第4話 やっと落ち着けそう
真夜中だからなのか、自分達の足音が申し訳ないぐらいに静寂で満ちている。日は出てないというのにワイシャツ1枚とブレザーでも平気なほど思ったよりひんやりしておらず、体に当たるそよ風が心地よい。ランプの明かりを頼りにしてアルドについていくとほんの数分で銀色の門扉の前についた。
ちなみにあの白いもふもふは布でくるみ、アルドが大事に抱えている。
(それにしても、他の人達はどこに行ったんだろう…自分達の家に帰ったとかか?)
「他のみんなは?」
「ッわっ」
声が届くよう姫宮にそっと耳打ちすると、姫宮は猫のようにビクッと驚いた。
「ちょ耳がむずむずするからやめてくんね?」
笑いながら姫宮がそう言う。
…もしかして耳が弱い?日頃のあいつのウザさをそのまま返すように俺はもっと距離を詰める。
「……(ごめんね)」
「耳元で囁くなし」
「(ひめみや)」
「だから耳元で喋るのやめ─」
「2人とも仲良しで微笑ましいな」
アルドには聞こえていないと思っていたが、そんなことはなかった。
やがて小道を通り薔薇のアーチをくぐると石でできた小さなお城が姿を表した。
(…お、お城!?)
(凄い、バ◯オハザードで見たやつだ…)
光源が正面扉付近の松明のみしかなく、木々で囲まれているせいか余計そうとしか見えない。
「…ここってアルドさんの家なんですか?」
姫宮がアルドに尋ねる。
「あぁ……まぁそうだな、本当はフォルト王国にあるのだが、仕事の都合上ここを従姉妹に貸してもらっている」
「へぇ〜」
ドアが開くと、まず目についたのは数本のロウソクが立てられた豪華なシャンデリア。少し奥の方には赤の絨毯で敷かれた螺旋階段があり、ベージュ色の壁には金色の額縁に入れられた絵が飾られていた。その下には上部が猫の耳のような形をした水色の壺に白、ピンク、黄色と彩りどりのパステルカラーでまとめられた花が咲いている。
(かなりの金持ちじゃん…)
「寒かっただろう、さぁいってらっしゃい」
「みゃおーん」
ダッシュで白いもふもふは奥の方に走っていった。元気でよろしい。
「──、……────………」
声の主の方に目をやるとそこには燕尾服を纏った執事がいた。白い髪は綺麗にオールバックにまとめ上げられており、立ち姿はまさに上品そのものだった。
少しすると奥の方からドタドタと息を切らして走るメイド服の女性がやってきた。(猫かな?)何があったのかはわからないが茶色の髪の毛はボサボサで服が埃ですごいことになっている。
目が合うとその子はニコッと微笑んだ。ふわふわロングの茶髪に大きな目……
…あいつじゃない。あいつじゃないあいつじゃない。顔だって違うしここにいるわけない─
そんなはずなのにそう念じれば念じるほどあいつの顔が浮かび上がってくる。
「……うっ」
心臓の動悸が早くなり、呼吸が浅くなる。自分を自分で落ち着かせるように俯き胸に手を当てたその瞬間、前から何者かに抱きしめられた。
「大丈夫か…!?何をやっている?」
「ああっえっと……みずきはその…アレルギーがあるんです!」
「……埃か?」
「…違います…後で言うのでとりあえず先行っててください!!」
「─────」
「2人だけにしてください!!!」
「……わかった、鍵はかけないでおく」
バタン
再び静寂が訪れた。呼吸は落ち着いたが今度は別の意味で動悸が止まなかった。
…………いつまでこの姿勢でいるんだよ!!早く離せよ…!
「あの……」
「…もう平気?」
「……うん」
そう言うと姫宮はやっと体を離してくれたが、片手は俺の背中に触れたままだった。
「……あ、ありがとう。助かった……けど、ハグまでしなくてよくない?、」
「それだったらみずき大変なことになってただろ」
「……でも他の人がいる前でハグとかちょっと─」
「じゃあキスで止めればいいってことw?」
背中を押され顔と顔が近づく、そして凄い目を合わせてくる。
何なんだこいつ。
「いや何でそうなるの!な訳ないじゃん!!」
「……でもソレの方が一瞬で止まりそうじゃね?だって過呼吸って呼吸し過ぎちゃうやつじゃん。」
「意味分かんないし…」
本当に姫宮の思考回路が謎すぎる。なぜハグがダメならキスはOKになるんだろうか、初めてのキスは好きな人としたいものだろ…?姫宮にとっては初めてじゃないのかもしれないけど俺にとったら……
「ふふふw」
「何笑ってんの?」
「ごめんってw」
入学式の時もこんな感じだったな…と思い本日?いや昨日含めて?の2度目のデジャヴ感を味わうと不意に姫宮が口を開いた。
「そういえばさっき焦って咄嗟にアレルギーとか訳わかんないこと言っちゃったんだけどみずき、少し前『過呼吸はストレス性の─』みたいなこと言ってたよね?何が原因だったの?」
「あー……それは…」
女性恐怖症だから。
なんて言えない。
もうこの先どうなるかわからないし姫宮に打ち明けようとしたがとても言葉に出せなかった。それどころか言い出そうとする度にあの日のトラウマが蘇り胸が苦しくなるほどだった。今でも苦しい。
「……」
何も言い出せずにいると察したのか姫宮が横に来て俺の頭を撫でてくれた。
「……なんか気遣わせてごめん」
「…俺の方こそごめんな」
…姫宮は優しい。いつもは人を小馬鹿にしたような喋り方をするけど初めて会った時から俺の事を助けてくれたり、眼帯の俺の見た目に何か触れることもなく普通に接してくれる。そして今も─
家族以外でこんなに風に慰めてくれる人なんて他には居なかったもんだからふと涙で視界がぼやけた。だけどこんなところで泣くのは恥ずかしい。涙がこぼれないよう必死にこらえた。
「でもさ」
「……うん」
「このままじゃ良くない…というかダメなんだと思うんだよ、俺がいる時ならまだしも俺がいない時またああなったら─」
「……俺一人でも対処できるし、」
実際中学生後半の時もこのような事は度々あったが、場所を離れたり深呼吸するなどして自分一人でも対処してきたつもりだ。
「あと思ったけどさ、みずきって……まぁいいや、とにかく…辛いだろうけど……過呼吸になる理由?原因を教えてほしい」
姫宮はそう言ってギュッと俺を引き寄せた。肌と肌が密着して俺と姫宮の間はゼロ距離となっていた。普段なら『近い近い』とか言って離すと思うのに今は何故かこうしていたい気分だった。
「…………俺が中学3年生の時なんだけど夏休みの終わりに─」
中学生の頃半年間連れ添った彼女がいた事、相手は思ったよりも自分への愛が重かった事、その子とちゃんと向き合わなかったせいで彼女を怒らせた事、そして俺が眼帯をしているのは……
きちんと声に出そうとするも喉の奥ギリギリでせき止められ上手く言葉にできない。
「……話してくれてありがとな、もうこれ以上はいいよ」
震える手を握ってくれた。真っ白な手からは想像もつかないほど暖かった。
☆☆☆☆☆☆☆
城に入るなりアルドにさっきまでの事情を説明すると「わかった、使用人に伝えておく」と言って余計な詮索もしないでくれた。
「……本当に申し訳ないです。で、でもここのメイドさん達が生理的に受け付けないとかそういう類ではないので─」
「あぁ、理解している。…………それより…今更かもしれないが名をなんと呼べはいい?」
「えっ僕自己紹介してませんでしたっけ」
「私の方からはしたが貴方達の名前はまだ聞いてないぞ」
─やべっ、相手の名前聞いておきながら自分の身は明かさないとか…非礼だったかもしれない…
そんなことを思いながら軽く自己紹介をすると、アルドは握手を求めるかのように手を差し出してきたので、おそるおそる手を握った。はじめましての時に握手をしたりする文化は向こうでも同じなのか。
「クロヤマ…だったな、短い間となるかもしれないが今後ともよろしく頼む」
「いえ……こちらこそ…」
ちらりと目を合わせるとアルドはくしゃっと目を細め爽やかな笑みを浮かべた。
(うぅなんだこのイケメンオーラは…眩しい、眩しいぞ!)
「…で貴方は……」
「姫宮波琉といいます」
「ヒメミヤ、と呼べはいいのだな」
「はい」
「……」
アルドは一瞬怪訝な顔を見せたが気のせいだったかのように爽やかな表情に戻り、先程と同じように握手をして挨拶を済ませた。
「ご飯はこんな時間だし……明日でいいよな、寝る部屋はたくさんあるが大きく分けるとツインルームとシングルルーム2種類ある。どっちがいい?」
使用人とは言葉がそもそも通じないので部屋までアルドに直接案内されることになったのだが、その際に告げられた言葉。もちろん答えは…
「二人部屋で」「シングル…」
「え」
せっかく部屋たくさんあると仰ってるんだからそれぞれの部屋でいいじゃん…!!
……もしくは別の考えがあるのか─
「一人でツインルーム使おうとしてる…?」
「んな訳ねーじゃん、みずきとだよ」
「……??」
なんでわざわざ俺と一緒に寝たいんだよ……ふざけてるのかと言いたいところだが姫宮の方はいかにも真面目そうな顔をしている。
「……一応言っとくが、部屋の片付けの心配とかしなくていいからな、全部使用人がやってくれる」
だってさ、だから別々の部屋にしない?
圧をかけるように姫宮を見ると目は合わさずともわかってくれたのか『じゃあ…シングルで』と抑揚のない声で呟きアルドの方も『そうか』と言って客室のある二階へスタスタと階段を上がっていった。
「部屋の中のものは自由に使うといい、ではおやすみ」
そう告げアルドは花柄の壁に茶色の絨毯が敷かれたいかにも貴族っぽい客室から出ていった。
ちなみに姫宮はどこにいるのかというと、ちょうど隣の部屋にいる。
(やっと休める…!!)
ベッドに飛び込んで仰向けになる。
家のベッドとは違い天蓋つきで開放感がなく窮屈だが、ふかふかな布団にシングルサイズとは思えないほど大きなベッドはもはや高級ホテルにタダ泊まりしているようで非常に気分よかった。
(ここならぐっすり眠れそう)
ひょいと起き上がり眼帯を外してブレザーを脱ぐ。
……待って俺1日中この格好じゃん…流石に着替えないとまずいよな…
手当り次第チェストを開けてパジャマを探すと、寝台の近くに置かれたロッカーみたいなワードローブがあった。取っ手を引くと中には白いシャツと黒いロングパンツがかけてあり、とりあえずそれを着ることにした。
下が履き終わり上を着替えようと制服のブラウスを脱いだ最中、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
次回は姫宮視点!
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