【三】


 意識が朦朧とした。体を起こそうとすると視界に映る世界がぐるぐると回りだした。脳みそがぐちゃぐちゃにされているような感覚だった。


「薬飲んでゆっくりしていてね」


 母はそういって、遅れて昼過ぎに仕事へ向かった。携帯には、佳菜子からのメッセージが入っていた。『大丈夫? お見舞い行こうか?』佳菜子が本気で心配している姿が目に浮かぶ。


 毎晩の徘徊が、漸く体への負担を形にしてきた。昼間ばかりは未だなんの変哲もない。反逆精神もない。それなのに、今朝睡眠の概念もない体を起こそうとしたら、視界がぐるりと歪んだ。途端体が気力を失って気絶した。目覚めると母が心配そうな表情で私を覗きこんでいたのだ。


「大きな音が聞こえたと思ったらあなた倒れているんだもの、びっくりしたわ。高熱よ。少し休んだら病院行かなきゃ。学校には連絡したからね。何か欲しいものあったら言ってね、買ってくるよ」


母の言葉を聞いて、漸く自分が熱を出して倒れたのだと理解した。夏だからと侮って薄着で毎晩外に出たことが何よりの原因だろうか。そんなことを弱った頭で考えたら頭が痛くなった。


 薬で体が楽になった時をチャンスに母が作っていったお粥を少し体に吸収させた。柔らかい米よりも堅い米が好みの私は普段ならお粥を拒むのに、こういう時は寧ろ欲してしまう。体が衰退している証拠だった。食器を台所に持って行った後、私はまた眠った。風邪は気分が悪くて嫌いだが、薬の作用で睡眠が可能になるのは有難かった。寝るってこういうことだと、思い出す。不眠症、ではない。しっかり調べたことはないが、これを不眠症というには不眠症で悩んでいる人に申し訳ないと思った。今は夜の徘徊が私の睡眠のように思う。




 耳元で鳴る携帯の音で目が覚めた。音を消すのを忘れていたようだ。びっくりした衝撃で体が熱を上昇させたが、起き上がると大分だるさが軽減されていた。表示されているのは佳菜子からのメッセージだった。


『体調どう?』


そういえば、と思い出す。朝もらった佳菜子からのメッセージに返事をしていなかった。私はすぐさま文字を打ち込んだ。途中『明日』という文字を打ってまた、そういえば、と思い出した。昨晩の先生との約束だ。破ってしまった。やはり来なかったと思われているかと思うと胸が苦しくなった。しかしすぐにおかしいと感じる。行く気など毛頭なかった気がしたからだ。


 結局先生との約束が気になって、佳菜子へ返信することを忘れてしまった。



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