第11話 地の精霊

「フローネさんが寝坊なんて珍しいね。タルトはともかく」

「あ、あたしはともかくって何だよラス!お前だって寝坊するときあんだろうが!!」


ラッセルとタルトが口論になっているのを苦笑して見守るレオと、ため息をつくフローネ。

そんな喧騒の中でも、精霊たちは石の中で眠っている。

余程精霊たちが疲れたのか、はたまたNSと言っていた石の不調なのか。

原因ははっきりとしていないが、土塊―フィルチカという精霊に見てもらえばわかるのだろう。


「ねぇルゥ子、おやすみ中悪いのだけど…」

「少しなら問題ないヨ、フローネ」


石の中から眠そうなルゥ子の声がこもりがちに聞こえてくる。


「フィルチカってどういう精霊なの?そもそもなぜコードネームで呼び合っているのかしら?」

「フィルチカ―土塊は私達の仲間だけど、地中に住んでいる地の精霊だヨ。コードネームは、ときどき奴等に盗み聞きされるからネ」


なるほど、とフローネは半信半疑だが納得する。

どこか腑に落ちなさそうな返事に、ルゥ子は照れくさそうに付け足す。


「……まぁ、コードネームに関してはちょっとカッコつけてるだけヨ。皆そういうの好きだからネ」

「そうなの…?」

「ね、眠いので寝るヨ。おやすみ」


ラッセルとタルト達がはてと首をかしげている中、レオは(恥ずかしいからごまかしたな)と思ったのであった。



*



移動が一旦終わり、シンセアデルのラッセル宅に着く。

とりあえず帰ってきたことをクレア先生とラッセルの母親に報告し、タルト達の母親―シルクも挨拶したいから寄りたいとのこと。


「あら、シルクさぁん!帰ってきていたのねぇ、おかえりなさぁい」

「マーベル先生、お久しぶりです。相変わらずマイペースなのね…」


長らく行方不明だったシルクの登場にも動揺しないクレアはさすがといったところか。


「ふふ、それだけが取り柄だもの~!それより今までのことぉ、お話聞きたいわぁ」

「そうね。でも夜も遅くなってしまったし、またあしたの朝からでいいかしら?」


移動の疲れもあり、少年少女達はうとうととし始めていた。

とりあえずは皆明日の朝になるまでラッセル宅でそれぞれ寝ることにしたのであった。


以降、大人達は灯りをつけて談笑する。


「大きくなったと思ったけど、皆寝ている姿はまだ子供ね」

「ふふ、ほんと……タルトもフローネにも迷惑をかけたけど、成長しているなら何よりだわ」

「ラッセル、無理してないと良いんだけど…あの子、あまり外に出るタイプでもなかったし」

「あなたの子はああ見えて強い子だと思うわよ?ただ、多少無理はしているかもしれないけれど…」

「あらあら、二人共まだ起きていたのねぇ?先生も混ぜてほしいわぁ」

「あら、やっぱり今夜話します?うちの子のこととかうちの子のこととか」

「まぁ、うちの子の話もさせて欲しいわ!」

「二人共、相変わらず親バカってやつなのかしらぁ…」


こうして夜は更けていった…



*



「おーい、朝だぞ!起きろ!!」

「うーん、あと10分だけぇ……」

「おい!殴られたくなかったら起きろバカラス!!」

「ふえっ!?起きますおきます!」


そんなタルトとラッセルの朝の様子を微笑ましく見守る両親達。


「な、なんかごめんなさいウェルシィさん……うちの子、相変わらず乱暴で……」

「ふふ、良いのよシルクさん。あの子あのくらいしないと朝起きられないんだから」

「ラス君はぁ、朝弱いものねぇ~」


そんな大人たちの生暖かい視線を受けて、ラスは恥ずかしさで頬を赤くしながら朝の支度をするのであった。


「さて、行きますか」

「はぁ、気乗りしないわね…お母さまとどんな顔で会えばいいのかしら……」

「ばあちゃんならきっといつも通り迎えてくれるって!」


タルトが母親であるシルクの背中をぽんと叩く。

そんなシルクとタルトの様子を見て、フローネも加わる。


「ま、色々怒られたり聞かれたりはあるだろうけど、おばあちゃんなら許してくれるわよ」


そんなフローネなりの励ましを、シルクは苦笑しながら受け入れる。


一応は徒歩でいける距離にある森の中へ、一行は歩いて進んでいく。

クレア先生とラッセルの母親・ウェルシィは今まで通り留守番するそうだが。


「お母さま、その…」

「こういう時に最初に言う言葉くらいわかるだろう、シルク」


う、とシルクは気まずそうに一歩下がる。

そんな母親の背中を押すタルトとフローネ。


「ごめんなさい、その…家を勝手に飛び出して。その上……」

「違うだろ」

「母さん、こういう時に最初にいう言葉は―」


ただいま、だよ。


フローネとタルトはそう口を揃える。


「た、ただいま……!」

「おかえりシルク、よく帰ってきたね」


その言葉と共に、メルクリス家の家主はシルクを抱きしめた。

久しぶりにちゃんと我が家に帰ってきたんだと実感したのか、シルクは少しだけ泣いた。


「タルト、フローネ……心配かけてごめんね、お母さまも……」

「全く、どれだけ心配して孫共が探し回ったと思ってるんだい!何のために家を出たのかは聞かないでおいてやるけど、これから沢山子供の面倒見ないとダメだよ!」

「いえ、話すわ、タルトとフローネ抜きで。そして、一度は帰ってきたけど旅の目的はまだ果たせていないの。もう一度だけチャンスが欲しいの……」

「ッ!?なんでだ!」


タルトはまた母親がいなくなるかもしれないと激昂する。

そんなタルトをフローネは静止した。

祖母は腕を組んでしばし考えた後、答えを出した。


「仕方ないね。こちらの部屋に来な。くれぐれも盗み聞きしようなんて考えないことだね、孫共」


そう言い残すと、祖母と母親は別の部屋に入ってしばらく出てこなかった。


「くそ、あのババァ……結界を張ってやがる……」

「諦めて大人しく待ちなさいタルト。今冷静さを欠いても意味がないわ」

「っ……でも!!くそ、せっかく帰ってきたってのに……」


壁を拳で殴ると、轟音が響き痛みがじわじわと伝わる。

痛みに悶えるタルトのもとに、シルク達はしばらくして顔を出した。


「シルクはまたやり残したことを果たすために旅に出る。あんた達とは別行動でね」

「そんな!?」

「その理由が父親のためだとか天界に乗り込むだとかいうのだったら止めたんだけどね……まだわしの口からも言えないんだ。すまないね」


絶望するタルトとフローネを抱き寄せて、耳元でささやく母シルク。


「大丈夫、必ず戻ってくるわ。あなたたちのためにも」

「……わかった」

「ばあちゃんも母さんも姉貴も止められないなら、あたしも止められるわけないじゃん……」


そうして、再びシルクは玄関を飛び出していった。

後ろは振り返らず、ただ強い信念のもと。


「シルクは行ったカ」

「ルゥ子!出てきて大丈夫なの?」


久しいネ、と祖母に挨拶するルゥ子。

これからフィルチカと会ってNSのメンテがしたい旨を話すと、祖母はチカへの扉を開くことを快諾した。


「気をつけるんだよ孫共。フィルチカに会うまでは、警備の魔物がうじゃうじゃいるからね」



*



「なんだこの迷路みたいな洞穴は……」

「でっかいアリみたいよね!」

「セレナ、聞こえるからやめなさい」

「…?何かおかしいことでも言ったかしら!?」


魔物を蹴散らしながら進んでいくと、一際大きな門番らしき魔物が顔を出す。


「こいつ倒したらフィルチカってやつの部屋か?」

「たぶんね」

「なんでアリでもモグラでもなくケルベロスなのかしら」

「フィルチカにとっては番犬のつもりネ」


扉の向こう側から声が響く。


『こちら土塊、番犬はあなた達がギリギリ無力化できる程度の強さに設定しておいた』

「うわ扉の向こうから声が」

「3分以内に倒して要件をよろしく」

「客が部屋に入るのに条件つけるな!!」


こうしてほぼ全力を出してへとへとになった一行の前に、フィルチカと思しき橙色の髪の妖精が姿を現した。

奥にはなぜか人間がギターを持って演奏しているのが見える。


「やぁ」

「うわ聞いてた奴の違う人間がいる」

「フィルチカ、いつの間に人間を部屋にたらしこんで……」

「その言い方をやめることを要求する。でないとNSのメンテはしない」

「はいはい。でも名前くらい聞いてもいいわよね?」

「んー、ボクのことはフェイカー…略してフェイとでも呼んでよ。ちょっと訳アリでここに隠居させてもらってるんだ」

「明らかに偽名だ……」

「なんたって訳アリだからね、はは!」

「まぁフィルチカがNSのメンテしてくれるなら良いわ……」


チカで会った人間はギターを弾くのが得意で、どうやら吟遊詩人を目指しているらしい。

訳アリというのは詳しくは言えないらしいが、ちょっとした事件に巻き込まれているとかどうとか。

嘘か本当かはわからないが、ともかく怪しいものの悪い人間でもないだろう。

何しろフィルチカは人見知りが激しく警戒心もかなり高い。

そんな引きこもり妖精と住むのを家主が許しているくらいだから、事情の件も本当かもしれない。

NSを見せながら事情を説明すると、フィルチカは顔をしかめた。


「あと丸一日が必要。休養を要請する」

「そんなに使い込んじゃってたんだNS……そりゃ妖精達も調子崩すよね……」

「ボクの歌聴いていく?暇つぶしにはなると思う」

「それは遠慮することを推奨す……」

「ギター上手かったもんな!じゃあ聞いていくぜ!!」


間髪入れずに遠慮しないわくわくしているタルトと静かに青ざめていくフィルチカ。

いざ聴いてみるといわゆる音痴というやつで、歌手にも吟遊詩人にもなれないのは納得だった。


「いや、トルテより酷いぞ!」

「そういやあの子も音痴だったわね……」

「あれ、ボク昔のほうがうま……ゴホン、そんなはずないけどなぁ……?」


集中の邪魔だと部屋から追い出されたフェイとタルト達。


「お前のせいであたしらまで追い出されたじゃねーか!」

「いやぁ、なんだかすまない……そういや君たちって旅をしてたんだっけ?ボク外にあまり出ないから、話を聞かせて欲しいな?」

「話題逸してんじゃねー!って言いたいとこだけど仕方ねぇな……」


今までのことをかいつまんで話して聞かせると、フェイは目を輝かせながら相槌を打ってくれた。

タルトは得意げになって話し続け、気づけばNSはメンテがほぼほぼ終わっていたのである。

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