第7話 賑やか

「…………いやまぐれでしょ」

「……扉があったことが?デカキモが逃げたことが?」

「どっちも、てか何?デカキモって」


 デカキモはデカキモなんだよと訳の分からないことをほざいている一方で俺は植物に囲まれた道を歩きながら別のことを考えていた。


(そもそもあの目玉、モンスターとかじゃなくてただの飾りだったとして、なんでアルドさんはわざわざ俺らを連れて行きながら扉を閉めることをしたんだろう、自動ドアってこと?自動ドアにしては不気味すぎるし……)


「いつまで待たせてるんだ」

 奥の方から少し眉をひそめたアルドが出てくる。


「……は?扉が閉まってて足止め食らってたんですけどこっちは、俺達を置いていったり塞いだり……試してんの?」

「ちょ、落ち着いて──」

「……閉まっていた覚えもなければ塞いだりした記憶もないが……」


 アルドが腕を組みしばらく佇んでいたため三人の間に妙な空気感が漂う。ふと何か思い出したのか顎に手を当て後ろを向いた。


「もしかして貴方がやったのか……」


 視線の先を見るとそこには赤紫色の団子みたいなおさげの三つ編みをしたドレス姿の女性が立っていた。とても大きなとんがり帽子を被っていて顔はよく見えない、おそらくその人が例の魔女だろう。


「あら?ごめんなさいね、まさかそこの若い子ちゃん達がついてくると思わなくて……ふふふっそれなら事前に言ってくれたら良かったのに」


(若い子ちゃん??)


 怪しげな雰囲気とは打って変わって口調は明るくとても陽気だ。

 けれど決して品が無い訳ではなく言葉遣いから声のトーン、声色など全てにおいて上品に溢れている。


「言ったはずだが」

「えぇアルドちゃんが『異国の子で家も無く言葉も分からないらしいから魔法(言語理解)をかけてほしい』までは聞いたわ、でもその二人をこの場所に連れてきていいかなんて一言も聞いていないけれど……」

「……じゃあどうやって魔法をかけるつもりなんだ?外でやるつもりなのか?」


(見られたらまずいってこと?)


 どうやら姫宮も同じ事を思っていたらしく目を合わせた後二人軽く頷く。


 勘付かれないようにひっそり後ずさりした途端前方で冷淡な低い声が耳に響いた。


「やっぱりアルドさん俺らのこと騙してたんですね?」


「……」

「……」

「……ッ……ふふふっ……」


 アルドは相変わらず無表情で横の魔女は肩を震わせて顔を手で覆っている。


(……薄々感じてたんだけど姫宮って実は馬鹿なのかな?自ら命を差し出してるのと一緒じゃん……魔法自由自在に使える相手と戦って勝てるわけ無いのに……)


「ふふふ……あっはっは!!そうね、そうよね!若い子ちゃん達から見たらアルドちゃん悪者よね!……ん?そしたらあたしも悪者なのかしら?」


「勘弁してくださいよ、何を企んでるのか知らねぇけどみずきに傷一本でも付けようなら俺が先に─」


「落ち着け」


 ツノを出そうとした寸前姫宮はアルドに腕を捕まれ制止された。


「今から全て説明しよう」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 アルドの話によるとこの国では人に魔法をかけるのが原則禁止になっており見つかるとどんな身分でも処罰の対象になるらしい。

 だから魔女は魔法瓶を作ってこっそりと表で飲んでもらう事が目的だっだがアルドはてっきり鍵がかけられるこの温室で事を行うと考えたらしく、それで齟齬が起きてしまったのだ。


 植物に水やりをしていた彼女は手を止め


「ホントにアルドちゃんは昔から全然喋らないわね〜」


 と言いえくぼを作ってみせた。


「……てかさ俺達もう魔法かけられた状態じゃね?」

「あぁそうね、効果は一時的なものだけどこの空間にいる者かつ人間もしくは人間に近いものであればどんな言語でも通じるわよ」


 どうやら魔女に話しかけたつもりじゃなかったらしく不服な面持ちで口を尖らせた。


「人間に近いもの─ってアルドさんとそこのお……水やりしてる人のこと?」

「大きな括りで言うなら私達も人間だわ、普通の人間でも何年か修行すれば魔法使えるようになるもの、むしろ若い子ちゃんのほうが─」

「……無駄話しないで早く終わらせないか」


 お喋り好きなんだなぁと思っていた矢先アルドがそう言った。


「よしできた……本来なら数十年時間をかけて修得する魔法を今から一度でかけるけどいいかしら?」

「え……」


 怖くなって思わず走り出したが間に合わず一瞬世界が白い光で包まれる。


 きっと強い痛みに襲われるだろうと思い体を強張らせたが何も変わったところは1つもない、ただあるとすれば腕首に冷たい感触があるだけだった。

 目を凝らすとそこには銀色のブレスレットが装着されていた。


「……てめぇ俺らに時限爆弾を─」

「ふふふせいぜい残りの余生を楽しむといいわ!」

「いい加減にしろ」


 呆れた顔でアルドはそう言うと、もうこの魔女のノリについていけないとでもいうようにこの場から出ていってしまった。


「……こ…これが魔法そのものですか?」

「ええそうよ、さっきは驚かせてごめんなさいね、横の金髪ちゃんの反応が面白くてついからかっちゃったわ」


 ふふと小さく笑う彼女は相変わらず高貴な雰囲気を纏っているが今となってはまるでイタズラを仕掛けて楽しむ小さな少女にしか見えなかった。


「……」


 ふと魔女の顔から笑みが消え、深い緑の双眼でじっと目を合わせてきた。

 ほこりでも付いているのかと自分の顔を手で触ってみるも何もない。


「……貴方の目ってとても不思議な瞳をしているわよね」

「やっぱりここでは珍しいですか?」


 遠くの方から『口説くんじゃねー!』だとか訳のわからない罵声が聞こえてくるがそれを無視して尋ねた。


「いえ、珍しいのは金髪ちゃんの方で黒い瞳の方はよく見るけど……ここまで真っ黒で綺麗な目は初めてだわ」

「……」


 貶されたのか褒められているのか判断つかないもののとりあえずお辞儀をし姫宮と魔女と自分の3人は来た道を戻るように歩いた。


 あの不気味な部屋を出る直前姫宮は口を開いた。


「部屋めちゃくちゃ荒れてますけどここがおま……お姉さんの部屋なんですか?」

「……ふふふお前呼びでも別にキレたりしないわ」

「じゃあ〝おばさん〝」


 年上の人に対して流石に失礼極まりないよと姫宮を肘でつついて注意するも姫宮は態度を改めるどころか更に加速し始めた。


「この部屋の持ち主にしては小綺麗すぎるしまさか客室に見せかけた監禁部屋だったりしますか?」

「ふふふ……アハハハ!貴方さっきから本当容赦ないわね?笑いすぎてお腹が筋肉痛になりそうだわ」

「は?この三人の中で面白いのはどこをどう見ても変な帽子被ってるおばさんだろ」

「あらら?アタシのこと”小綺麗”とか言ってたのはどこの誰かさんかしら?あっ顔の造形がってこと?それなら礼を言わせて頂戴」




 それから店の玄関を来たところでも姫宮と魔女は永遠に口論し続けていてアルドが大声で制止しなければ日が暮れるところだった。


「もう少し年相応の振る舞いをしたらどうだ?」

「ふぅん、アルドちゃんにも言えることじゃないかしら?まだ若いのに大人ぶっちゃってねぇ」

「……はぁ、まぁいい、とにかく今日は助かった、感謝する。返礼品は後で差し上げるとして、ではまた」

「あっありがとうございます…!」

「あざ」


─ガチャン─


 アルドは強制的に会話を終わらせ店を後にし、俺達を連れて数歩歩いたところで姫宮の方に顔を向いた。


「それと貴方もだ、出会ってすぐに牙を向けるのやめろ」

「はぁー?牙なんか向いてねぇ……ないですけど?」

「今のは比喩表現だ、要は動くより先に頭で考えろ、無闇やたらに威嚇するなって事だ。もし相手が血も涙もない傍若無人な奴だったらどうするんだ。それでも突撃しに行く気か?」

「じゃあ逆に質問しますけどアルドさんならどうするんですか?しかも自分より強かったとして」

「退散する」


 それを聞いて姫宮はハッと鼻で笑い同情を誘うようにチラリと目を向けた。

 けれど俺は反射的に逸らしてしまった。


「どうやら貴方は逃げることが恥ずかしいように感じているみたいだが時には引く事も肝心だぞ、勝手に敵へ突撃して亡くなった者を何度見たことか」

「それに後もう一つ言っておきたいことがあるんだが─」

「またなんか説教があるんですか?!」

「あぁ…………いや、後で話そう」




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 どこからか鳥のさえずりが聞こえ自分たちの影が長く伸びていて辺りはオレンジ色に染まっている。

 あのうるさい隣の人もやっと大人しくなったかと思えばそんな事は全く無かった。

 話しかけては疲れきった俺が相槌を打つだけの、傍から見たら元気に独りで透明な何かと話している危ない奴みたいになっていた。


「─でさー今更思ったんだけど俺達ディオ王国出てから今どこ向かってんの?」

「……知らない」

「てか魔法で瞬間移動とかできないの?」

「……」


 三人の足音と衣服の擦れる音しか聞こえない。沈黙が続いた後アルドが口を開いた。


「あと数分で着く」


 先程まで俯いてた顔を上げ遠くを見るものの地平線が続いてるだけで何も見えない、強いてあるとするならば遠くの方にポツンと露店が建っているぐらいだ。


「おーあれがフォルト王国なんですか?」


 ふざけたようにニヤニヤと姫宮が笑う。


 そんな姫宮をいつも通り無視して店の前を通りかかったところでアルドは立ち止まった。


「いらっしゃい!あれ?この辺りじゃ見かけない顔だね、そこのイケメン二人はどちらから?」


(イケメンってアルドさんと姫宮の事を指してるよな…?どこか前に会ったっけ…)


「イケメンというより可愛い系じゃね?」

「何が?」

「……ふはっ何でもないよ」


 そう言いながら姫宮の目元にはうっすらと笑みが溢れていた。

 

(いっつも人のこと馬鹿にして……でもソレ以外欠点は何一つ無さそうなところがかえってムカつく……)

 

 一方で気前の良さそうな中年の男がアルドに話しかける。肌は少し日焼けていてて手には細かい皺が刻まれている。木箱の上には質の良さそうな絨毯が巻かれて置かれているが商人というよりは冒険者といった名が似合いそうな風貌だ。


「あぁこの二人は異国から来た旅人だ」

「へぇ……お前さんが仕事仲間以外と一緒に居るなんて珍しいねぇ」

「……『雫空の絨毯』を頼む」

「はいよ!」


 商人は木箱に置かれた数ある絨毯の中から1枚赤い絨毯を出して広げてみせた。


「うぉー!これが魔法の絨毯……俺達これからこの上に乗って空を─」

「この中に入るんだ、私は先に行くからな」


 少し高価に見える何も変哲のない絨毯はアルドがその上に足を踏み入れた途端、まるで流砂に飲み込まれるかのように沈んでしまいには見えなくなった。


「は?消えたし……乗って自由気ままに空を飛べると思ったのにさぁ……!」


 いつでも真っ直ぐ前を見ていた目はいつの間にかうつ伏せになり肩も下がってわかりやすくしょんぼりしていた。それでも目鼻整った横顔は綺麗でむしろ日暮れ前なのと普段あまり見られない表情が相まってより一層美しく思えた。


(どんな時でも絵になるような姿だ……)


 それに比べて俺は何なんだろう、中学まではそれなりに褒められていたが今ではそんな機会ほぼ無くなった。別にかっこよくなりたいと願っている訳ではない。

 けれど眼帯を着ける必要のないあの頃に戻れない。


「……早く乗らなくて大丈夫なのかい?」

「あっすみません!今乗ります─わっ」


 突然姫宮に手を握られ固まっていると、ただでさえ近かった距離がさらに近付き耳元まで顔を近づけて来たため思わず後ずさりしてしまう。


「怯えてるのか?」

「……え?全然……それよりも手が邪魔なんだけど、」

「えーいいじゃん、俺とはぐれたら終わりだろ?そのための保険だから」


 強引に、けれども傷めない程度に俺の腕を引っ張るとそのまま姫宮は絨毯へ飛び込んでいきつられるようにして自分も絨毯の中へ落ちていった。




次は姫宮視点!

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