、カンカンだよ」

「いや、科学者の彼女こそ知りたいことだと思うよ。『時間とは引力だ、空間の歪みだ、あの砂時計は引力と時間のキーアイテムだろう』なんて言ってたし。『時間がとまった世界の時間はどうなるのだろう……』とも言っていた。僕も彼女も真理を探究したい、という点では同じだからね」


 クルミは「ハァー」とため息をついて


「もうやめてよね。今度やったら、ただじゃおかないから」

 クルミに諫められ、トランプは苦笑いして


「ごめん、ごめん、でも今回のことで痛感したよ、クルミがこの世界のことわりだとね」


「私が、ことわり……? 」

「砂時計は重力によって時間を刻む。そもそも引力のない世界で物体は形を止どめられない。つまり、そこに世界は存在しない、だとすれば時間もね」


 クルミは訳がわからないと言った表情です。トランプは続けて


「外層世界は虚無の器。そこにクルミが偶然、存在することによって歪みが生じて、力というものが発生しているのではないかと、僕は考えているんだ。そこの水槽も似たようなものかもね」


 そう言って、部屋の隅に置かれている、光の粒が漂う真っ黒な水槽を見つめた。クルミは


「私が偶然……?」

「揺らぎ、と言った方がいいかな。まあ、クルミにはわからないかもね。自分のことって、意外と自分ではわからないものだよ」


「また、博士と議論になりそうね。すきなだけやって」

 そこに話を遮る、コーヒーの香りが漂ってきました


「ああー、この香り、クルミ・ブレンドだね。癒されるよ」

 クルミは微笑んで、コーヒーカップを置きます。


 こうして、大草原の小さなログハウスで、コーヒーの香りとともに、クルミの時間はゆっくりと流れるのでした。


(了)


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クルミの時間 @UMI_DAICH_KAZE

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