4 時の灯台
しばらくして、地平の彼方に大きな灯台が見えてきました。
なぜか、海辺でもない草原の中に灯台があるのです。
「やっと着いた。なんとか間に合いそう」
急いで灯台に近づくと、入口の階段の下に一匹の猫がいます。
「こんなところに猫が」
クルミは自転車を降りて、慎重に近づきます。
猫はクルミが近づくと急に立ち上がり、突然、人間の女の子の姿になりました。
クルミは立ち止まり、警戒しながら
「早く中に入らなくてはいけないの。それとも私になにか御用」
女の子の姿の猫は、思いつめた様子で
「お願いです、このまま時間を止めてください! 」
「………」
とても聞ける要件ではありません。
悲壮な表情で訴える猫に、クルミは厳しい口調で
「なぜなの」
「おばあちゃんが、死にそうなの。だから時間を止めれば、死なない」
クルミは肩を落としてため息をつくと
「時間が止まると全てが静止した世界、変化しない世界、それは生きているけど、死んでいる世界……おばあちゃんはもちろん、私達も動かないよ」
今まで気づかなかったのか、と言いたいのですが、まだ子供、しかも猫の知恵ですが、猫の少女はムキになって
「でも、おばあちゃんは死なない! 」
「それって、死んでいるのと同じじゃない」
「違う! 死んでいなければ生きている」
クルミは、再びため息をついて
「今、議論している暇はないの! 」
少しきつく言って、猫を無視して通り過ぎます。
クルミは猫に背を向けたまま階段を上がって扉の前に立つと、目を閉じて
「ルルル……お願い」
少し悲しそうにつぶやくと、クルミの胸元にいるルルルは
「珍しく僕を連れてきたのは、こんな時のためか」
すぐにルルルが飛び出し、クルミの背中に回ると……
一瞬、強い光芒があたりを覆う!
今しも化け猫が、クルミに襲い掛かろうとしていたのです。
でも、ルルルの発した強い光で、猫は階段を転げ落ちました。
クルミはそのまま扉を開けて振り向くと、階段の下で動けなくなった一匹の猫が悲し気な瞳で見つめています。
クルミは「ごめんなさい」と、つぶやくように言うと、中に入って扉を締めました。
◇
灯台の中は大きな空洞になっています。
そこには、見上げるような大きな砂時計が置かれていました。
クルミの背の五倍くらいありそうな、大きな砂時計で、いくつもの太い木の枠で支えられ、中心を軸に回転する仕組みです。
「もう残りわずかだ、いそいで! 」
上から落ちる砂は、ほとんどありません。
クルミは、すぐに横にある大きな丸いハンドルを両手で回すと、砂時計がゆっくりと回転し始めました。ルルルも一緒にクルミの手を押していますが、あまり頼りになりません。
「よいしょ、よいしょ! 」
クルミは汗をかき、息を切らして無心にハンドルを回します。
砂時計は水平になり、さらに上下反転していきます。
「うんしょ、うんしょ」
なんとか反転した砂時計。
再び砂が落ち始めます。
「間に合ったー!」
クルミは肩で息をして、へたり込みました。
こうして大きな砂時計は、再び長い時間、砂を落とし続けるのです。
◇
一仕事終えたクルミが灯台から出てくると、さっきの猫が震えながらうずくまっていました。
クルミがやさしく抱きかかえると、猫はか細い声で
「私、一人になっちゃう」
涙ながらに言う猫に
「お祖母ちゃんを看取ったら、私の家においで」
思いもよらぬクルミの提案に、猫は涙声で
「いいの……」
クルミは笑顔でうなずきます。
すると横から、ルルルが
「なあ、途中で妨害があったのだけど、君が仕掛けたのか」
猫は、素直にうなずくと
「ごめんなさい……てつがくしゃ、プンラトという人に言われて」
「やっぱり、胡散臭い奴だった! 似非哲学者め」
ルルルは憤慨していますが、クルミは笑っています。
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