第18話 苦しみの果て
もう何年この旅が続いただろうという頃。
俺の体も精神も限界だった。
痛い。
寒い。
苦しい。
つらい。
あの少女が一身に受けていたとは思えない痛み。
常冬の寒さと、氷の中に閉じ込められているような寒さ。
息が苦しい。
こんな痛みと寒さと息苦しさが続くなんてつらい。
どこか暖かいところに行きたい。
そうだ、日暈の国には火山があるじゃないか。
「キルト、火山に行ったところでその寒さは……」
「………」
ルミナが何か言っているが、聞く余裕なんてなかった。
「おいそこの男、ここは許可なきものは立ち入り禁止で……」
「………」
「うわっ!足が……!」
俺はなんとか命を奪わない努力だけして、警吏の足を凍らせた。
「寒い、さむいんだ……通してくれよ……」
「……ごめんなさい、この人を通してあげて」
見ていられないといった様子で、泣きそうになりながらルミナは言い残して、俺の後ろについてきた。
入り口からしばらく進んだところで、パタリと倒れた。
「キルト……!」
あぁ……
喉が、乾いた……
痛い……
寒い……
暑い……
苦しい……
つらい……
いっそ、死んでしまいたい。
そんなことを考えていた時。
ルミナがすっとNSの中に隠れた。
「大丈夫?お水飲む?」
はっとした。見覚えのある一行が、こちらに来ていた。
しっかりしなきゃ。
痛くなんかない。
寒くなんかない。
苦しくなんかない。
つらくなんかない。
動かなきゃ。
俺は軋む体にムチ打って、口だけ動かした。
「ふぇぇ……暑い……」
*
一方フィルチカの隠れ家に場所と時刻が移る。
「あれ、忘れ物でもしたの?」
フェイは不思議そうに出迎えた。
フィルチカは、そんなフェイの後ろからひょっこりと顔を出している。
「君の事情、僕にだけ教えて欲しい」
「あー、そういうことかぁ」
フェイはポリポリと頭をかいて、苦笑する。
「知らない子がいるのよさ!お客さん?」
そして、フェイが慌てて駆け寄った少女は、サイズ的に妖精族か。
「わー!タイミング良いんだか悪いんだか!!」
「?シンシア、帰ってきちゃいけなかった?ショックなのよさ!」
この子も仲間……いや、敵なのか?それにしては敵意は感じなかったけど。
「お仲間なのかなと思ってたら申し訳ないし、敵かもと思われてるのなら安心してほしい!」
「フィルチカはソラ派、この子たちは中立の立場にいる中立者」
なるほど……と思ったが、肝心の知りたい部分が聞けていないことに気づく。
「……君の本名って、聞いていい?」
「トルテ……シュトルテ=メルクリス」
どこかで聞き覚えのある名前。
「トルテ……トルテ、どこかで聞いたような」
「ぼくはフローネの弟で、タルトの双子の兄だね」
……死んだはずでは?形見のリボンがどうとか言ってたぞ。
そう思ったのを察してか、フェイ―否、トルテはさっきみたいに頭をかいて苦笑した。
「いやぁ、タルトってば昔のぼくみたいに喋るんだもんなぁ……大きくなってたし、驚いたよ!」
あれはトルテの真似をしていたのか。
道理で男みたいに喋ると思っていた。
……ではなく。
「なんであの時トルテだって言わなかったのさ!生きててよかったって言ってくれるよ!?」
「まだ言うのは禁止。そう指示したのは私」
そうフィルチカは言った。
まさかフィルチカの指示で口止めされていたとは。
「どうしてそんな指示を?」
「ただの妖精族の勘。でも土塊の勘は必中」
妖精族の勘。
女の勘と言ったらちょっと呆れていたのだが、妖精の勘なら信用……できるのか?
「土塊はリクの神子だから、その勘は信用できるのよさ!」
「神子……?」
「神の子と書いて神子。この世界にはソラ・リク・チカそれぞれ一人、合計三人神子がいるんだ。」
ソラの神子はセアリィといい、リクの神子はフィルチカ、そしてチカの神子がラルカというらしい。
ここだけの話、かなり長生きをしている妖精族はこの三人なのだとか。
そして、その潜在能力は桁違いだが、ラルカは実体がない妖精らしい。
その別名は夢の精霊や夢魔、ナイトメア。
「あの時お守りで除けた夢魔…!?神子同士で戦ってるの……?」
「いや、本来神子はこの戦いのバックアップしかしないのよさ。関わらない子もいるのよさ!」
「そういえば、セアリィって子には会ったことないなぁ……って」
そういう話がしたいのではなかった。
「僕みたいに追われているとかではないんだね?トルテ」
「まぁ、ぼくは隠居してはいるけど追われてはいないよ。……もしかして、それを心配してここへ?」
「うん。」
レオは優しいね、と言われた。
僕は頭をトルテみたいにポリポリとかいて、照れ隠しをした。
「それじゃあ僕はこれで!皆のところに帰らなきゃ……うわっ!?」
地震だ。
しかも尋常ではない。
このままだと、皆ここで潰れて……と思ったら、フィルチカがいそいそとリュックにNSの結晶をしまい、背負い始めた。
「そんなことしなくても、シンシアの力で飛ばせるのよさ!」
「あ、3秒待っ……」
そんなことを言いかけた時、部屋が強く揺れて。
地上にすっ飛ばされていた。
部屋は当然壊れた。
「土塊の隠れ家……」
「てへぺろなのよさ!」
フィルチカは泣きそうになり、シンシアはあざと可愛いポーズをとっている。
さっきの地震のもとになってると思われる場所に、僕らは駆け出した。
*
一方日暈の国にて。
シルクと花燐は再び対峙していた。
「懲りずによう来はったなぁ……死ににきたん?」
「そのつもりはないわ」
シルクが取り出したのは、空色の白く光る石。
「それは……石?」
「私はセアリィと契約する。そして貴女のその黒い翼を取り出して見せる、今度こそ!」
「ふん、やれるなら……やってみいや!」
セアリィという名前を聞いて、襲いかかる花燐。
「!!お願い、話を聞いて!」
「あのソラの神子が、こっちを見とるなんて思えへん!だいたい、気まぐれにその辺を呑気に散歩してるような妖精が……」
「セアリィ、ここに来たよ?なんでケンカしてるのかな?セアリィわかんない……」
白い少女が、ソラから舞い降りた。
それは白鳥のようであり、プリマのようでもあった。
「!?」
「セアリィ!」
捧げしは我が願い、求むるは己が力
今この刻より、汝の器となりしはシルク・メルクリス
この世界真に救いたくば 我が呼び声に応えよ、ブランシルヴィ!
「まさか、そんなことがあるん……?!この痛み、もうなくなるん……?」
「えぇ、えぇ……!そうよ、この力があれば……ケンカなんてもうしなくていいし、この子の痛みもなくなるの!」
そして、花燐は着物の裾を半分脱いで。
シルクは腕と翼のつなぎ目に手を当てて。
―ソラの記憶よ、かの者の在りし日を思い出せ……リコールメモリー!
そうして、黒い翼と花燐の腕は分離した。
花燐とシルクは感動して泣いた。
「あれ、どこか痛い?セアリィいけないことしちゃった?」
「セアリィ、私達はね……嬉しくて、涙を流しているの……」
そんな中、大きな地震が起きた。
「きゃっ!?」
「この力は……」
「ちょっと瀬市、待ちいや!!」
なんだか花燐に懐いている狼。
「なんやしろがね、ほんとはそんな名前やったん?」
「……言う隙きがなかった」
しろがねという名前にきょとんとしている真雁姉弟。
「瀬市、この子は?」
「……たまにご飯をくれる人」
「なんや、友達って言うてくれへんのんか?寂しいわぁ」
花燐が嘘泣きをする仕草に、無反応のしろがね―もとい瀬市。
そんな様子に、仲良さそうやなぁと笑う真雁姉弟。
「それで、一緒に行きたいん?家族どうするん?」
「……瀬治、縁子……すまない」
瀬治と縁子は顔を見合わせた。
「友達ができたんなら止められへんなぁ」
「今まで欲言わんかったんやから、今日くらい言ってもええんちゃう?」
二人は笑顔で手を振って見送った。
「……元気で」
「瀬市もな!」
そうして、セアリィは皆の手を繋がせて。
ユノのもとへ転移したのであった。
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