異変と事情説明
「………」
俺はいま、無言で走っている。
走っているとは言ってもステータスが上がっているおかげでそこまで疲れてはいない。
ただ、全力疾走はしていない。
今の俺の俊敏ステータスだと全力で走ったら文字通り人外の速さだ。
そんなところを人にみられるわけにはいかない。
せめて人よりちょっと速い程度にしておかないと………
【飛翔】スキルを使えれば楽なのだがさっきの【気配感知】でエスカリアさんと早希と別れた場所には人の気配がしたし周囲の家の中からも少ないけど人の気配がしたから使えない。
そしてしょうがないからしばらく人並みの速さで走ると………いた。
「………」
俺は息を潜めて気配の存在の様子を伺う。
やってきたのは路地で、そこにあるゴミ捨て場にいるようだ。
この時間ならもうゴミが回収されててもおかしくないはずだがなぜかゴミの入ったゴミ袋が複数ある。
そのゴミ袋を良く見てみるとゴミ袋にはシールが貼られている。
………警告シールだな。
なるほど………だからゴミが業者の人に回収されないで残っていたのか………
それに………俺の嫌な予想は当たっていたらしい。
こればっかりは間違いであってほしかったよ………
その気配の主は俺の【気配感知】が感じた通り人間でもなく動物でもなくモンスターだった。
しかも俺がよく知る存在。
………全身が緑色で身長が140センチの小柄な体型。
武器は持ってないし数は1体だがそれでもモンスターであるだけ危険な存在であることに変わりはない。
「ゴブリン………なんでこっちの世界にいるんだ………」
ゴブリン。
ファンタジー世界の代表的な魔物であり雑魚キャラの代表格でもあるだろう存在。
ついこの間まで潰したダンジョン、『ゴブリンキングの巣』にいたモンスターだ。
………そんな奴がなぜここにいる?
いつからいた?
どこで現れた?
こいつ以外にもいるのか?
………ダメだ………わからないことが多すぎる。
「とりあえず倒すしかないか………」
俺は極限まで気配を消す。
先日エスカリアさん(アーニャさんも)の戸籍をぎぞ………作ったときに取得したスキル【隠密】を使う。
これで俺の存在は気付かれていなはず………
俺は音を立てないようにゆっくりとゴブリンに近づく。
ゴブリンは俺が近づいていることに気が付いていないようで未だにゴミ袋を破り、入っているゴミを食べ続けている。
………隙だらけだな。
ゴブリンの後ろに立ち、拳を握りしめる。
「シッ!」
短く息を吐きながら素早く拳を振りゴブリンを殴り飛ばす。
イメージとしてはゴブリンの身体を弾け飛ばさないようなイメージ。
そしてそのイメージ通り、ドゴッ!という鈍い音が聞こえ、それと同時にゴブリンの体が吹っ飛ぶ。
そのまま壁にぶつかり地面に落ちる。
………ふぅ………良かったグロい感じにならなくて………
路地とはいえここは街中だこんな所でグロい所なんて作りたくないからな。
「………グゥッ………」
そしてゴブリンは小さなうめき声を上げて倒れたかと思うと塵になって消えていった。
「………よし」
俺は一応周囲に人が居ないか【気配感知】で確認してみるが特にさっきの光景を見たという人は居なそうだ。
気配は感じるが、気配を感じる場所的に見えるわけがない位置にいるから問題はないな。
「さて、問題はここからどうするか………だな………」
ゴブリンがどうしてこの世界に来れたのかは分からない。
でもゴブリンがこの世界に来てしまったことは事実だ。
「………さて、どうしようかな………」
そうは言ってみるがこの世界の人間がゴブリンを倒すことはほとんど出来ないだろう。
不意打ちで武器を使うか銃などを使うかだな。
………つまり俺がやるしか無いんだよなぁ………
写真や動画を撮られて証拠が残るのもできることなら避けたい。
「まあ、なんとかなるか………あっ、【吸魂】」
俺は忘れそうになっていた【吸魂】スキルを使ってから路地を出る。
そして【マップ】、【気配感知】のスキルを使う。
「……やっぱりか……」
この辺り一帯のマップのあちこちに赤い点が表示されている。
これらは恐らくゴブリンだろう。
………とりあえずこいつらは全部狩るしかないか………
また【気配感知】を使って辺りの人の気配を調べて人が見てないのを確認してから【飛翔】を使って飛び上がる。
そしてマップで示されてる赤い点に向かって飛ぶ。
「……いた」
そして先程と同じように俺は気配を殺しつつゴブリンの背後に降り立つ。
そしてすぐに【気配遮断】を使い気配を完全に殺す。
それから拳を握りしめ一気にゴブリンに近づき殴り飛ばす。
「グギャァ!?」
殴った衝撃でゴブリンの身体が吹き飛んで塵になって消える。
よし、上手くいったな。
これで残りは………あと5体だな。
………よし!行くか!
***
「ただいま」
俺は家の玄関を開ける。
すると居間の方からエスカリアさんとアーニャさんの2人が出迎えてくれた。
「お帰りなさいませソラ様」
「お帰りなさいソラさん」
アーニャさんはメイド服で、エスカリアさんは普段着で出迎えてくれる。
「出迎えありがとうございます。………エスカリアさん、早希はなにか言ってたか?」
「はい。早希さんは『なによあいつ!明日問い詰めてやるんだから』と言ってましたよ」
「ははは………やっぱりか………」
早希の事だから言及されないって言う事はないなと分かってたけど明日俺生きてられるんかな………
「ソラさん………なにがあったんですか………」
「………そうだね話すよ………でもとりあえずご飯を食べよう。話は長くなりそうだからね」
「ええ、わかりました。アーニャ、よろしくお願いします」
「かしこまりました」
「じゃあ俺は着替えてくるからお願いします」
「はい。ではこちらへ」
俺はアーニャさんに連れられて部屋に戻る。
そして俺は制服を脱いでラフな格好になり居間に行く。
すると既に用意してくれていたようでテーブルの上には料理が並べられている。
ユキもファムもそれぞれのエサ皿の前で待機している。
「おお、美味しそうだね」
「ええ、私の自信作です!」
「いつもすいませんアーニャ」
「いえ、大丈夫ですよ。それに最近は少しずつ家事に慣れてきましたし苦ありません。……それより冷めないうちに食べましょう」
「ああ、そうだな。それじゃいただきます」
「「いただきます」」
「ワフゥ」
「キュイィ」
***
「………と言うわけだ」
食事を終え、食後のお茶を飲みながら俺は今日あったことを全て2人に説明した。
「………こっちの世界にゴブリンがいるなんて………」
「……信じられないことですね」
2人とも驚いているようだ。
無理もない。俺だってまだ半信半疑だ。
「それでだ。明日から俺はこの事について調べようと思う。流石にこれは放っておくわけにはいかない」
「ですがソラさん、学校は………」
「休むよ。学校にも連絡しておくつもりだ」
「………ソラ様、私も協力させて下さい」
「………いや、それはダメだ。まともに戦えないアーニャさんじゃ危なすぎる」
「私もゴブリンぐらいなら戦えますが………」
「それでもだよ。もしかしたらゴブリンだけじゃなくて他のモンスターや進化種もいるかも知れないからね………」
もし仮に進化したゴブリンがいたりしたら、いくらアーニャさんでも危険だ。
俺のステータスだと負けることは無いと思うが、もしものことがある。
そのせいで2人を危険な目にあわせたくない。
「だから2人はいつも通りの生活をしててくれ。何か分かったらすぐに連絡するからさ」
「………分かりました。………ソラさん、くれぐれも気をつけてください」
「ああ、わかっているよ」
「………あの、私はどうすれば………」
「エスカリアさんも普通に生活していてください。ただできる限り1人にならないでもらいたいです」
「わっ、わかりました」
………まあ心配性かもしれないけど、念のためだな。
正直な所、家に居て安全にしててほしいが、万が一という事もあるからな。
「………ユキ、ファム、いざとなったらアーニャさんを守ってくれよ。エスカリアさんの方も警戒するけど2ヵ所警戒する所があると厳しいからな」
「ワウ」
「キュー」
「頼んだよ」
俺はそう言ってから、お茶を飲んで立ち上がる。
「それじゃあ俺はもう寝るよ。明日も早いからね」
「あっ、ソラさんお風呂は………」
「【クリーン】を使ったし大丈夫だよ」
「そうですか………お疲れ様でしたソラさん」
「わかりました。ソラ様、ですが明日はしっかり入って身体を休めてくださいね」
「うん、わかってるよ。2人ともお休み………」
俺は2人の挨拶に返事をして部屋に戻っていく。
さて………明日から大変だな………
この辺りのゴブリンは全て倒したが他の場所はどうかわからない………
確認したいけど今ここを空けるわけにはいかない………
手が届くところは限界があるんだよ………
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