第7話 小さな勇気

「タルトの具合はどう?」


レオが心配そうに、タルトの寝ている部屋から出てきたフローネ達に尋ねる。

ルミネコリトに戻り、タルトの容態を気にして旅を中断する一行。

フローネの回復魔法で応急処置はしたが、リューコの力で毒を浄化できるかどうかが鍵らしい。

死ぬ間際の攻撃、何をしたのかわからないのが怖いところだ。


「……という訳で、しばらく休憩ね」

「そういえば、ラッセルは?」

「ひとしきり泣いて寝たわ」


うるさかったから、静かになったのは良いけれどと話すのはフローネだ。

きっと心配しているのを隠しているのだろうが、バレバレである。

あとはワタシがやるとリューコが言って追い出されたらしい。

冷静さを欠いているのはフローネも一緒だった。


「あのバカ、トルテのことになるとほんと冷静じゃなくなるんだから」

「トルテって……?」

「……あの子の、双子の兄よ」


この機会だから話すのもいいかもしれない、とフローネは話し始める。

その頃タルトは、トルテの夢を見ていた。



*



「ねぇトルテ、やっぱり帰ろうよぉ」

「なんだよタルト、怖いのか?」


涙目になって帰ろうとしている少女に、悪戯な笑みを返す少年。

彼女の名はタルトレット、彼の名はシュトルテ。

そっくりな顔立ちをしながらも、性格は正反対な双子の兄妹だ。

タルトが帰ろうと思うのも無理はない。なぜなら——


「べっ別に怖くなんか……」


バサバサとコウモリの羽音が通り過ぎる。


「わわっ、モンスター!?」


今から二人が向かおうとしていたのは、禁則地とされている崖っぷち。

タルトに悪戯しようと近づいていたらしいコウモリを、すかさず追い払ってトルテは笑う。


「ははっ、やっぱり怖いんだー」

「もーっ!意地悪!!」


頬を膨らませてご機嫌斜めなタルトの手を、トルテはぎゅっと握る。


「大丈夫だよ、ボクが守ってあげる」


優しく穏やかな声で妹をなだめる兄。

そんな彼の様子をうかがうように、うつむいていた顔をあげる。


「ほんと……?」

「うん、この杖でやっつける!」


強気に笑う兄の顔を見て、みるみるうちに機嫌が直るタルト。

一時は涙目になっていたとは思えない笑顔だ。


「さ、行こうか」

「うん!」


 立ち入り禁止の札が掛けられた柵を、翼を羽ばたかせて越える。彼の背には小さな翼が一対、まるで天使のように生えていたのだ。


 断崖絶壁の高地にある一面に広がる花畑、手が届きそうな程近くに広がる雲、小春日和の肌寒いような暖かいような日の光を背に浴びる。


「はい、できたよ。かぶってみて?」

「わあ……綺麗!ありがとうトルテ!」


シロツメクサの花冠を器用に作って、タルトに渡す。

少女は溢れんばかりの笑顔を浮かべて、花冠をかぶる。


「どういたしまして。ふふ、やっぱりタルトはお花が似合うね」


そう言って、髪を撫でるトルテ。気持ちよさそうにしながら照れたように頬を赤らめるタルトは、さながら幼い恋人のようだった。

ふと気づくと、タルトのスカートの上に小振りのクモがいた。


「きゃっ!?」

「大丈夫、遠くに逃がすからじっとして…」


トルテは手にクモを乗せると、距離を置いて草むらへ逃がした。

タルトの元に戻ろうと踵を返した時、影がだんだんと大きく濃くなっている事に気づく。

それはクモの形をしていて、やがて黒衣の人物へと姿を変えた。


「タルト!トルテ!」


柵の鍵をガチャガチャと開ける音と共に、父親の声が響く。


「お父さん!?どうしようトルテ、逃げなきゃ……!?」


目を疑った。父に気を取られている間に黒衣の男性が現れたのだから。

それだけではない。男性はトルテの首根っこを掴んで笑っていたのだ。


「トルテ!!」

「なんだ、こっちじゃないじゃねぇか。まぁいいや……おいお前、こいつの命が惜しくばこちらへ来い」


タルトはびくりと男性の目を見ると、確かにこちらを向いていた。

震える足で立ち上がると、ゆっくりと歩みを進める。

父親は下手に動けず悔しさに唇を噛んでいた。


「ダメだ、タルト……くっ!!」

「暴れるなよガキ……お前は大切な人質なんだから、よ!」


タルトがこちらに近づいてきたのを目の端で確認しつつ、トルテを蹴り上げる。

慌てて駆け寄り羽ばたいたタルトの足をくいと掴んで、フッと笑いをこぼす。

タルトはトルテの手を掴もうとしてリボンの端を掴んだ事に気づいて、崖から落ちるトルテを目で追いながら青ざめた。


「あぁあああああ!!」


少女の慟哭が響く。黒衣の男性の高笑いと共に。

息子が殺され娘を捕らわれた父親は、膝から崩れ落ちる。


「何故だ、なぜこんな事を……!トルテが何をしたっていうんだ、タルトだって…」

「悪く思うな、これもお上の命令でね。見逃してくれるんなら、あんたの命だけは助けてやってもいいぜ?」

「……ふざけるな!娘を見捨てる父親がどこに——」


瞬間、黒衣の男性から放たれた針が喉元に刺さる。

こと切れた父親は、その場にばたりと倒れて動かなくなった。


「お父さん!お父さぁあん!!」

「馬鹿な奴……ん?」


連れ去ろうと動いた黒衣の男性が、何らかの力に気づいた。ショックで気を失ったタルトを置いて去ったのはその後の事だった。



*



バッと起き上がるタルト。

嫌な汗が流れたまま、今のが過去の夢だったという現実に気づく。

傍らにはラッセルがイスに座ったままベッドに突っ伏して寝ていた。


「ったく、こんなとこで寝やがって……」


どこか安心したような顔で苦笑するタルト。


「峠は越えたようだネ」


うわっと驚くと、傷が痛む。

リューコはやれやれという動きをすると、ラッセルを起こしてフローネ達も呼びに行った。


「タルト!良かった生きてたぁ~」

「ば、バカ、死んでねぇから抱きつくな!痛ぇ!」


フローネ達が駆けつけた時にはそんな状態だったので、後でからかってやろうと思ったフローネであった。


「そろそろ離してあげなよラッセル?」

「あっ、ごめん……」


レオの注意にハッとして顔を赤くするラッセル。

タルトは傷が痛まなくなって、ほっと胸を撫で下ろす。


「そういや、あたしの服は?」

「あぁ、それなんだけど……貴方が起きなくて暇だったから似たような布を買って新しく繕ったわ」


何だそれ、と言って指差した先には新しい服。

そういえば、髪もなんだか軽い。


「言い忘れてたけど、髪もボロボロだったから少し切らせてもらったわよ」

「少し!?めちゃくちゃ軽ぃけど?」


それでも少し髪が長いところが残っているのは、温情かフローネの趣味か。

何かを思い出したタルトは周囲を見回した。

どうやらリボンを探していたらしい。


「はぁー良かった!トルテの形見、ちゃんと残ってた」

「タルト……」


リボン―トルテの形見があることに安堵するタルトに、複雑な気持ちになるフローネ達。

しんみりした空気に気づいて、誤魔化すタルト。


「あーごめん!大事なリボンだからさ、ちょっと気になっただけ……大丈夫だよ!」

「そう、なら良いけど……」

「それよりさ、これからのこと話そうぜ!」


いつも通りのタルトに戻って、顔を輝かせるレオ。


「うん!ヴィンセリオなら僕が案内するからね!」


この後タルトは服を着替えさせろとキレるのであった。



*



「急げ、もうすぐ船出るぞ!」

「ギリギリセーフ!」


ヴィンセリオ行きの船にギリギリで乗れた一行。

みな息を切らしていて、必死で息を整えている。


「はぁ、もう動けねぇー」

「甲板で寝ないでタルト……」


人心地つくと、予約した部屋に入る。


「新しい服と今の髪型はどうかしら」

「まだ慣れねぇ」

「まぁこの時間で慣れてたら順応早すぎるわね」

「なんで聞いたし」

「なんとなくね」


*


「ねぇラッセル」

「ん?」

「あのリボン、トルテの形見って言ってたけど……お兄さんなのに、なんでリボンを?」

「あぁ、トルテはちょっと、その……女装してたっていうか」

「女装!?」

「まぁ、ちょっと女の子っぽい服着てタルトと同じ髪型してただけだよ」

「それはどうして?」

「おれも詳しい事は知らないんだ。ただ……タルトがトルテのこと、大好きだったことだけは知ってる」

「そっか、兄想いだったんだね、タルトって」

「………うん」


こうして、夜は更けていく。



*



「………」

「なんか、港を出たら荒野しかないんだけど」


どうやら人里までレオが案内してくれるらしい。

とにかく歩く、歩く、歩く。

たまに魔物が来たら戦って、また歩く。

そうしていると、灯りが見えてきた。

松明のようなものがいくつも並んでいる。


「エキゾチックね……」

「夕飯に虫とか出てこないよね」

「それは密林では……?」

「安心して、魔物の肉だから」


どっちみちゲテモノだった。

とりあえず、レオの家に泊めてもらえるらしいので向かうことにする。


「家というか、でっかいテントでは?」

「ここの家は皆こんな感じだよ。ちょっと掃除してくるから待ってて」


どうやら一人暮らしではないようだが、留守にしている時間が長いらしい。

とりあえず、しばらく待つ。


「もう入っていいよー」


ランプの灯りの中で、ギリギリ全員寝られそうな広さ。

民族的な飾りがポツポツと並んでいるくらいでシンプルな部屋だ。


「まだ寝るには早いし、ババ様のところへ行こう」

「その人が、占ってくれる人?」

「そうだね、ひとつ言っておくなら……これから起きることと、見た目にあまり驚かないでね」

「?」


そう言った後、レオの姿は―


「!?」

「獅子族だったのね、ここに来た時点で、薄々はそうだろうと思っていたけれど」

「姉貴は知ってたのか?」


ライオンのような、少し耳の大きな黄色いタテガミの茶色い獣。

それが、レオの正体だった。

これは、獅子族の本来の姿である。


「そっか……そうだよね、ヴィンセリオって言った時点で、気づいてたんだ、フローネは」

「そうね、さらに言えば……その首飾り、隠してたんでしょ?スカーフで」


レオの目つきがわずかに鋭く変わる。

それを察知して、安心するように言うフローネ。


「別に、脅しでも何でもないわ。ただ、私達……もう仲間なんだから、そういう大事なことはもっと早く言ってほしかったってだけ」

「ごめん……嫌だよね、こんな姿の仲間なんて」


今にも泣きそうな顔で謝るレオ。

タルトはそんな表情のレオを見て、誤解を解く。


「姉貴はそういう事をいってんじゃねーよ!もう仲間なんだから、隠し事すんなっていってんの!」

「良いじゃん、かっこいいよレオ!その姿」

「皆……」


別の意味でちょっと泣きそうになっているレオをよそに、全員レオの毛並みに注目している。


「まぁ、多少モフモフしても許されるわよね」

「姉貴ずりーぞ!あたしもレオの毛並み堪能させろ!」

「くっ……いや、ちょっとうらやましいなんてことないから!おれも撫でる!」

「もう、しょうがないなぁ皆……えへへ」


ババ様の家へ行く前に、友情を確かめあった一行であった。

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