【サイドストーリー】荒野と獣【レオ過去編】

一陣の風が吹いた。

いつだって吹くのは向かい風だ。

なぜ僕ばかりと嘆くのにも疲れてしまって、ただ何も考えずに走る日々が続く。

息を切らして、どれだけ走っただろう。

生憎この辺りには隠れる蓑もない。

追っていたそれがここに着くのも時間の問題だ。

ふうと息をつき、足を止めて、久しぶりに頭を回転させる。

そろそろここに着くであろう追っ手の説得……時間は限られている。

なんせ相手はあの天馬族だ。

その翼で羽ばたく姿は見たことがないが、とにかく足が速い。

その機動力で、かつての祖先——獅子族がどれだけ追い詰められただろう。

かつて仲間であった獣人達は、ある時王たる獅子族に不満を持ったらしいが……その詳細は知らない。

ただ、想像はつく。獅子族は肉食獣だ。

獣なのだから、草食獣を生贄に捧げるくらいの事はあったのだろう。

食べなければ生きていけない。

それ故しょうがないとは言っても、そこに不満なしでという条件はどうあっても付けられないのだ。

蹄の音が背後で止まる。心臓がドクンと脈打つ。

背後に迫っている軍勢を目にするのは怖かったが、いつまでも背を向けている訳にもいかない。

息をのみ、ゆっくりと背後に振り返った。


「動くな」


びくりとした後、汗がつうと一筋流れた。


「ここで終わりだ、獅子族」


こいつらに名乗る名はないが、かといって種族の名前だけで呼ばれるのも癪だ。

しかし、名乗ったところでその名に興味は示さないのだろう。

僕は両手をスッと上げて、降参の意を示した。


「敵対しているとはいえ、降参している相手を殺すのは戦士としてどうなのかな?」


 いけないとわかってはいても、相手への憤りを隠せない。


「黙れ外道!身の程をわきまえろ」


外道はどっちだ。僕はこいつらを一人とて殺した事はない。なのに——


「君達の裁きは甘んじて受けよう。でもその前に、一つ質問していいかな?」


甘んじて受けるというのは嘘だが、聞きたい事があるのは真実だった。


「……僕以外の仲間は、皆君達が殺したの?」


 相手は鼻で笑っていた。


「今頃私達の仲間が追い詰めて皆冥府へ送っただろうよ。それがどうした?」


 ギリと噛みしめて、怒ろうかと思っていたが……僕は笑っていた。


「何がおかしい?」

「冥府?笑わせるなよ。僕の同胞たちがたとえ死んだとしても、その行く先は—」


鼻で笑った奴の後ろ首を突いて、ひとりの天馬族がドサリと倒れた。


「天国だ」


 どうせ峰打ちだ。すぐ起きるだろう。


「貴様……!」


やってしまった。

さすればやり返されるのが道理だ。

こうなれば全員倒さなければ、生きては帰れないだろう。

といっても、そんな力は持ち合わせていない。

この数と戦って体力が尽きるのも時間の問題だろう。

だからといって、戦う手を止めたら死んでしまう。

息を切らして、できるだけの相手を倒した。

だが、限界が来た。


「これだけの抵抗をして、まさか生き永らえようとは思うまいな?」

「くっ……!」


神などに祈るものか。ここまでして助けてくれないのならば、どうせ今祈ったところで何もしてくれはしないのだから。

仲間たちはどこかで生きているだろうか、それとも……


「ねぇ、そろそろ出ていっていいよねぇ土塊?」

「!!」

『むしろ遅すぎる。三分以内に一掃するように』


そよ風のように通る声と、何かに閉じ込められているかのようなくぐもった声。

パチンと鳴らされた指から強風が巻き起こったかと思うと、全ての天馬族が地に伏していた。

三分どころか一瞬だった。


「三秒あればこのくらい楽勝だけど」

『神風、生命反応はまだ』

「あぁ、手加減したもん。死んでないよ、皆」


突っ伏している天馬族は皆気を失っているだけらしいと分かり、ほっと胸を撫でおろす。

そんな自分に気づき、ハッとして口を押さえた。

僕は今、何故——


『違う、後ろ……!』


ぼうっと突っ立っている僕の後ろに、生き残りが一人ナイフを持って迫っていた。

そんな瞬間、生き残りの女が突然目を覆った。彼女のナイフはその手を離れて地に落ちていた。


「くっ、一人動ける奴がいたなんて…そこの!さっさと逃げるよ!」


一体何が起きたのか。

そんな事を考える暇も与えられず、首根っこを掴まれて荒野を引きずられた。

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