第15話 常冬の地で
朝が来たら母さんになんて言おう……そう考えていたら、いつの間にか朝どころか昼が来ていた。
あの後俺はベッドの中に避難して、なんとか暖を取れた。
しかし、寝不足が祟って寝すぎてしまったようだ。
「おはようキルト……もう、何時だと思ってるの?」
「ごめんごめん、今起きるから……」
そんなやり取りをしていると、突然玄関先から大きな音がした。
何かと思って急いで玄関先に行くと、王都の警吏が無断で侵入してきていた。
「あ、もうここがバレて……!?」
(あ、母さんってこんな早くに……やばい)
幼いラッセルのベッドにぞろぞろと集まる警吏。
「こいつを殺してウェルシィという女を連れて行くんだったか」
「いや、こんな小さな子を殺すなんてかわいそ……ぐあっ!!」
すんでのところで氷の結界を出せた。
まだ氷魔法は慣れていないはずだが、やはりルミナは高位の精霊なのだろう。
なぜだか魔法が手に馴染んだ。
「その子俺の大事な弟なんで、汚い手で触らないでくれる?」
飛び蹴りを一人に食らわせて、一人はダウンした。
残りは二人……に見えるが、たぶん外にもいるんだろう。
そう考えると気が重いが、これはおれ……じゃなくてラッセルだけ助けることしかできないかもしれない。
どっちみち、過去を変えたい様に変えるのは良くない気がするし。
俺は母親に一言「ごめん!」と謝って、ラッセルを抱きかかえて逃げることにした。
「母さん!必ず助けに行くから……!」
そうだ、乗り物を作ろう。
水道からの水を拝借すればいけるだろう。
「氷よ、汝の姿を我が思いのままに成せ……」
―Craft!
想像した通りに氷のソリができた。
だが、思っていた以上に尻が冷たい。
ラッセルは泣きわめいていた。
当たり前だ、赤ん坊がこの時期に体験する寒さとスピードでは本来ない。
「ラッセル~ごめんよ~!」
自分の名前で呼ぶのはなんだか慣れないが、実際こいつの名前はラッセルなので仕方ない。
とりあえず、ルミネコリトの近くまで逃げてきた。
相変わらずラッセルは泣きわめいているし、街の中まではいけない。
正直俺も泣きたい。
というか、眠くもないのに意識が……だんだん……―。
そう思っていたら、いつの間にか倒れていた。
*
「大丈夫ですかな?」
「あんたは……いっ…ってぇ……」
起き上がろうとしたら、頭がバカみたいに痛かった。
そして、見覚えはあるが少し若いテオドールに似た姿。
「あぁ、あまり動かない方が良いですよ?」
「……えっと、貴殿の名前は?」
「申し遅れました!私はテオドール・ヴィオレットと申します。」
(やっぱりか)
「見たところその荷物、商人なのかな?悪いんだけど、ちょっと持ち合わせが少なくて……」
「そのソリは魔法でできているので?譲って下さったら多少の物資は売りますが……」
(まじか)
「うんうん、これはたしかに魔法で作ったものだ!ここまで来れたのならもういらないからあげるよ!」
「マジで御座いますか!?では欲しいものを伝えてくださると……」
(ちょろい)
食料と布類とテント等を買うと、ソリに乗り込んでどこかへ行ってしまった。
「あれ、魔力がないと動かないよね?」
「それよりアレ、たぶん私がいないところに行くと溶けるわね……」
(あ……ま、いっか!)
どうせ何度もは会わないだろうとタカをくくって、旅を続けることにした。
*
「で、なんで戻ってきちゃったのさ」
「溶けて進めなくなったからです!」
不運なのか必然なのか、テオはついてきていた。
テオ曰く「返済するまで付きまとう」らしい。
すごく面倒だ。
しかし、二人旅というのも悪くはないかもしれない。
と思いかけたが、こいつとそんなに付き合いはないが常冬の環境に付き合わせるのも悪い気がしてくる。
「いつか返すから、離れててくれない?」
「逃げませんか?」
「正直逃げたい」
「ダメじゃないですか!ついていきます!!」
「テオドールさん、寒くない?」
「……?なんで同じくらいの私にさん付けを?」
「え」
(そうか、キルトの年齢からしたらほぼ同い年なんだこいつ)
俺はラッセルの感覚からまだ抜け出せていないことにショックを受けた。
そして、時の流れの残酷さにうなだれた。
「……あんたのこと、テオって呼ばせてもらうね」
「!!では、友達ですね!」
「は?」
「しょうがないですね、友達のことなので多少のことはチャラにしないと!」
「お前、もしかして友達いな……」
「います!貴方が!!」
「………」
(俺もお互い様なのすっげー嫌なんだけど!)
なんというか、そんなこんなで俺はテオと旅をすることになったのであった。
*
ある夜、眠れなくて外に出た。
俺はあれからいろんな街でテオの商売を手伝ったが、周りが寒いせいであまり売れなかった。
しいて売れるものといったら防寒に関するもので、俺たちは衰弱して命からがらリベルス家に帰ることにしたのだ。
帰ってみれば、誰もいないようだったし物も盗られていないようだったので安心した。
「貴方、家族はどうしたんです?」
「……」
今は言えないので、黙って首を横に降った。
それを思った通りに受け取ってくれたテオは、気まずそうにしている。
「あの、すみません……私はそろそろ寝させてもらいます……」
「あ……」
ちょっと悪いことをしたなと思いつつ、俺は一応別室で寝ようとした。
そして、眠れなくて今に至る。
外は星が綺麗だった。
ぼーっと眺めていたら、そのうち眠れたりしないだろうか。
寒いけど。
「……ん?」
なにやら赤黒い流星が、森の方に落ちていっているようだった。
なんだか胸騒ぎがして、俺はメルクリス家―フローネさんやタルトの家の方へ走った。
「あれは……」
落ちてきていたのは、流星ではなく黒翼の天使だった。
あんなに高くから落ちていたはずなのに、なぜか段々とゆっくり落ちている。
そして、天使は怪我をしているようだった。
天使はよく見ると片翼だった。
「エルゼ!!」
(あれ、どうして俺……名前を知っているんだ?)
ゆっくりと落ちていたそれは、ゆっくりと目を開けてこちらを向いた。
そして、手をこちらに伸ばしたかと思うと、家の中に吸い込まれるように落ちて消えていった。
「ヴァイシス…?」
消えゆく中で、そんな声が聞こえた気がした。
*
不思議な出来事にポカンとしていると、女性が玄関先から姿を現した。
シルクさんだ。
「貴方は?」
「!!あ、えっと……キルトです……キルト・リベルス……」
なんだかやけに緊張してしまう。
そんな俺の姿を見て、微笑むシルクさん。
「今日はおかしな日だわ……ふふ、どんな名前にしようかしら?」
「えっ……?」
「二人目の赤ちゃんが生まれるの。トルテってつける予定だったんだけど……なんだかもうひとり生まれちゃう気がして!」
「そう、なんですか……」
前から思っていたが、タルトの母親って天然だよなと思った。
「そうだわ!貴方、一緒に名前を考えて頂戴!」
「えっと……好きなお菓子の名前とか?」
「良いわね!じゃあ、この子の名前は……」
「タルト!!」
そんなこんなで、タルトの誕生秘話を知ってしまった。
というか、これを知るためにこうして旅をすることになったのではないかと言っても過言ではないだろう。
タルトはどうやら、予定外の子供であり堕天使の魂を持っているらしい。
もしかしたら、やけにタルトが敵に狙われていたのはこのせいかもしれない。
「えっと……光の正体がわかったところでこれで」
「あ、待って!」
シルクさんに呼び止められる。
何かと思って視線を向けると、彼女は微笑んでいて。
「あまり無理しちゃダメよ?こんなにも寒いのに……」
「……貴方も同じでしょ?」
そう言い残して、俺はその場を逃げるように去った。
*
すごく疲れた。
そして、あんなに眠れなかったのにすごく……眠い。
「寝るか……」
やっとのことでベッドに着くと、倒れるようにそのまま眠りについた。
「あれ、また変な空間……?」
「変とは失礼だなぁ……」
気づけば、見覚えのある顔が背後に浮いていた。
「うわっ」
「ハハハ、良い反応!はじめましてかな?それとも……」
見覚えのある顔―ラルカはニタリと嘲笑って。
「お久しぶり、かなぁ?」
俺の見開いた目を見て、さらに夢魔は嘲笑った。
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