第九夜 出汁の代替

 吾が家では「明治 おでん横丁」の在庫が切れてしまった。

 近所のスーパーなどには売っていない。


 前回、「第八夜 出汁が肝要」で敷衍した通り、僕にとって最高のおでん出汁と言えば、本枯節でも利尻昆布でもなく、即席の「明治 おでん横丁」である。


 この美味しいインスタントおでん出汁は、九州では、置いていないスーパーや小売店は無いほどにポピュラーな人気商品なのだが、なぜだか関東ではほぼお目に掛れない。

 したがって、僕がどんなに希求したところで、容易に手に入れることは叶わない。


 この冬に入って、おでん天国を堪能したのは、十一月下旬。それから既に二ケ月が過ぎている。そろそろ二回目のおでん天国を味わいたいものだが、「明治 おでん横丁」が吾が家に払底している現状をいかに克服すべきか?


 「明治 おでん横丁」にどうしても固執するのであれば、これを買うために九州に戻るか、実家から送ってもらうか、通信販売で購入するかだが、いずれもコストと手軽さの観点から少々難がある。


 では、次に帰省する折に九州のスーパーなどで購入するまで、当面の間、おでんを諦めるか?


 ナンセンス!

 おでんにとって最もふさわしいこの季節を逃すと、次の好季まで半年以上待たねばならぬ。そんなことは、僕の「おでん道」に照らして決して許されるものでは無い。あまっさえ、あと十数年しか健康寿命が残されていない吾身を鑑みるに、そんな悠長なことをしているいとまはない。


 そうすると、何らかの代替手段を工夫するしかあるまい。


 九州から離れて暮らす僕らに、かかる危機はこれまでにも何度となく訪れて来た。

 それをいかに乗り越えて来たか?

 かような折、いささか動揺を隠せない、怯者きょうしゃたる僕に比して、家人は泰然自若たるものである。何となれば、この頼もしい伴侶には奥の手が存するからである。

 これまで何度もその秘策を展開し、悠々と又飄然と危機を脱して来た実績がある。


 すなわち、昆布とすぢ、酒と塩と牡蠣油にて出汁を調える手法である。


 秘法であれば、その配合がいかなるかを僕なんぞは知る由も無いが、いささか鼻を膨らまし気味の表情をした家人に促されるまま味見してみると、これが中々によろしい。「明治 おでん横丁」の味とはそこはかとない違いがあるようにも思うが、その微細なところを明確に判定し得るほど、僕の舌と鼻は優秀ではない。


 強いて言えば、気分の問題があるのかも知れない。


 「明治 おでん横丁」こそ最高のおでん出汁という、僕の脳へのインプットはいかんともしがたいところがあるが、そこに殊更執着しなければ、これはこれで十分に美味しいおでんなのである。


 今年の寒も正に終わらんとする節分前夜、今シーズン第二回目のおでん天国が賑賑にぎにぎしくも開始された。

 その様子について、Twitter(https://twitter.com/Surakaki_Hyoko)で毎日画像を紹介しているので、興味のある方は是非ご覧いただきたい。



                         <了>







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