第3話 馬に乗った
あんなに青かった朝の空が今では青とオレンジのグラデーションを帯びており、もうすぐ夕方になろうとしている。
異世界(仮)に飛ばされた俺達は、一面草原だらけのこの場所じゃ何もすることができないので、街を探すことにした。ちなみにあの生意気な猫は姫宮の腕の中で寝ている。
しかしどんなに歩いても景色は変わらない。休憩を挟みながら4時間ぐらい歩いたんじゃないかと思う。足が疲れた。
「…やっぱり街なんてどこにもないじゃん」
「それだけ広いってことじゃね?」
そう言って姫宮はにやりと笑う。…いくらなんでも危機感無さすぎでは?このまま草か花しか食べれず餓死する可能性だってあるのに。…逆にこの場所で餓死することがなければ、ここは天国だという証明にはなるが。
「何日間か歩けばきっと街みたいな場所に着くだろ」
「…」
…なんだが眠い。ここに飛ばされた時がちょうど学校の帰りで、その時ここは朝だったからここと元いた世界ではかなりの時差があるのか。
「…みずき疲れた?」
「いや…また歩けるけど、姫宮はどうなの?」
「俺は…平気だけど…みずきめっちゃ眠そうな顔してね?目が半目だし」
ヘラヘラと口ではそう言ってるが、姫宮の方もいつもの綺麗なアーモンドアイから瞼が下がり三白眼みたいな目になっている。それでも綺麗なことには変わりない。
「…ふあぁ〜」
口を開け涙目にしながらあくびをしている。俺よりも眠そうじゃん!
「…それじゃあ交代交代で寝ない?なんかあったとき両方とも起きてなかったら怖いし」
「あっそれいいね!じゃあさ俺見張っとくからみずき先寝てていいよ」
「僕はまだ大丈夫だから姫宮先寝ときなよ」
「いやみずきが先だ、体力俺よりもなさそうだし笑」
「は?体力まぁまぁあるんだけど?さっきあくびしてた姫宮が先に寝るべきだよ」
実際、眠いと言っても今すぐ横になりたいほどの眠さではないし毎回姫宮に気を遣って貰ってるのにまた姫宮を頼りにするのは気が引ける。
そんなことを思っていると不意に肩を強く掴まれた─
(えっ何?)
強制的に座らせられると姫宮もしゃがみ俺の肩を引っ張って寝転ぶように倒れる。俺の体幹は姫宮の体重に敵うはずもなく、そのまま姫宮と同じように仰向けに倒れた。
「…猫いる?」
横になったまま隣を見ると白いモフモフがしっぽをふりふりしながら姫宮の腹の上に居座っている。
前の世界にいたときは俺らから逃げ回っていたのに、なんて自由気ままな奴なんだ。
「……いらないかな」
そう言って上半身を起こそうとするも手で静止された。
「どっちも眠いなら一緒に寝ればいいじゃんこんな様子じゃ見張りもいらなそうだし、なんで嫌なんだよ」
「いやだからさっきから何度も言ってるけど僕眠くないから、」
「頑固な奴〜」
「は?」
頑固なのはどっちだ?姫宮だろ。別に起きたっていいじゃないか、なんか二人きりで隣に並んで寝るの変な気がするし…
「…まぁいいや、俺先に寝てるから─おやすみ」
「……おやすみ」
そうして姫宮は片腕を頭の後ろに回し、目閉じた。
やはり美青年は寝顔も綺麗だが今はその寝顔が少しムカつく。すぐ人のこと馬鹿にするしヘラヘラしてるし…
…俺と姫宮って相性が絶望的に悪い気がしてきた。何しろ性格が真反対だし、口喧嘩すぐ始まっちゃうし、グイグイ来られるの苦手なのに物凄いスピードで距離近づけてくるし…
「なおーん」
いきなり白いモフモフが姫宮の腕をするりと抜け俺の隣に来る。
なんだお前、そんなに可愛い子ぶっても俺達を振り回した件許さないからな!
「みゃーみゃー」
鳴きながら何か俺に訴えている。
「(静かにして)」
そうでないとせっかく寝てくれたのにまた起きてしまう。猫を抱き上げ撫でてあげると満足したのかゴロゴロと喉を鳴らした。
(生意気だけど…可愛いな、)
疲れたので横になる。今元の世界では何時なんだろう、眠気が最高潮に達している。瞼が重い。
隣からはすぅーすぅーと寝息の音が聞こえる。どうやら本当に寝ているようだ。
このままじゃ本当に寝そうなので、気分を逸らすように空を見る。いつの間にか青さが消えていた。紫ピンクオレンジの3色が混在している。
(空が綺麗…眠い………)
……………
……
…
ꕤꕤꕤꕤꕤꕤ
気がついたら俺は学校の近くの公園のベンチに座っていた。
姫宮が俺の膝の上を枕にして横になって寝ている。
いくら距離感がバグっている姫宮でも流石にこんなことはしない、と思う。よってここは夢の中だ。
膝枕するとか正直言ってめちゃくちゃ恥ずかしいが所詮夢の中、現実には何も影響がないのでそのままにしとく。
辺りを見渡すと滑り台の上に少女が立っているのが目に入った。
俺らのことを凝視している。夢の中とはいえ恥ずかしいからこっちを見ないでくれ。
「ユイ…」
(寝言か?ユイって誰だよ…あっもしかして彼女かな?)
姫宮はウザいところもあるが性格悪くはないし明るい、何よりも見た目が美青年そのものだから彼女ぐらい居るのだろう。
(俺に対して距離感バグってるけど、姫宮は異性にもそうなのだろうか…だとしたらお前彼女に嫌われるぞ、)
…それにしても彼女か、俺は多分この先彼女というものができないと思う。何しろあのトラウマが消えないし女性恐怖症だし…。同級生でなければ多少大丈夫な気がするがそれでも緊張はする。上手くいく気がしない。なら男…ってわけでもない。同性にときめいたことは無いし……多分。
将来俺は独りで生きていくんだろうな。
「んぐっ…」
姫宮が寝返りをうつ。俺の太ももじゃ心地悪いだろうに。
パカラッパカラッパカラッ…
後ろの方から馬がやってくる音がする。
音はどんどん近づいていきやがて俺の真後ろまで来た。
(どんな夢だし、てか怖い怖い…)
「/#&@▽○✗?」
「%÷≠△$♪×¥ ●」
よくわからない言葉を交わしている。何人?誰?
ゴトン。
馬から降りたのか先程まで聞こえていた馬の足音が止み、代わりにガチャンガチャンと重厚な物音がする。
走って逃げよう、しかし恐怖で体が動かない。
「%×¥ ●&%#?」
ついには肩を掴まれ耳元で話しかけられた。
(これは夢、これは夢の中だ…)
勇気をだしておそるおそる後ろを振り返る。
「っっ…!」
そこには顔の大きく膨れ上がった明らかに人間ではない、鎧を着た白い目玉の怪物が─
◇◇◇◇
「…!」
目が覚めると、目の前には鎧を着た怪物…ではなく、深い青色の目をした黒い髪のイケメンが騎士のような格好をして立っていた。眉毛が直線的で濃く、長いまつげに縁取られた青い目は輝きを放っていて薔薇のオーラが漂っているみたいだ。
その後ろには白い立派な馬がおり、いかにも王子様だ。
「おい!姫宮起きてっ……えっ?」
さっきまで隣で寝ていたはずの姫宮が、今は俺の太ももを枕代わりにして寝ている。
「おい起きろって!」
周りを見るとさっきのイケメンの他にも複数の馬と騎士達が俺達を取り囲んでいた。
もしかして俺ら…殺される?
「ん…」
やっと起きてくれたが、まだ眠気が覚めないのか虚ろ気な目を擦っている。
「姫宮早く立って!でないと俺ら─」
「ちょっと待ってくれ」
黒髪イケメンの彼がそう言って言葉を遮る。
(日本語…日本人なのか?)
「ふえ…にほんご」
「あっ…あの、俺…僕達が言ってることわかるんですか?」
寝ぼけているだろう姫宮はひとまず無視して彼に話しかける。
「あぁ、先輩から少しニホンゴというものを教わっていたからな。…しかし何故ここにニホンジンが…」
そう言って彼は首を傾げる。
(…いやこっちが聞きたいんですけど!てか日本語ペラペラ…先輩って…??)
「………もしかしてここへ来る前に金髪の少女見かけなかったか?」
「えっあっ見ましたけど─」
「やはりそうか……」
手を顎に当て納得した表情を見せると後ろから部下と思われる人を呼び出し俺達に地図を見せてくれた。
「ここが貴方達のいるところだ、で私達が来た方向と逆に真っ直ぐ進むと『ディオ王国』という場所に到着する、」
「っ、じゃあ真っ直ぐ歩けばいいってことですよね……?」
とにかく今は街に出たい。
「……かなり距離があるぞ、ちょうど私達もそこに向かう最中だからそこまで馬で案内しようか?」
「あっ……じゃあお願いします、、!」
俺達は馬に乗せてもらってディオ王国に向かうこととなった。もちろん、俺らの分の馬はないため(というかあったとしても一人じゃ乗れない)俺は黒髪イケメンと、姫宮はその部下と二人乗りで馬にまたぐことになった。
その際イケメンは頭に銀色の鎧兜を被った。おかけで表情が把握できずさらに怖さを増したが、ゲームのキャラにいそうでかっこいい。
「日が暮れそうだから走るぞ、しっかり掴まれ」
自転車二人乗りをするカップルみたいで恥ずかしいな…と思いつつ前に座ってる黒髪イケメンのお腹をそっと掴む。金属の鎧を着てるもんだから少しひんやりする。
「……振り落とされたいのか?」
「あっ…いえ……」
「ならちゃんと掴まれ、腕を離そうもんなら高速度で投げ出され最悪死ぬぞ」
「すみません…」
今度は恥を捨ててガシっとお腹を腕で掴み、密着した。すると途端に馬が物凄い勢いで動き出し、上下に揺れた。
(うおっすごい揺れるな…)
冷たい風が頬に当たってとんでもなく寒いが馬の体温と俺の体温で暖められた鎧でギリギリ耐えられた。
揺れもさっきから酷いが俺は昔からあまり酔わないタイプなので平気だ。しかし姫宮は大丈夫なのだろうか…
……そういえば何か忘れているような…
◯◯◯◯◯◯◯◯◯
「さぁ着いたぞ、」
…やっと到着したのか、馬から落ちないようにずっと黒髪イケメンにピッタリくっついてたため、腕が筋肉痛だ。へとへとになりながらもなんとか馬から降りて一息ついた。
辺りは暗く、ランプで照らさないと何も見えないほどだった。少し歩くと目の前には松明が白いレンガで出来た城壁に飾られており、入り口には木製の大きな扉と黒い鎧を着た兵士が2人、どっしりと立ち構えていた。
(まるで映画の世界みたいだ…)
「/@?)$♪×¥ ●」
黒髪イケメンが鎧兜を外し、兵士と何か話している。俺らと兵士の間には5m程の川が横切っており、このままでは渡れない。多分彼が跳ね橋をおろして扉を開けるよう交渉してくれてるのだろう。
しばらくして後ろの方から彼の部下達と姫宮が馬に乗ってやって来た。姫宮はもう先程のような眠たい目ではなくぱっちりとしている。
「……みずき、アレは?」
「アレって何?」
「あのもふもふ、」
もふもふ……………あっ!!あの白い猫!!さっきから何か忘れている気がしたが、、それだ!頭を右左に振るも、白い猫の姿は見当たらない。代わりに不自然にもぞもぞと動く茶色い巾着の姿が─
手を取ろうとしたのも束の間黒髪イケメンに制止される。
「あっあの………」
「心配するな、ちゃんと元の場所返しとく」
どういう意味なのだろうか、訴えるように姫宮に目を合わせると姫宮が口を開いた。
「……お前誰」
!!?
確かに、確かに『who are you?』状態だけれども、その言い方はないだろ!せめて『どちら様?』にしとくべきだろ!
「……すまない、申し遅れてしまった、私の名はアルド・パディーリャだ。なんと呼んでも構わない、」
アルド……さん、姫宮は黒髪イケメンの事をそう呼ぶとまた言葉を続けた。…普通上の名前で訪ねない?と思ったが、そういえば姫宮はそういう奴だった。すっかり忘れてた。
「この猫…生き物は俺らの家族じゃなくて、別の人の家族なんです。でも途中で逸れてしまって…なので返してくれますか?」
「……どうやって返すというのか」
「それは、、」
今度は姫宮が助けを求めるように俺と目を合わせる。やめろ、俺も思いつかないぞ。
「しかも私はこの猫の主を知っている。今は行方不明だが─」
そう言ってアルドは姫宮を睨んだ。俺達も前の世界で猫と一緒にいた少女の行方は知らない。もしも少女の身になにかあった場合…真っ先に俺達が疑われることになる。
俺よりまぁまぁ背の高いアルドを見上げるとアルドは先程まで険しかった表情を柔らかくした。
「安心しろ、別に貴方達を疑っている訳ではない。むしろ先程まで猫を保護してくれたことに感謝している」
「なら家の場所教えてください、俺らが返しに行くので」
姫宮はそう言うとアルドを睨み返した。
「………少し待ってくれるなら構わない」
「どういうことですか?」
「夜が更けた後、私はこの国に用があるからすぐには返しに行けない。だがこの猫の主は普通の一般人でないから貴方達だけで行くのも無理だ、」
一般人じゃない……?………貴族とか金持ちってことなのか……?
「もう1つ加えとくと飼い主は隣の国のフォルト王国に家がある」
「「???」」
「しかし今はもう夜中だ。休んだ方がいいんじゃないか?案内するからついて来い」
‥─そうして俺達はよくわからん場所に連れて行かれた。
……はぁぁ家に帰りたい。
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