第17話 雷の精霊
目を覚ますと、そこにはテオと見知らぬ少女が佇んていた。
「テオ……?っ!!ラッセルとルミナは……!」
「ルミナはライナがどうにかしてくれたでしょう。でもラッセルは……強い結界が張られているようで、干渉できませんでした……」
「………」
少女は駆け出そうとする俺のマントをがっしり掴んでいる。
「くそ、助けに行かないと……!っ離してくれ!!えぇと……」
「えっと、その子がライナ―雷の精霊です。残念ながら私としか話せません。私が伝えますので、どうか勘弁を……」
テオはこの子とパートナーとなっているのだろうか。
「私、あいつと目が合った瞬間気づいたんです……悪いやつだって。でも怖くて逃げました……でも、ライナと出会いました」
「………」
ライナはもう駆け出さないと察してくれて、マントを離した。
「そして契約しました。呪文はライナが念で教えてくれたので……」
「なるほど。ありがとうテオ」
(テオってこの頃は怖がりだったんだな)
「でも……遅れてしまいました、ごめんなさい」
「いいよ、むしろすごく良いタイミングだった」
実際、狙ったかのようなタイミングだった。
大方、ライナという精霊がやり手なのだろう。
喋れないけど。
「そうなんですか……?」
「そうなんだよ」
「………」
ライナが何か言いたげにテオの服を引っ張る。
「えぇと、ひとつ聞きたいことがある……だそうです」
「何?」
「えっとですね……えっ、そんなこと聞くんですか!?」
「………」
ライナが地団駄踏んで何かを訴えている。
「今のはなんとなくわかるぞ。いいから早く言え、だろ」
ライナはサムズアップして俺が正しいと伝えてくれた。
「あ、はい……えと……お前は未来から来たのか?何をする気だ?だそうです……」
「!!」
(もしかして中立者の妖精族って、強すぎるから中立に立たされているのか?)
なんだかついでのようにテオにもバレてしまったので、仕方ないので事の顛末を話すことにした。
「それって、変にループしてません?大丈夫ですか?」
「俺にもどうしたらいいかわからないんだよな……」
うーん、と人間の方は悩んでいる。
どうやら妖精たちの方は、何をしたらいいかわからないのがわからないといった様子。
「てっきり弓の使い手を探しに行くのだと思っていたわ」
「………」
それが何を意味するのかわからないが、とりあえずルミナ曰く日暈の国に行けばわかるらしい。
それを聞いて、急いで船に乗る一行なのであった。
*
「キルトさん、好きな人はいますか?」
「仲間にも聞かれたよ、同じこと。そういうテオはどうなのさ」
「私は……まだいません」
「どうしてそんな顔するんだ?」
「こういう話ができないから、友達がいないんです……」
「あー……まぁ、代わりに良いことを教えてあげるよ」
「何でしょう?」
「王都に細長い塔があるの知ってるか?あそこの最上階に、とびきりの宝物が眠っている」
「いつか行きます!」
「即決かよ」
こうして、夜は更けていった―
*
日暈の国は、お国柄なのか15年後とそんなに変わらない街並みだった。
とりあえず、武器のメンテをしてもらえるかもしれないと思い武器防具屋を探す。
しばらく歩いているうちに、あの姉弟はまだ産まれていないのか……と考えたりもする。
「目的地についたのですか?」
「あぁ、武器防具屋・真雁はたしかここ」
「呪文ですか?!」
「いや店名……こんにちはー」
ノックして入ってみると、見覚えのない壮年の男がそこにいた。
おそらく、あの姉弟の父親だろう。
「いらっしゃい!と、お客さんかい?」
「えぇ、武器を整備してもらおう、と……」
店の商品を見回していると、さっきまで気配を察知していなかった人物がいた。
「うわっ」
「あ、うちの瀬市がびっくりさせてしまいましたか?すいやせん、この子いつも物静かなもんで……」
なんだか胸騒ぎがする。
目が隠れていてどんな表情をしているのか見えない。
「ど……どうも、こんにちは」
「……く………な……い…」
「クナイ?」
「お肉……お腹、空いた……!」
テオがびっくりして声もなく後ろにこける。
「!?うわっ」
変形した口のところに大剣を挟んで、どうにか止めながら獣肉を放おった。
店主がびっくりしたように、その様子を見ていた。
「ど、どうやらお腹が空いてたみたいですね……事情を説明してくれますね?」
「実は……」
この瀬市という子は「狐狼族(ころうぞく)」という獣人の一種で、本当はここの子供ではなく行き倒れた子供を拾った子らしい。
後から知ったものの、今更手放すこともできなかった。
そしてこの子のせいで客があまり来ず、狩りにも最近行けていないのでお腹が空いてしまっていたらしい。
でも、ちゃんと飼い主―もとい父親のことはわかっているらしく、ずっと我慢をしていたのだとか。
「テオ、この子のこと頼めるか?」
「えっ」
「ちょっと狩りに行ってくる」
「えぇー!?」
外が暗くなるまで獣肉を狩って、戻ってきた。
「ただいま。これ、燻製にすれば何日かは保つと思う」
「わぁ、すごい獣臭……いたい!!」
店主からはすごくペコペコと御礼をされた。
今夜のご飯と寝床は店主が確保してくれるそうだ。
「ねぇテオ」
「なんです?」
「よく考えたらこれ……寝たらやばいよね?」
「あっ」
「しぬほど眠い」
「これがありました……すごくマズいけど眠くならない薬……」
「しぬほど飲みたくないけどすごく都合がいい」
「なんで持ってるの思い出しちゃったのかって思いました……あ」
「マズい……うえっ」
「吐いたら死にますよ!奴らに殺されて!!」
「わかってる……おえっ」
「静かにしてくれるか」
「ごめんなさい」
こうして、男たちの苦く苦しい戦いで夜だけ更けていった―
*
「あんたら、酷いクマだけど大丈夫か?」
「あぁ、ご心配なく……」
「………」
それより、早く本題に入れとライナが目で訴えている。
「あの、この結晶を今から出すゲートに力いっぱい放ってほしくて……ちょっと事情を話す時間もなくて……」
「あぁ、あんたらなら信頼できるから構わんが……」
―神よ、この門を開くこと その広い御心で赦したまえ……ディバインゲート!
真雁の店主に、記憶を灯した氷の結晶を矢にくくりつけて渡して。
それは弓によって放たれた。
*
「ずいぶんと考えたね……コピーした記憶を結晶化して未来へ飛ばすなんて」
「もうどうにでもして下さい」
結局、薬にも限界があり眠ってしまった俺たち。
案の定ラルカ達が現れた。
当たり前のようにテオとも夢を共有していて、一体何をされるのか戦々恐々としながら両手を上げる。
「ボクのして欲しくないことをした代わりに、君のしたくないことをしてもらおうか」
「何」
ものすごく深いため息を吐きながら、不服そうにしているラルカ。
そして、すごく嫌そうに話すクレア。
「ルミナとライナにだけぇ……念で伝えておくわぁ……」
「え、困るんだけどそういうの」
呆れたような、なんだかよくわからない顔をしてクレアは続ける。
「この先もずっと一緒にいる予定なんでしょお……?どうせ後から叶えて欲しい願いなんだから良いじゃなぁい……」
「私には教えてくれないんですか!?」
先ほどとあまり表情を変えず、クレアは続ける。
「あなた、口がかたくなさそうだものぉ……」
「そんなぁ……」
そうして俺はその代償を知らないまま、ラッセルとタルト達の成長を陰から見守った。
ラルカ達は、邪魔をしてくるどころか「作戦会議をしよう」と持ちかけてきた。
なんだか信用しきれてはいないが、どうせ何もできないだろうと判断してその話に乗った。
どうやら、敵の敵は味方という話らしい。
「で、俺はほんとに君たちを信用していいわけ?」
「私がどうしてこんなことしてるかぁ……話すから信頼してほしいわぁ……」
こうして、クレアの昔話が始まった。
*
「とまぁ、そんなこんなで手を組んだわけよぉ……」
「女性同士の争いって怖いですね」
テオは案の定クレアに睨まれた。
ビクッとして、テオはそれ以降あまり話さなかった。
「で、それがなんで信頼できることに繋がるんだ?」
「私ぃ……あの人との赤ちゃんが欲しかっただけなのよぉ……だけどぉ、セリーヌ姫には手が出せそうになかったしぃ……」
「つまり?」
「ラス君なら良いかなって……」
「良くないけどバカですね……」
うぅ……と可愛いような全然可愛くないような声をあげて。
「つまり、それ以外に悪巧みはしていないと?」
「そうよぉ?」
なんとなく、だいたい理解した。
クレア先生は恋敵に先を越されて悔しくて、ラルカはおそらく恋していた少女を凍らされて悲しんでいる。
まとめるとこういうことだろう。
「ラルカはブランシュのこと、好きなの?」
「当たり前だ!だからこうして……」
「俺にしてほしいこと、そろそろ話して良いんじゃない?どうせ承諾するんだから」
ラルカとクレア先生は、顔を見合わせてポカンとしている。
「キミはおそらく、あの時間軸に着いたら眠りにつくだろう、だから……」
「あの子の位置を、15年間変わってあげてほしいのよぅ……」
思ったより辛そうだった。
でも、意識がないのならワンチャン痛みもないのでは?
「約束をした時点から、毎晩痛みは生じるよ」
そう簡単にもいかないか。
「いいよ。作戦、上手くやってくれよな」
「絶対に成功させるよ。約束する。だから、ごめん……」
そうして、俺は自ら地獄への入り口へと足を踏み入れた。
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