第6話 ちょっとうざい

 整列と敷き詰められた石畳に花壇に植えられた白い花。この前は夜中で街の風景がよく見えなかったが、眩しい太陽に照りつけられた赤茶色のレンガの街はまさにラノベで読んだ世界でありとても心が踊った。


「みずきこれ見て〜」


 一方隣で永遠と話しかけてくる銀色の目をした彼、姫宮波琉は俺を悩ます存在の1つだ。      

 さっきまで無表情で後ろを歩いてたはずなのにもう機嫌を直したのか笑顔で隣を歩いている。


「きも……何そのイモムシとテントウムシ合体させたみたいなキモい生き物……毒持ってたらどうすんの?」

「え?魔法で治してもらうというかみずきって虫苦手じゃないのか、意外ー」

「それこっちのセリフなんだけど、てか昨日……」

「うん?」

「や、やっぱ何でもない」


 姫宮は気づいていないだろうけど昨日夜な夜な俺が寝たと思って目の前に来たの知ってるからな、眼帯を外そうとしてるのかそれとも他に理由があるのか……しかも首触ってくるし。


「……みずきっていっつも何か悩んでるような顔してるよな〜悩みがあったら俺に聞いてくれよなっ」

 

 肩をガシっと掴まれてドンと背中を叩かれた。

 

「虫触った手で僕に触らないでくれる?きしょい」


姫宮は目を細めヘラヘラしながら言う。


「うわひど虫に謝れよ〜」

「ウザいうるさいウザい」


 通常運転でだる絡みしてくる姫宮に呆れつつため息をするとふと香ばしい匂いが鼻についた。


「なんかめっちゃパンの匂いしね?」

「それ僕も思った。近くにパン屋さんみたいなのあるのかな──ってアルドさん居なくない?」


 辺りを見渡しても周囲にはレンガの壁と木の板でできた窓しかなく人の気配がない。

 それどころか俺達はいつの間にか路地に迷い込んでしまったようだ。


「みずきぃ〜しっかりついて行けよ〜笑」

「は?道中いもむし拾う姫宮も大概だよ、てかいつまで僕にくっついてんの?うざ」


 肩組みされた腕をほどいてとりあえずアルドがどこに行ったのか考える。魔女の家って言ってたから多分屋外ではないだろう。って事はこの辺りに魔女の家があってアルドは家の中に入ったと考えるのが妥当か……


「もしかしてパンの匂いの先辿れば見つかるんじゃね!」

「ね、魔女の家の人がちょうど焼いてるところかもしれないし」

「え?」

「ん?」


 姫宮が目を丸くして困惑した表情で俺の事を見ている。変な事言ったか?俺。


「いやーアルドさんお腹空いたから普通にパン屋に駆け込んだのかと─」

「……ありえそうな気もするけどそこまでマイペースじゃないでしょ」


 


ーーーーーーーーーーーーーーーーー




 パンのような匂いを頼りに狭い路地を歩き続けるとやがて黒いリングの形をした取っ手が付けられた木製のドアの前に着いた。

 ドアの上部は弧を描いた窓ガラスが黒い格子で縁取られており室内から橙の明かりが灯されているのがよく分かる。


「……ここっぽくね?」

「ね、ここがパン屋さんっぽいね」


 しかしドアを前にして俺はなかなかドアを開ける勇気がなかった。何しろ俺達はパンを買いに来た訳ではないからだ。


「窓を探してそこから様子を─」

「アルドさん居ますか」


(いや何いきなりドア開けてるんだよ! もし普通の人ん家だったらどうするんだよ?)


 俺の心配をよそに姫宮は躊躇なくパン屋と思われる店の中へずかずかと入っていく。


「あー居ないのか〜……って居たぁー!!」


 相変わらず姫宮うるさいなと思いつつ、声がする方向に行ってみるとそこにはターパンのようなものを着飾ったふくよかなおばさん。そして隣にはパンのような物をもぐもぐ食べているアルドがいた。


(まじか……マイペースすぎない?)


「えっここで何してるですか?俺達を置いていって……そこまでお腹空いてたんですか」


 アルドはカウンタに置かれた水を一気に飲み干すとこう言った。


「……気づいたら後ろに居なかったな、貴方達を置いてしまったことに関してはすまないと思っている。ただ無闇に探すのもアレだと思ってな」

「─でもだからって店の中で呑気に食べてるのおかしくね?みずきもそう思うよなっ?」

「えっ? あぁうん、」


 ここが例の魔女の家なら話は別だと思うが、どう見ても魔女が住んでそうな家には見えない。


(本当にお腹が空いたためだけに俺達を置いて店きたのか……)


「もしかしてヒメミヤも腹が減っているのか」

「ッはぁ?んな訳ねーじゃん」

「奢ってやろうか」

「いやいらねーし」


 二人のやりとりが面白可笑しくて自分の表情を悟られないようそっぽを向くと、既に顔に出ていたのか姫宮に『笑いやがって…』と言われた。




*****************




「いつまで休憩するの……ですか?」


 かれこれ30分ぐらい経ったと思うが一向に何も進んでいない。


「あと少しだな」

「……」


 相変わらずアルドはカウンターで何が飲んでいるし、姫宮はイライラしているのかソファで足をバタバタさせている。そしてかくいう俺は膝の上にいる猫を撫でているところだ。


 ドサッ


 突然肩に重さがかかる。窓から差し込む光に照らされた白銀の髪。その瞬間コスモスみたいな懐かしい匂いがふわりと漂う。


「十分寝たでしょ……どんだけ睡眠不足なの?」

「……いや?寝ようとしてるんじゃなくて休憩がてらに……」



 チリンチリン


 客でも来たかと思ったがそうではないらしい。アルドがほんのしばらく店のカウンターの奥へ暗闇に消えたかと思うと、またすぐに戻ってきて「ちょっと来い」とでも言うように手招きをしている。


「来てだって、行こう」

「……」

「さっきから拗ねてるのか何なのか知らないけど立ち上がってくれる?」

「……んんーっ、」


 姫宮は大きく伸びをすると俺の肩を借りてソファから立ち上がった。


「みずきの肩枕代わりにしてたら半分寝てたわ」

 そう言ってにっこりと笑った。


「……お昼寝よくする人?」

「うん、まーそうだけど」

「…………」


 二人でアルドの後ろについて行く、照明がなくとも窓からの明かりで充分過ごせる店内とは対象的にカウンターの奥の小さな通路は窓一つなく店内の光とずっと奥の方に見える出口のようなものだけが頼りだ。


「ここなんで壁に松明とかつけないんだろうな、めっちゃ真っ暗じゃん笑」

「だね、節電……じゃなくて、節約かな」

「ふはっ節電って」


 別にそんな面白くないだろと思いつつアルドに続き前へ進む。出口だと思っていたところは実は突き当りらしく、一人しか通れないような幅の狭い白い螺旋階段が上へ上へとつらなっている。

 

(手すり全然汚れてない……最近建てたのかな)


「お先に失礼〜♪」


 姫宮は俺の横を割り込むとスタスタと階段を駆け上がっていった。


「こういうところって横から矢とか飛んできそうだよな」

「まぁ……それは分かる」

「それか急に板が崩れて落ちそうになるとか」

「あーあるあるだよね、」


(……なんかこいつ自分からフラグ立てにいってない?)


「まっ、もし万が一の事があったら俺が身を挺してみずきの事守ってやるからなっ」

「…………きもいしそういうセリフ彼女に言ってあげなよ、」

「…………」


 姫宮は急に立ち止まったかと思うと後ろを振り向いた。

 鋭い眼差しに、らしくない表情、何を考えているのか分からない。  


「な、何?」

「俺ふつーに彼女居ないけど」

「……えっ?でも──」

「階段登るのにどれぐらい時間かけてるんだ、足を痛めたのか?」

「あっっ、すみせません……!」

 

 ずっと先の方に居るアルドに呼ばれ急いで階段を登る。思ったより螺旋階段を駆け上るのはかなりの体力を使うようで、姫宮がいる場所に着いた頃には足がガクガクだった。

あの二人よく軽々と登っていったな……


「大丈夫か?」

「……全然大丈夫……」

「全然大丈夫じゃなさそうだけど」


 ヘラヘラしながらそう言って姫宮は俺の腕を自分の肩に乗せて歩こうとする。そこまでしなくても─と思い断るとまたいつものような口喧嘩になりそうだったので俺は渋々姫宮の肩を借りた。







「暗っ……ここどこだし」


 螺旋階段を上がっていった先、奥へ進むと真っ暗な小さな部屋に着いた。

 暗闇にようやく慣れたところで辺りを見ると白い壁と窓、それに小さなこげ茶の丸テーブルに一杯のグラスと2つのワインボトル。片方は倒れていて瓶の口から緑色の液体がぽとぽとと床に垂れている。テーブルの上には瓶と食べかけのザクロみたいな赤い果物が置かれていた。


(誰の部屋なんだろう、それにしてもこの惨状……)


 赤と緑の絵の具を白いキャンパスにぶち撒けたみたいに床がかなりめちゃくちゃな事になっている一方で嫌な匂いもなければハエなどの虫も見当たらない。むしろいい匂いに感じるぐらいだ。

 ……いやここ地球じゃないから当たり前か?


「きたねぇ食べ方……」


 姫宮の方はというと汚い床にもかかわらすずかずかと俺の前に出ると手を仰ぎ、匂いを嗅ぐような仕草をした。


「ちょっ、何勝手に嗅いでんの?何かの罠かもしれないのに」

「──っこれアルドんちで飲んだやつと一緒じゃね?同じ匂いがする」


 そう言われて少し匂いを嗅いでみる。

……確かに朝出された飲み物と同じ匂いのような気がしなくもない。


「……ともかくこんな時は引き返すのが手っ取り早──」

「進む」

「えぇ……」


 目の前は植物のツタのようなもので壁が覆われており行き止まりに見える。


「こういう所は大体隠し扉があるって相場が決まってんだよ」


 ベタベタと壁を触る。もう姫宮に構ってられないと思い背を向け来た道を戻ろうとしたその時だった。

 尻餅してしまうぐらいに地面が大きく揺れてガラスの破片が飛び散るような音がした。幸い揺れはほんの数秒で止んだので体勢を整え後ろを振り向くとそこには──


「……っ!!」


 不自然に空いた壁の穴から覗いているのは軽く50cmぐらいはありそうな見開いた暗い瞳の真っ赤な目、ただの飾りならまだ良かったもののその目はキョロキョロと左右に動かしており飾り物とは言い難い。


「な、何やってんの?早く逃げよ?」

「俺がやる」


 姫宮は警戒している猫みたいに角と尻尾を出してあの謎の目玉モンスターと対峙しているが姫宮に何ができるのだろうか。


(いや無理だろ、あんな体長数倍もありそうなやつ……)

 

 祈りは虚しくモンスターの赤黒い瞳は姫宮に狙いを定める。


─あぁ終わった


 ところがそのモンスターは数回瞬きをした後、瞳孔を開くとすっと目を閉じてしまった。その代わりに扉がゆっくりと開かれ奥には様々な形をした木や葉っぱ、鮮やかな花で溢れていた。

 ドーム型に張り巡らされたガラスの天井から射し込む暖かな光がそれらを照らしている。


 姫宮は角と尻尾をひょこっと引っ込める。

 そしてほら見てみろよと言わんばかりの表情をして俺に近づくとこう言った。


「なっ、隠し扉だっただろ?」

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