キャラバン隊①

  『欲を離れ、また欲を離れず。

  この世とあの世を共に離れ、また離れず

  星々を超えて、楽園へ至れり

  全ては虚妄、概念、言葉であると断じて

  心静かに観察して、ただ一人歩め』


 遺宝に刻まれている言葉の真意は誰にも解らなかった。


 遺宝は『星の大災害』と共に現れ世界中に散らばった。その災害は星の奥深くまで達し、この惑星の黄金律を全く変えてしまった。


 今から何千年も前の話だ。


 大災害以前、国々は活発に交流し合い世界は一つだった。しかし大災害と共に起きた濃霧で世界は分断され、国々は独りぼっちになった。

 

 ただキャラバン隊だけが濃霧を通過する危険を侵して国々を行きかう。彼らは霧の

中にある遺宝を発掘し天文台に売ることで暮らしている。各地で見つかった遺宝は星の街ソリス・オムネスに届けられ、天文台で解析される。その秘匿は明かされない。

 キャラバンは遺宝を見つけて儲け、天文台は遺宝を買い解析し、互いに協力している。


 ソリス・オムネスは大災害の後に造られた街で、最も夜空を見通せる場所に建築された。そこには星に魅入られた人々が暮らし、夜空は彼らを祝福するように燦々と

輝く。世界で一番、人と星の距離が近いと言っても過言ではないだろう。


 中央には太虚に高く聳え立つ天文台、その周りを囲むように街があり、さらに外には一面に砂漠が広がっている。もし初めて星の街に来るなら、人間が無理やり自然を開拓しそこに差し込んだ建物という印象を受けるだろう。


 天文台には至る所に星の神話や昔話がモチーフの像が配置してある。最も高い塔には、聖アンブロシウスと月明の少年を模った像があり、『月明の少年』はこの街で最も親しまれている昔話だ。


                   ***


 あれからカサインはキャラバン隊と行動を共にするようになり、彼らの生業を手伝っていた。隊員の間では、星に詳しいので「博士」とよく呼ばれた。


 天文台にいる時はキャラバンのことなど何も知らず、知ろうともしなかったが、彼らにも礼儀作法があり、生を謳歌する権利があると知った。キャラバンの暮らしは良いものだった。


 時折、動物を捕まえては皆で火を囲って食べた。ある時はみんなで夜空を見上げて楽しんだ。カサインは星座の解説を頼まれて快く引き受けたが、どうしても天文台の

ことが思い出されて心が痛んだ。


 彼の心はまだ暗闇にいた。占星家でない自分になんの価値があるだろうか。天文台にいない自分を誰が認めるだろうか。生まれてこの方、星の勉強しかしてこなかっ

た。


 天文台に入るためにいかに競争に勝つかしか考えてこなかった。天文台という〈コミュニティ〉から除外されることを、まるで自分の死のように恐れていた。


  ―― 本当は違う生き方をしたい。この先に幸福はあるのだろうか。みんな何の値打ちもないもののために身を削り合っているのではないか。こんなのは間違っている。僕は違う生き方をしたい。


 そう思ったが、まとわりつく何かが彼の生気を奪い無色透明にした。自分を非難するもう一人の自分を止められなかった。


 それでも彼には変化の兆しがあった。大自然への接触が、常に仲間と一緒にいる生活が彼を変え始めた。少年期を知識や競争のために費やさなかった彼らと過ごすのは心地よかった。


「博士って物知りよね。話してて面白いわ。あ、でも物知りだから好きって訳じゃなくて、あなたの独特な雰囲気とか。心配性なところとか。一緒にいて楽しいわ」


 隊員の一人が言う。またある時は、


「おい、博士さんよ、そんな端っこに座ってないでこっちに来いよ。あの星はなんて言うんだ?教えてくれよ」

 と他の隊員。


 自分が求められているような感じがして、存在は色彩を取り戻しつつあった。自分だけのあだ名を通して鮮やかな生が流れ込んできた。天文台の重苦しく、希薄な空

気に比べたら、今の生活の方がはるかに良い。


 衒学の帳は上がりつつあった。初めて生きた魂を見た気がして、そして他の血の通った魂と関わることを恐れなくなった。


 それは第二の生であり、今なら自分に多くを求める性をなくせる気がした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る