3 外層世界

 断層の上に出ると、再び地平線に続く草原。

 風が止み、ボードは静かに地面に着地し、もう動きません。


「風が止まったね」

 クルミはうなずくと、地平の果てを見つめ

「この先は、外層世界」


「外層世界……?」


 ルルルは何のことかわからない。クルミは地平線をぼんやりと見つめ

「博士は、ここは特異点の先で、物理法則のなりたたない世界、と言ってたけど」

「スワンヒルも、そうじやないの。まあ、ご都合主義って言うやつだね」

「それ言うと、博士怒るよ。物理法則は成り立たないけど、なんらかのことわりがあるはず、それを解き明かすのだ! って頑張ってるから」


「言葉を選ばなきゃいけない人って、めんどくさー」

「悪い人じゃないのだけど」

「予定調和な答えだね」

 クルミは苦笑いしながら草原の小道こみちを進むと、小さな小屋のような事務所が見えてきました


『マルクの車』


 周りには自転車や自動車が無造作に停まっている、というより放置されています。

「こんにちはマルクさん! 車貸してくださーい」


 誰もいない……


「いつもは、ここで自動車を借りるのだけど」

「ええ! クルミは子供だろ、車運転できるのか」

「ここは公道じゃないから」

 ルルルは、納得いかない様子で、店員を探して飛び回りました。


 誰もいないので、仕方なく受付にある借用書を書いて、ピンクのママチャリを借りて出発。

「ズボンで来れば、あのかっこいいサイクリング自転車に乗れたのに」

「だって、まさか自転車に乗るとは……」


「ところでクルミ、間に合うの」

「大丈夫、自転車でも夕方までには着くよ」

 余裕で言うと、クルミは自転車をこぎ始めました


 草原の平らな地平線の彼方に一本道が続く

 クルミは、リズミカルにペダルを踏み、ほのかな風にルルルが目を細め


「気持ちいいね」

「うん、いつも自動車ですぐに通り過ぎるからわからなかったけど、草のにおい、風の音、ここちよい気温……自転車もいいね」

「そうだね」


 この世界の存亡がかかっているにしては……

 クルミとルルルは、二人で唄を歌いながら自転車を走らせています。


 しばらく走ると、草原に一軒、ポツリと小さな店が見えてきました。


せみの店』


 看板を見たクルミは急に興奮して

「ええーーー! 開いてる!」

「どうしたの、そんなに驚いて」


「この店は、七年に一度、七日間しか開かないの。開いてるときに来られるのは超超ーーーラッキーなんだよ! 天文学的確率だよ! ちょっとだけ、寄って行こう」

「でも大丈夫かい、間に合うの」

「少しだから……ね!」

 クルミは甘い香りに抗えず、店に入りました。


 小さなカウンターと、机が二つのアンテークでおしゃれなケーキ屋さん。

 でも、出てきたのはバルタン星人のようなグロテスクなセミの顔をした店長でした。さすがに手はハサミではありません。


 クルミは一瞬ドン引きしましたが、店長は意外と優しい声で

「クルミちゃんのすきな、アップルパイがあるよ。来ると思って作っておいたんだ」

 そのグロテスクな顔の店長は、顔と体に似合わないエプロンを着け、花柄のお皿にアップルパイを乗せて持ってきました。

 甘い香りに、もう我慢できません。


「うううーーおいしーー! お代わりある」

「もちろん。他にも冷えたミルク・クリームや、焼き立ての生食パンもあるよ。クルミちゃんほどうまく入れられないけど、コーヒーもおまけしておくね」


「そんなー、ありがとうございます」

 クルミは夢中で食べています。


「ねえ、そろそろ、行った方が……」

 心配そうにルルルが言うと、セミの怪物のような店長は


「妖精さんには、とれたてのハチミツもあるけど」

「まじ! ……そうだね、これ食べたら」

 二人はスィーツを、お腹いっぱい食べました。


 再び出発して自転車を漕ぐクルミ

「ううう、食べすぎたーーー」

「あまりに、美味しかったからね。大丈夫かい」

「うーーん。もう二度と行けないかと思って、無理した……でも、なんとか、がんばる……」

 クルミは必死で自転車を漕ぐも速度は遅い。しかも日差しが強くなり


「暑くなってきた……」

 汗をかいて自転車を走らせます。

「がんばれ、クルミ……」

 励ますルルルも、お腹は苦しそうです。


「もうだめーー! 」

 するとルルルが

「ねえ、あそこに何かある」

 道から少しはずれたところに、大きな建物があり、看板には


 天然温泉『ゆのの湯』


「ルルル、温泉だよ! しかも天然温泉だよ、すごいじゃない。汗かいたし寄って行こうよ」

「いいの」

「ちょっとだけ」

「また、ちょっとだけ」

 和風と洋風のまざったモダンなスーパー銭湯です。


 施設に入ると、靴を小さな靴箱に入れ、その鍵を持ってカウンターに行き、受け付けのおばさんに

「子供一人と、妖精一人です」

「まあ可愛いお嬢ちゃんに妖精さん、いらっしゃい。今日は開店セールで特別に無料ですよ」


「ほんと! ところで、前は温泉なんてなかったけど。よく温泉を見つけられたね」

「昨年、地下千五百メートルまで掘削して出てきた温泉です。今は、掘削技術が進み、深く掘ればどこでも温泉がでるのです」


 なんだか、興ざめした感じですが、クルミはタオルセットを借りて、大きなのれんに男湯、女湯と書かれた温泉の入口に来ました。


 クルミが女湯に入ろうとすると

「ルルルは女湯なの」

「えっ! そういえば、僕はどっちだ」


「僕なんて言うから、男の子だと思っていたけど」

「股間に凹凸はないから、男ではないし……かと言って女でもないし」

 自分でもわからないらしい。


「ルルルは植物に近いのかしら。まあ、どっちでもいいじゃない。ルルルが男だと思ったら男の子だし、女だと思ったら女の子だし、私は気にしないよ。でも、どちらでもなさそうだから、一緒に入ろ」

「そうだね、クルミは子供だし。十歳にもなっておねしょするし」

「あれは……怖い夢を見て……気がついたら……」

 クルミは真っ赤になると


「そう言えば、このまえハエ取り紙に引っかかった、ドジな妖精を助けてあげたの忘れたの! 」

「あれは、ひどいよ、悪意なトラップだよ。ハエと一緒にゴミ箱に捨てられるかと思ったよ」


「だって、おやつにハエがたかるから仕掛けたのに、妖精がかかるなんて」

 クルミは口に手をあてて笑いをこらえています。


「ハエとおんなじにするな! おねしょ娘」

「なによ、おやつにたかる妖精なんてハエと同じじゃない! 」

 脱衣所で、クルミとルルルがどたどた追いかけあいます。


「脱衣所で騒がないでください! 」


 店のおばさんに叱られ

「ごめんなさい……」


 クルミは頭に手拭いをのせて、温泉につかります。

 ルルルは借りてきた丼の碗にお湯を入れた、丼風呂につかっています。

「ああ、いい気持ち」


「ほんとだね。あがったら牛乳かい」

「私はミルクコーヒー派だよ」

 ほっこりしている、クルミとルルル


 …………


「ねえ、なにか忘れてない」

 ルルルが言うと


「……そういえば! のんびり、温泉に入っている場合じゃないんだ! 」

 クルミは湯舟をとびだして

「ああ! 何してるの私!」

 すぐに服を着て、あわてて店を飛び出しました。


「せわしないねー。また、ゆっくりいらっしゃいね」

 店員さんが笑顔で見送ります。


「はーい。また、きまーす」

 クルミは挨拶もそこそこに、飛び出していきました。


 クルミは再び自転車を、せっせと漕ぎます

「急がなくちゃ、もう日が暮れる」

 再び汗をかきながら、どこまでも続く草原を走ります。


「なあ、クルミ。おかしいと思わないか。なにかが、クルミが進むのを邪魔しているように思うのだけど。そもそも、目覚まし時計が止まっていたのも気になるし」

「たしかに。でもだれが」


「登場人物少ないから、簡単に想像つくけど……」


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