コーヒーと院長
「ありがとうございました!」
「病院ではお静かに~」
「はい!」
診察室に入ってきた女の子が大きな声で挨拶をして出て行こうとする。
それを境先生が注意していたが女の子は声を抑えず返事をしていた。
う~ん。
あれはそのうち誰かに怒られるな。
本来ならもう1回俺が注意するべきなんだろうけど、そんな気力はない。
なぜかって?
そりゃあ……
「今日最後の患者さんだったよ。頑張ったね」
さっきまでの女の子までノンストップで治療し続けてたからだよ。
ちなみに治療が終わった人数は優に50人を超えていた。
途中から境先生も俺の判別の早さや治療の早さを見て枷が解かれたのか、どんどん患者さんが入ってくるペースが早くなっていったからな。
しかも魔力暴走だけならまだ直ぐに治せるからまだマシだったんだけど、極一部の普通の患者さんがいたからその人に魔力暴走じゃないという説得に時間がかかったりもしたしな。
おかげで休憩を挟む暇もなくずっと働き続けていた。
まあ、そのおかげと言っていいのかわからないが俺の狙い通りこの病院内限定だが謎の病気を治せるという噂が広がりまくっていた。
多分、この診察室まで少なからず魔力暴走の症状で体調不良になっていた人達が診察室を出てきたら極一部の魔力暴走じゃなかった人を除いて元気になっていたからだろうな。
「し、死ぬかと思った……」
俺はそう呟きながら机に突っ伏す。
狙い通りとは言ってもまさかここまで忙しいとは思っていなかった。
いや、ほんとに。
確かに魔力暴走を治せるのは俺だけだから他の医者ではどうにもならないというのはわかるけど、俺だって限界があるんだよ……
特に集中力とかの限界が……
「ふふっ。お疲れ様、空くん」
境先生が今度は温かいお茶の入った湯飲みじゃなくって良く見る白いカップを手に持って、机に突っ伏している俺の横の椅子に座り込んだ。
そして机に突っ伏している俺の顔の前にカップを置いた。
そのカップの中身は机に突っ伏しているから見えないが匂いからしてコーヒーだろう。
「ありがとうございます」
「構わないさ。ミルクか砂糖はいるかい?」
「いや、ブラックで大丈夫です」
「そうかい?まぁ、疲れてるみたいだから少しは甘いものを摂った方が良いかもしれないよ?」
「あ~確かにそうかもしれないですね……それじゃあお言葉に甘えていただきます」
「うんうん。是非そうしてくれ」
そう言うと境先生は角砂糖の入ったビンを俺の目の前に置いた。
「ありがとうございます」
俺はそれを受け取ってふたを開ける。
そして角砂糖を1個取り出してコーヒーの中に入れた。
「え?それだけでいいの?もっと入れても良いんだよ?」
「いえ。これで良いんですよ」
「そうなんだ。それじゃあ僕も……」
そう言って今度は境先生が角砂糖の入っているビンから角砂糖を1個、2個、3個、4個、5個、6個と……って!?
「ちょっ!ストップ!!流石にそれは入れすぎですよ!!」
俺は慌てて境先生を止めようとした。
しかし、時すでに遅し。
境先生はもう10個を越える角砂糖を入れてしまっていて、それが全部溶けるまで待とうとしていた。
「良いじゃないかこれくらい。空くんも沢山入れるだろう?」
「いや、さすがにそこまで入れないですよ!?」
「ふっふっふ。まだまだだね、空くん」
境先生は不敵に笑いながらそう言った。
……いや、まだまだって言われても……
あんた医者でしょ?
それでいいのか?
俺がそう思っていると砂糖が解けるのが待てなかったのか、スプーンを使って境先生はコーヒーをかき混ぜ始めた。
「あー!うまい!やっぱり働いた後はこれだよね!」
そう言いながら境先生は美味しそうにコーヒーを飲む。
その姿を見て俺はなんとも言えない気持ちになった。
だって、あんなに大量の角砂糖を入れたコーヒーを飲むなんて……
絶対にそのコーヒーはコーヒーじゃないでしょ。
砂糖の味しかしないと思うんだけど……でも、そんな事を言ったら俺のコーヒーも同じ目に遭わされそうだから言わないでおく。
「ところで空くんはこの後どうするの?もう外も暗いし病院に泊まっていくかい?」
「あー……いや、今日は帰らせてもらいます。流石にちょっと疲れましたしね」
「そっか。残念だけどしょうがないね。それじゃあ僕はこのコーヒーを飲み終わったら帰るとするよ」
そう言って境先生はまたコーヒーとは言えないコーヒーを飲んだ。
なんか見てたらこっちまで砂糖の塊を食べている気分になってくるな……
そんなやり取りをしている時だった。
コンッコンッ
「失礼する」
診察室の扉がノックされて、1人の男性が入ってきた。
その男性は俺達の方に歩いてきた。
誰だ?白衣を着ているからこの病院で働いている人だと思うけど……
「あ、院長先生、こんばんは」
「院長先生!?」
なんと入ってきた男性はこの病院の院長だったらしい。
境先生が普通に挨拶していたが、俺は思わず声を出してしまった。
「む?
「いや、まだ人がいるから。それに、この時間にここに来るなんて珍しいですね」
なんか気安い感じだな…… 2人とも仲が良さそうに見えるけど、どういう関係なんだろ?
「ああ。それもそうだな。それで、そこの少年は誰だい?」
「あ、はい。彼は……いや、名前は言えませんけど、あの謎の病気の治療ができる人です」
境先生は俺のことを名前を伏せて院長先生に説明した。
ありがたい。
なにも言っていないのに名前を隠してくれるなんて。
そして境先生からその説明を受けた院長は俺の方をじっと見つめてくる。
その視線にはどこか観察するような感じがあった。
「なるほど。君が例の……」
そう呟くと今度は俺の方に向かって歩いてきて、目の前で立ち止まった。
なんだ?と思っていたら突然俺の目の前に立った院長先生が腰を曲げ、頭を下げた。
「え?」
「ありがとう!君のおかげで謎の病気よ治療に希望が見えてきた!本当に感謝している!」
…………ん?
「まさかこんなに早く原因を突き止め、治療法を見つけるとは!ありがとう!ありがとう!」
「えっと……どういたしまして」
「治療できる手段が見つかって嬉しいのはわかるけど落ちついてくれよ父さん」
境先生が困ったように笑っていた。
……って、あれ?今なんて言った?
俺は信じられない言葉を聞いた気がするんだけど…… 俺の聞き間違いだよな?
いや、きっとそうだ。
だって、そんなわけ……
俺は恐る恐る境先生を見る。
すると、境先生は頭をポリポリと掻きながら苦笑いしていた。
「ごめん空くん。黙ってて。実はこの人は僕の父なんだ」
「どうも改めまして。私はこの病院の院長を務めている
「…………」
俺は開いた口が塞がらなかった。
境先生と院長先生が親子!?
確かに院長先生と一端の医者との会話の気安さじゃなかったけどさぁ……
……ていうか境先生のお父さんがこの病院の院長だったのならああやってわざわざ院長先生が来るのを期待して治療しなくても良かったんじゃ……
いや、でも魔力暴走の治療ができて、苦しんでた人が少しは楽になったのだから無駄ではなかったのかも。
「まあ、そういうことだけどあんまり気にしなくて良いからね?」
俺の動揺を見抜いてか、境先生は苦笑しながらそう言ってくれた。
うん、境先生はやっぱり優しいな。
「さて、それで?君はこれからどうするつもりだい?」
院長先生じゃなくて……境先生じゃ境先生(息子)と被るから……真司先生が俺に聞いてくる。
「あー……とりあえず今日のところは帰ります」
俺がそう答えると真司先生は残念そうな表情をしていた。
もしかしてまだ俺と話をしたかったのか?
確かに俺の期待通りこの病院の院長先生に会うことはできた。
だけど、今日はもう魔力暴走の患者さん達の治療で疲れているから勘弁してほしいよ。
「そうかい……それは仕方ないね」
真司先生は残念そうに肩を落としている。
「本当はこの後、治療方法とか色々教えてもらいたかったんだけどな……」
あ、その事ね。
まあ、もう帰ろうと思うし時間もないから俺は無理だけど……
「まあ、俺は時間も遅いので無理ですけど……」
そう言いながら境先生の方に視線を向ける。
すると俺の視線を追っていった真司先生が境先生を見ているのを気づくと、真司先生はニヤリと黒い笑みを浮かべて近づいていく。
そしてその笑みを見た境先生は慌てて真司先生を止めようとした。
「ちょっ!?父さん!」
だが、時すでに遅し。
「ふむ……真、お前は仕事が終わったらすぐに帰ると言っていたが、まだ残っているじゃないか」
真司先生は境先生の肩に腕を回して逃げられないように拘束した。
「いや、あの……もう仕事は……」
「おいおい、何を言っているんだ。大切な仕事があるじゃないか。俺達他の医者に未知の
「あ!ちょっと!」
「それじゃあ、今日はありがとう!明日も絶対に来てくれよー!」
境先生が抵抗しようとしたが、真司先生はお構い無しに俺に一言告げてから診察室から連れ出し、どこかに行ってしまった。
……境先生、ご愁傷さまです。
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