皆を助けるために
第14話 孤独な旅のはじまり
「ここは……」
ラッセルは一人、真っ黒なゲートをくぐったかと思うと真っ白な世界に来ていた。
見渡す限り、ただひたすらに広く何もない。
一応立つことができるのをみるに、足場があるらしい。
動くのは怖いが、人を探したいので歩いてみる。
とりあえず、まっすぐ前を目指して歩く。
しばらく歩いたが、何もない。
「タルトー、フローネさーん……」
虚空に響いた声に、何も反応はない。
「あの野郎、一体おれに何したんだよ……」
「あぁ、とうとうここまで来てしまったんだね……ラッセル」
突如として現れる何かの声。
ラッセルはびっくりして腰を抜かした。
「大丈夫かい?全く、これから長い旅が始まるっていうのに……」
褐色の手で助けようとする誰か。
ラッセルはお礼を言って起き上がろうとしながら、その人物を見た。
白く長い髪、赤い瞳、そして白いコウモリのような翼。
そんな特徴をしながら、自分とそっくりだと感じる顔。
まるで色違いの自分に出会ったかのようで、ちょっと怖くなった。
「キミは一体……」
「ぼく?ぼくの名前はヴァイシス。悪魔だよ」
その言葉を聞いて、ラッセルは後ずさる。
「怖がらないで。どうせぼくは出来損ないの悪魔。正直に言うけど強くはない。現にキミを起こしただけで腕力は使い果たしてる」
「え、手が震えてる……!?」
彼の言う事は本当のようだった。
「魔法でどうにかしてきたから、物理には弱いよぼく。魔力には極振りだけど」
「強いんだか弱いんだかわからない……」
敵なら殺しに来ているだろうし、悠長に話しているということは味方かもしれない。
「ヴァイシス、タルト達……おれのいたところがどうなってるか知ってたり?」
「うん、このままだとユノにやられて全滅だね!」
しれっと笑顔でとんでもないことをいう悪魔の少年。
正直ある意味怖い。
「何笑顔できっぱり言ってるのさ!?助けなきゃ……」
「今のきみに何ができるって言うんだい?」
「うっ……」
痛いところをつかれた。
「助けたいよね?強くなりたいよね?」
「うん……」
「じゃあ、時間が欲しくないかい?」
「うん……うん?」
なんだか誘導されている気がする。
でも、なんとなく自分の気持ちをくみとってくれてもいる気がするラッセル。
「きみをその記憶のまま15年前に飛ばしたいと思わない?」
「あの……」
苦笑いするヴァイシスと、困っているラッセル。
「やっぱり無理やりだった?」
「うん、まぁ……でも、それで強くなって助けられるの?」
ヴァイシスはその質問を待っていたかのように、良い笑顔になった。
「まぁね」
「じゃあ、キミの好きなようにしていいよ。おれの味方してくれてるっぽいし」
ヴァイシスは少し驚いた。
「良いのかい?悪魔なんか信じて」
「疑ってばかりじゃ人間は生きていけないんだよ。信じられると思ったら、良い人である方に賭けないとね」
「人じゃないんだけどなぁ……まぁいいや」
コホン、と咳払いをすると、ヴァイシスは言葉を紡ぐ。
「これから言う事、長いけどよく覚えておいてね」
「チャンスは一回」
「15年後まで正体はバレちゃダメ」
「きみはラッセルの兄・キルトと名乗る」
「ルミナっていう氷の精霊がいるから契約して」
「ルミナと契約する時は仕方ないから事情を説明して」
「母親の記憶はぼくが書き換えておくから、どうにか違和感がないように振る舞って」
「それから……」
「待って、覚えきれない」
「これが最後だから聞いて。大事なことだ」
「きみの未来を前借りしているだけだから、15年後に15年間眠ることになるよ」
「えっ……?」
ラッセルは唖然とした。
ヴァイシスは、やっぱりそういう反応になるよねという顔。
「ぼくは弱いから、魔力極振りって言っても限界がある。代価がないとこれだけ大きい魔法は使えないんだ」
「………なんだ、死ぬ訳じゃないなら安いものじゃないか」
少しだけ意外だったが、なんとなくそういう反応をするんじゃないかと思っていた。
「では―」
Bon voyage.
それが挨拶であり、魔法の呪文だった。
*
「生まれました!元気な男の子ですよ!!」
一人旅の最初に聞いた言葉がそれだった。
気づいたら、あの白い空間にはいないし悪魔は消えている。
場所は地元の小さな病院だろうか。
少なくとも俺の家ではない。
母親は若い頃の自分の母さんで、赤ちゃんの体は小さくて真っ赤で。
「うふふ、これからお兄ちゃんになるんだよ?……えっと……名前ど忘れしちゃったわ!」
産婆さんが俺の方を見て言っている。
こういう時、兄―キルトはどんな態度をとるんだったか。
「あ、えっと……キルトです!コホン……やだなぁ、忘れちゃったの?」
「あぁ、そうだったわね!キルト君、なんていうか……お父さんがいない分、お母さんを助けてあげるんだよ?」
そうか、父親はいないんだった。
それもそのはず、国王は王都にいる。
あの時間軸までは、おそらく会うこともないだろう。
「キルト?」
「あぁ、ごめん!ぼーっとしてた。もちろん助けるさ!」
疲れ切った顔で、それでも微笑みながら赤ん坊を抱っこしている母。
「ありがとう。キルトも抱っこしてみる?」
「あ、うん!」
なんだか変に緊張してしまう。
生まれたばかりのおれって、こんな感じだったんだな。
赤ん坊の自分を抱っこしているというのも変な話なんだけど、なんだか謎の涙が出てきた。
「ふふ、お兄ちゃんになれるの……嬉しい?」
不自然だと思われないタイミングで良かった。
でも、俺が泣いているのはきっとそういう理由ではない。
自分でもよくわからないから、説明はできないんだけど。
「うん、嬉しいよ」
これから、どれだけの嘘をつかなきゃいけないんだろう。
どれだけ騙せば、皆を助けられるだろう。
そんなことを考えながら、流れる涙を拭わないまま苦く笑った。
*
そういえば、これから1年間タルトとは会えないのか。
ちょっと辛いけど、そこは我慢するしかない。
「そういえば、ルミナっていう氷の精霊がいるから契約してって言ってたな……」
どこに行けば会えるんだろう……と思ったけど、そういえば外では雪が降っている。
どうやら今は冬らしい。
もしかしたら、近くにいるかもしれない。
母さんとラッセルを起こさないように、俺はマントを着込んで外に出た。
「寒いな……」
外に出たはいいものの、何をしたらいいのかわからない。
困った。
でも、降っている雪が街灯に照らされているさまは綺麗かもしれない。
「ん?」
一際輝く光をまとって、何かがゆっくりと落ちてきている。
それに目を奪われて、俺はそこに向かって歩いていった。
―来ちゃダメ。
そうかすかに頭に響いた気もした。
近づくにつれて寒気は増す。
家に帰って温まりたい気持ちを抑えて、ずんずんと進んでいく。
―来ちゃダメって言ったのに。
「警告してくれてたのに、ごめんね?」
捧げしは我が願い、求むるは己が力
今この刻より、汝の器となりしはラッセル・C・リベルス
この世界真に救いたくば 我が呼び声に応えよ、ワイゲルト!
―どうして契約の呪文を?
「実は……」
たしか、ルミナと契約する時は仕方ないから事情を説明してって言ってたな。
呪文を知っている事も含めて、俺は事情を説明した。
「なるほど、貴方の事はキルトと呼べばいいのね」
「信じてくれる?」
そう聞いてみると、ルミナは表情を変えずに答えた。
「現に悪魔はいるもの……」
「そうか、妖精ならそういうことも知っていて当然かー」
ごめんね、とヘラヘラ笑っていると、ルミナは不満げな顔をした。
「貴方こそ、私と契約して良かったの……?私と契約した人間の周りは……」
「常冬になるのよ……?」
なんだってー!!
「え、あ……いや大丈夫さ!程々に過ごしたら旅に出るつもりだから!だから……」
ラッセルの世話、あまりできないかも。
くそ、あの悪魔このこと言わなかったな!?
そう思いつつ、俺は泣く泣く旅支度をすることにした。
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