第9話 悪夢
「はぁ、つっかれたぁ……」
眠っている年上の男性を運ぶというのは、こうも大変なものかと辟易するラッセル。
おそらく寝床はここで合っているだろうが、案内役が寝てしまうというのも困りものだ。
やることを済ませたと思うと、一気に自分にも疲労感と眠気がきた。
今夜は変な夢を見ないといいのだが……
「また会ったねぇ、少年」
「……」
今日くらい夢も見ずゆっくり眠りたい、と思っていた矢先。
見覚えのある夢魔が頬杖をついてニヤニヤしていた。
「そんな怖い顔しないでよ、今日はちょっと君たちの道標を用意してきたんだからさ」
前回のことがなかったかのように、今日は協力するかのような事を言う。
明らかに怪しいが、タルト達の母親にたどり着くヒントがないのは事実だ。
「君たちの探している女性は、とある探しものをするために旅に出たのさ」
「それはとても難しい……そう、在り処がわかったとて容易く手に入れられないもの」
「まぁ、端的にどこにいるか言おう。日暈の国だよ」
「彼女は今、花燐と交戦中だ。何やら誤解を生んだらしい」
「さて少年、そろそろ君は目覚める……どんな選択をするのか、見ているよ」
こいつが何のためにこんなことを言うのかわからない。
そもそも嘘をついて騙そうとしているかもしれない。
でも、もし「見ている」というのが本当なら、下手に動くのも愚策かもしれない。
とりあえず、起きたら提案してみるしかない。
「おはようラッセル、もしかしてここまで運んでくれた?」
そして、気がつけば朝だった。
夜中は寝ていたはずなのに、あの夢魔のせいで眠れた気がしない。
ひとまず、日暈の国には罠だろうがなんだろうが行くしかないだろう。
行かなければ何をされるかわからない。
「ごめんね、僕重かったでしょ?何なら起こしてくれれば……ラッセル?」
「あ、ごめん。まだ寝ぼけてるみたいだ」
いけない。レオの話をあんまり聞いていなかった。
心配させてはいけないので、何とか誤魔化そうとする。
「もしかして……寝床の寝心地、良くなかった?」
「あ、いや、大丈夫!はは……」
誤魔化しきれていない気もするが、そのまま勢いでタルト達と合流するのであった。
*
「で、占い中断しちゃったけど、続きは見てもらえるのかな?」
「それが、ババ様が今朝も体調が悪いみたいで……約束のこともあるし、心配だけどはやめにここを出た方が良いかも」
ババ様達もここを移動して別の拠点を立てるらしい。
そこまで急ぐのは、獅子族の命を絶たせないためだろう。
カフィル達も、残念だがここでお別れだねと言っていた。
「そうかー……もう少しいたかったけど、しかたねぇな」
「料理、おいしかったもんね」
「バカ、そういう理由じゃねぇよ!」
そう言いつつも図星そうな様子に笑いつつ、ババ様達に別れを告げた。
とりあえず、港まで歩いてから次の行き先を決めようという話になった。
「なぁラッセル、お前」
「何、タルト」
いつも通りにと振る舞うラッセルに、タルトがふと目をみやって言う。
「なーんか隠してんだろ。ガッコー通ってた時と同じ顔してやがる」
「!!」
いつも通りに振る舞おうとすればするほど、表情に憂いが出ていたらしい。
クラスメイトにいじめられた頃と同じとなると、相当に酷い顔に思えるだろう。
だが、その当時もいじめ自体隠していたから誤魔化している顔ということだろう。
「幼馴染なんだから、そのくらいわかんだよ。諦めろ。そしてキリキリ吐け」
「う……」
こうして、洗いざらい正直に話すことになったラッセル。
一から十まで歩きながらポツポツと話す。
「ふぅん、夢魔が母さんの居場所をね……」
怪しさ抜群だったが、こんな下らない嘘をつくような奴でもない。
そして、本当のこととして、ラッセルの見た夢はただの夢でもなさそうだ。
「話しちゃって良かったのかな……その」
「どんな選択をするか見ている、だっけか?気にするこたねーよ、話すなって口止めをされたわけじゃないんだろ」
たしかにそうだ。むしろ―
「むしろ来てほしいと言わんばかりね。罠かもしれないけど行くの?」
「行くだろ。何しろこっちには母さんの居場所のヒントがねぇだろ?」
罠にあえてかかるというのが逆に策であるのかもしれない。
とりあえず、話しているうちに港についた。
「しかし、夢魔って地味に安眠妨害だよね……何とかならないかなぁ」
「夢はどうにもできないんじゃね?」
「まぁ、お守りくらいなら作ってあげましょうか」
まぁ、そんな訳で皆船内のベッドで寝た。
テオの親切である竜車を無下にするのも何だったが、それではラッセルがろくに寝られまいと船での移動にした。
*
「邪魔するぞー」
「うわっ、ノックしてよ…!」
「あ、すまん」
「ったく、タルトはその辺全然気にしないよね…」
「別に旅連れなんだから良いだろ」
「オレ男なんですけど!?君は女の子!わかる??」
「(なんか腹立つな…)とにかく、お守り置いとくぜ」
「行っちゃった……はぁ、マイペースで良いなぁタルトは」
「ねぇ、やっぱり僕思うんだけど」
「何?」
「ラッセルってタルトのこと好きだよね」
「え。いやそんなんじゃないし」
「旅連れなのにつれないなぁ…」
「え、あ」
「失神してそのまま寝た!?」
*
「へぇ、メルクリスのお守りかぁ……考えたね、奴らにとっては気休めに過ぎなかっただろうが」
夢魔は何処かにて独りごちる。
「何の因果かなぁ……これも君へ至るための試練か」
夢魔は誰かを想う。
「でも、この程度どうということはない。どちらみち話すこともないし」
誰に向けたものか、夢魔は独りごちる。
そして、わずか口角を上げた。
*
日暈の国に着くと、どうやら道端に人だかりができているようだった。
もしかしたらと思い駆けつけるとそこには―
「母さん!!と花燐!」
「っと、旅人さんかい?この先には近づかんほうがええ。何やらドンパチやっとるさかい……」
なにやら殺伐としている二人は、さも容易に見つかった。
しかし、人だかりが多いのと制止されたので身動きが取れない。
「あんさん言わはったねぇ、この黒い烏羽が欲しいて……」
「でも残念、渡せるもんならとっくの昔に取って捨てとるさかいに……」
「………」
「うち思たんよ、もしかしたらこれ取る方法をあんさんが持っとるんやないかって……」
「………」
「でも違とった!”わからないけど欲しい”なんて甘いこと抜かした!!」
「………」
「何とか言わはったらどうなん!?うちの期待を台無しにした理由!あるなら話したらええわ!!」
「…それは……」
「でけへんのなら……死に晒せ!」
「どけ!母さんが殺される!!」
「ちょっ、タルト!?」
花燐と姉妹の母―シルクの口論の末、飛び出したのはタルトだった。
それが目的の罠であるとも知らず。
「な……!?」
「来ちゃだめ、タルト!」
だが、母親の手によってソレは防がれる。
もうこの世にないはずの毒は、シルクを麻痺させて舌打ちをした。
「ンだよ、別のがかかってんじゃねーか!」
「お、お前は……!」
藍色のうねる髪、毒々しい黄緑色の瞳。
口角を下品に歪ませて笑うその姿は、紛れもなく―
「ま、またコイツを餌にすれば良いんだもんな。同じかァ…ハハ!」
「シアン!!」
「何だァ?ゾンビでも見たような顔しやがって……まさかあの程度で騙されたのか?こいつは傑作だ!」
死んだはずだと思っていた。たしかに首は落ちていた。
ただし、その斬った部分は妖怪にとっては大したものではなかった。それだけの話なのだ。
あの後死んだふりをして気を伺っていただけのシアンは、皆がいなくなったタイミングで首を元に戻していた。
今はというと、シルクの首元に鋭利な爪を突きつけてニタリと笑っている。
「タルトレット・メルクリス。母親の命が惜しければ、俺の結界の中に一人で来い。」
「待て!あ、クソッ……」
ゲートは開かれた。そしてタルトがすかさずその中に入ると、そのゲートはあっという間に閉じてしまったのであった。
その時一陣の風が吹いて何者かが侵入したというのは、後に語り継がれた話。
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