キャラバン隊②

 状況が急変するまで長い時間はかからなかった。アリステラスの新たな手記が見つかり、その近くに遺宝も埋まっている可能性が高いらしく、天文台とキャラバン合

同で発掘を行うことが決まった。


 カサインたちは発掘隊の右端に位置しており、隣には天文台のグループがいた。頭上の太陽は強く鈍い光線を放ち、人々の上にのしかかり彼らの生気を削いだ。陽炎が眼前に広まっていたが、それ以上に極度の灼熱が起こす眩暈が視界を暗くした。


 こうした状況でカサインの意識はぼんやりしていたが、突然の会話で我に返った。 

 

 隣の天文台の学徒が話しかけてきたのだ。


「いつもこんな暑さの中で作業をしているのですか。ご苦労なことで。我々は天文台から出ることは滅多にないのでね。今日は発掘の手順などいろいろ教えてほしいが、生憎持ち帰った遺宝を炉心に刻印する作業が天文台にはあるのでね。あまり余分なエネルギーは使えない」


 彼らの嘲笑を見てカサインは戦を申し込まれたと感じた。これに対して戦いに臨まねばならなかった。太陽に向かって走っている彼らのすぐ後に影は付いて離れなかった。


「私は最近キャラバンに加わった者で、本当に日々学ぶことが多い。自然の中で過ごすといつもと違うことを考えるようになる。ここでの生は私にとって甘露だ」


 学徒は不機嫌になった。


「じゃあいわゆる“生きる意味”なんかも考えるのかね。是非ご教授願いたいものだ」


 彼らの目は腐っていた。


「キャラバンにももちろん彼らの生の流儀というものがある」


 カサインはきっぱり言った。



「やめないか。失礼だぞ。どうして知らない世界のことをすぐバカにするんだ。この街は星の分析だけで成り立ってるんじゃないんだぞ」


ベアルだった。自分の気のせいだと思いたかったが間違いなくベアルだった。ベアルに諭された学徒は、また正義漢の説教がはじまったという感じで、慣れた様子で

適当にあしらった。


 けれどもベアルの目にも― 濁りがあった。カサインに気付いていない。初めて会った知らないキャラバン隊員のペルソナを押し付けられた。カサインは怒りを通り越して失望した。


  ―― 夜空の星は遠く見通せるのに人は見えないのか。

 何が彼らの眼を濁らせるのか。ありとあらゆる亡霊が眼を汚すに違いない。何を言っても彼らの心には届かず、心の核に触れる前に幾千万の亡霊がかき消してしまう。


 彼らは目前の世界を見ずに、星を通して世界を見ることに慣れすぎてしまった。目の前の生きた個人を相手にしている時でさえ、星の下で機能する人間的集合体を相手

にしている。


 太陽が放つ暗さは増していた。


                    ***


 発掘は滞りなく進み、帰路でカサインの隊は手記の一部を運ぶことになった。どうせ天文台に預けるまでの縁だが、手記はカサインの心を乱した。亡霊と共鳴して、

色づいた生をまた無色の世界に戻そうとした。


 その世界では、天文台学徒としての選択は必ず価値があり、常に正しさを保証されているという安心感がある。それは幼子が親の庇護を思わず求めるようなものだ。


 だが、幼子に付けた首輪は時が経つと当人の首を絞めるようになる。カサインはもう知っていた。


 隊員の一人がふと異変に気付いた。先ほどからの暗さで分からなかったが、太陽が霧に隠れ始めている。すると、向こうから発掘隊の一人が取り乱して走ってきた。


「濃霧だ!濃霧が来るぞ!左側は霧に飲まれて壊滅した!」


 予報では霧嵐は来ないと言っていたが、突然霧が動き始めたのだ。カサインの隊は大急ぎで馬車を走らせた。


 が、間に合わない。霧嵐が近づいてきた。もうすぐそこまで来ている。カサインは目を瞑って震える手を強く握った。途端に周りの空気が急変したのを感じ、パチパチ

と音を立てて何かが燃えていた。


 カサインは恐る恐る目を開くと、その音が自分の体から出ていると分かった。

青い斑点が蕁麻疹のように全身に広がり、そのすべての粒から青い炎が出てきた。彼は悶え苦しんだ。


 それは体の痛覚ではなく、心の、浄化の痛みのせいだった。自分の記憶や意識より深くドス黒い何かが燃えており、自分の存在が無形になるのを悟った。


 あまりに激しい痛みで、彼は自分の存在も忘れてしまい、自分の名前すら、いや

言葉さえも分からなくなった。


 しかしそれと同時に影も燃えており、次第に小さくなっていった。物心着いてか

ら意識の奥底に巣くっており、何度剥がそうとしてもベッタリとくっ付いて離れなかった影が。


 彼は嬉しかった。


 今にも途切れそうな意識の中で、このまま無垢になって彷徨い続け、生きる意味や野心を放棄するのも良い、と思った。


 すると突如、遠くに眩い光が現れその光線が、ずっしりと垂れて世界を押し潰すような靄をいくつも貫き、とうとうカサインの前に来た。


 それは光輪で、智を授ける満月の光に似ていた。



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