第16話 夢と現と
「なんでそんなこと言うんだい……?君とは初対面…」
「あぁ、たしかに……でもキミ、ボクのこと見覚えがあるみたいなんだよねぇ?」
あ、こいつ心が読めるのか。
やばい、余計なことを考えないようにしないと……。
「へぇ、頑張るね?でも時間の問題だと思うよ?だって……」
―キミはまだ眠り始めたばかり、そう簡単には起きない!
くそ、こいつの声が脳内に直接……!
気持ち悪い……。
そして、夢の中なのにすごく寒い。
……寒い?
「ルミナ!」
「な!?なんで貴女がここに……!邪魔しないでくれ!!」
夢の中なのに、なぜだかルミナが干渉してきていた。
そんなルミナの姿を見て、ラルカは明らかに驚いていた。
「ソラ派もチカ派も、中立者への攻撃は禁止されているわよね……知らなかったのかしら……?」
「それはキミも同じはずだよね?」
数秒の静かなにらみ合い。
「この子に手出ししなければ、見逃してあげるわ……」
「わかったわかった!キミってほんと、昔から怒ると怖いんだからぁ」
「貴方と馴れ合うつもりはないわ……」
そのやり取りを聞きながら、こちらからは何もできなかった。
そんな俺の様子を知ってか知らずか、ルミナは初めて優しい表情を見せて。
「今はただ眠りなさい、あいつは私がいつでも追い払うから」
「うん、ありがとう」
なんだか最初は冷たそうだと思ったのに、頼りになる暖かい心の持ち主なのかもしれないと思った。
そして、朝は来る。
*
「おはよぅキルトくぅん!気持ちの良い朝ね!そろそろ学校へ来て欲しいわぁ!!」
「ぐふっ」
起こしてくれたのはテオ……ではなく、クレア先生だった。
「この美女、突然押しかけてきたんだけど知り合いですか!?くっ羨ましい……ではなく大丈夫ですか!?」
テオがクレア先生の大声に反応して寝室に入ってきた。
「だぁれこの子?別のクラスのお友達かしらぁ……?」
「仲間です!クラスって何ですか?」
「あらぁ…あらあらぁ、そんなことも知らないなんて、あなたも学校に来てぇ、お勉強するぅ?」
クレア先生が珍しく怒り気味だ。
テオはそんなクレア先生から逃げるように後ずさる。
「あぁっ、商売以外の勉強は嫌いですー!」
そして、家を飛び出してどこかへ行ってしまった。
「あらあらぁ、まぁ、逃げられてしまったわぁ!」
「俺だけでも学校行くので勘弁してやって下さい……」
クローゼットを開けると、制服が当たり前のようにそこにあった。
一体俺はどんな生活をしていたことになっているんだ。
と、準備していると、ラッセルの泣き声が聞こえてきた。
「ウェルシィさんのこと、残念だったわねぇ……」
「死んだみたいに言わないで下さい」
俺がピシャリと言うと、クレア先生は背中をぱしっと叩いてきた。
そこそこ痛い。
「んもぅ、わかってるわよぅ!この子、私がお世話しておくわぁ」
「え、授業は大丈夫なの?」
「大丈夫……私が見ておく……」
ルミナが珍しく石から出てきて、ラッセルを頑張ってあやしている。
「まぁ、まぁまぁ、可愛い女の子!どこから来たのぉ?」
「教えない……」
ルミナとクレア先生は、一瞬冷たい視線を交わした気がした。
「じゃ、じゃあ行ってくる!」
なんだか嫌な予感がしたので、逃げるように学校へと走っていった。
*
「おはようキルトしゃん」
「あれ、フローネさ…フローネ。そういやなんで同じ校舎に……?」
なんか舌ったらずな小さいフローネさんが話しかけてきた。
「何を言ってりゅの?同じクラスじゃない……寝ぼけてりゅの?」
「あぁ、ちょっと寝不足でね……君はてっきり幼等部かと……」
フローネは深いため息をつく。
「わたちは飛び級ちたの!あなたにだけは負けないんだから!!」
そう言い放つと、教室に入ろうとして。
「……ドアを開けてちょうだい」
恥ずかしそうにそう言った。
ドアが開けられないくらいの子を中等部に入れるのもどうかと思った。
そんなこんなで授業は始まったが、俺はほぼほぼ別の考え事をしていて。
それはもうその授業担当の教師が怒っていた。
めちゃめちゃチョークが飛んできては、たまに当たっては謝るはめになった。
*
「キルトしゃん、一緒に帰りましょ!」
「良いよ」
「あのねキルトしゃん、わたちしばらくしたらお姉ちゃんになるんだって!楽しみなの!」
「それは良かったね。俺もお兄ちゃんとしてしっかりしなきゃな……」
そんな会話をしていると、ふとフローネが立ち止まった。
「あのね、わたちちょっと不安なのよ。お母さん、二人生まれるってゆーの。ちゃんとお姉ちゃんらしくできるかしら」
「できるさ」
俺は腰を落として言う。
「案ずるより産むが易しって言うだろ?いざ産まれたら案外なんとかなるかもしれないぞ」
「そうかな」
「そうだよ」
不安そうだったフローネの顔に覇気が戻る。
「ありがとキルトしゃん。なんだか元気が出たわ!」
「そりゃ良かった」
そしてフローネは、なんだかもじもじとしながら俺の名を呼んだ。
「あの、キルトしゃん」
「なんだい?」
「わたちが大人のレディになったら、結婚してくれる?」
何か飲み物を飲んでいたら吹き出していたであろう衝撃。
「……大人になったら考えてあげるよ」
「ほんと?約束よ!」
「……大人になったらね」
ありきたりな返事しか返せず、フローネもなんだかそれきり言葉を発さなかった。
あぁ、嫌われるんだろうなぁ俺。
そんなことを考えながら、気まずくなりながらもフローネの家へと送っていって。
とぼとぼと歩きながらちょっと……いや、だいぶ苦い気持ちになっていた。
*
家に帰ると、安心したのかなんだか眠たくなってきた。
そういえば、ルミナやクレア先生の姿が見えない。
探したいところだが、すごく眠い。
なんだかクラクラしてきて、そのまま冷たい床に倒れてしまった。
「ごきげんよう」
そこにいたのは、なぜか眼鏡をかけていないクレア先生。
「クレア先生……?」
その呼び名を聞くと、まるでラルカのようにニタリと嘲笑う。
「あらあらぁ、まぁ!まだそんな風に呼んでくれるのね!!先生!良い呼び名よね!!フフフ……あはは!」
「どうして、まさか……」
俺は絶望した。
ずっと信じていた相手が、まさか。
「あぁ、やぁっとわかったのね……そう、私はラルカのパートナー・クレア=マーベル!チカ派の人間よぉ……!」
チカ派の人間……つまり、敵だったなんて。
俺は目に見えて顔色が悪かったらしい。
そんな俺を見て、ニヤニヤと嘲笑っているクレア。
「!!ラッセルとルミナはどうした…!」
嫌な笑顔は崩さず、指を差した方にルミナとラッセルがいた。
ラッセルは自由だったが、ルミナは縄で拘束されていた。
「ルミナはそこ。どっちも無事よ。でも……」
「この子は人質。貴方とは関わらせない……私が育てるもの!」
気づけばラッセルを抱き上げていた。
夢の中だ。
相手のテリトリーということかもしれない。
「ボクもクレアも何もしない。君がボク達の計画の邪魔をしなければ、ね」
「計画って一体何なんだよ!」
「そうだね、どうせこの辺の記憶は消すから教えてあげるよ……チカにある大きな氷のコアは知っているかい?」
「コア……?」
チカに巨大な氷の塊があるのは知っているが、核というのが何なのかは知らない。
「やっぱり知らないんだね……いいよ、教えてあげるよ。かいつまんで説明するとね、アレのコアは……」
「人間の少女なんだよ」
「!?」
ラルカは淡々と話すが、どこか怒っているように見える。
「ソラの神がやったことさ。その子の名はブランシュ=ワイゲルト。そこにいるルミナの妹だ」
「妖精族と人間が姉妹……?」
敵の言うことだ。
もしかしたら嘘をついているかもしれない。
「そいつの言っていることは、残念がら本当よ……」
「ルミナ!!」
起き上がってルミナのもとに駆け出そうにも、力が出ない。
「ソラの神が暇を持て余して、人間に巡礼の旅をさせて、その果てに私の妹を氷漬けにした……」
「ブランシュは、世界のために犠牲になったんだ!あんなの、ブランシュが犠牲にならずとも救う力があったはずなのに!!」
「ラルカ、あまり興奮しないでよぉ……」
クレアは怒鳴り声をうるさそうにして、耳をふさぎながら言った。
「あ、ごめんクレア……説明を続けよう。あいつは『その方が面白いから』とかボクに言ったのさ。」
「アレはね、氷が溶けるとチカの民とリクの民の住処が崩れるようにできてる」
「チカの民は崩れた陸で潰れて、リクの民も地面が崩れて死ぬ……そういう寸法さ」
「ボク達は、そんな氷を壊すなり溶かすなりしてブランシュを救い出そうって思ってるのさ」
氷の中から救い出すと聞いて、おそらく当然の疑問が出てくる。
「そもそも生きてるのか……?」
「あれは何回も死んでるけど、何回も生き返っているのよぅ……神様も悪趣味よねぇ……!」
そう言いつつも、表情はなんだか恍惚としている。
何かとんでもないことを言っているが、この話の記憶も消されるということだろう。
なんとかしてこの記憶を維持したいが、相手は逃してくれないだろう。
そんなことを考えていると、体に突然電気が走った。
「起きて、キルトさん!!」
現実世界から何者かが干渉しているらしい。
ラルカとクレアは焦っていたが、もう遅い。
俺はおそらく電撃による衝撃で、強制的に現実世界に引き戻された。
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