第6話 流星と願い
外の空気は少し肌寒いが、それが心地良いと感じるくらいには汗をかいていた。
相当うなされていたらしく、袖で汗を拭った。
あまり遠出してもいけないので、軒先に腰を下ろす。
ふと横を見ると、先客がいた。
目を見開き警戒して刀を抜きかけたが、タルトだった。
いつもツインテールの彼女が、髪を下ろしていたので一瞬わからなかったが。
「タルト……どうしたの、こんな時間に」
「お前こそ」
苦笑いして、そういえばそうだと思った。
とりあえず、隣に座る。
「おれは、嫌な夢を見たんだ。それだけ」
「奇遇だな、あたしもだ」
「どんな夢だった?」
「……覚えてねぇよ。うなされてたらしくて、気分が悪かったから外に出ただけ」
「そっか……」
静寂。
二人で何か話題はないかと空を眺めていると、流れ星を見つけた。
「……あ……」
「(母さんが見つかりますように、母さんが見つかりますように、母さんが見つかりますように)」
何かを必死で願っているタルト。
きっと、お母さんのことだろう。
彼女のことを見つめていたら、自分の願い事を忘れた。
「お前、何願い事した?」
「え、あ、秘密!」
「なんだよ教えろよー」
無邪気におれの肩を揺らすタルトのことを、さっきまで見つめていたなんて……恥ずかしくていえない。
彼女の願い事が叶えば、それでいいと思っているなんて。
*
「ずいぶんと眠っていたみたいだけど、今何時か知ってる?」
「ごめんなさい……」
朝だと思って起きた頃には昼だった。
寝坊したのは久し振りだ。
今まで誰かしら起こしてくれたのもあるが、あんなに夜ふかししたのが久し振りだったから。
タルトも結構寝ていたらしいので、一緒に叱られた。
二人で何かしていたのか疑われたが、偶然だということにした。
「次はどこに行こうかしらね」
「僕の故郷のヴィンセリオは?族長なら、博識だから何か知ってるかも」
「博識なだけじゃ母さんの行方まではわからないだろ。闇雲に行ってもダメだ」
タルトからそんな言葉が出るとは……と思ったが、口を閉じておく。
「博識なだけじゃないよ。占星術の使い手だから、きっと占いで何かヒントが掴めるよ」
「結局のところ神頼みかよ……ま、凄腕のよく当たる占い師とかならいいけどよ」
いいんだ……と思ったが、言わないでおいた。
ふふ、と母さんが笑っていたので、何だろうと思ってきいてみた。
「そうやって何か言いたげに口を閉じてるの、お父さんそっくりだなぁと思って」
「なっ……!あんな王様と一緒にしないでよ!」
「王様と一緒にされるなんて恐れ多いと思うんだけどな」
「何だよタルトまで……」
笑われてしまったので、恥ずかしいが楽しそうなので良しとしよう。
とりあえず、ヴィンセリオに一番近い場所まで竜車に乗っていくことにする。
どうやら、またルミネコリトから船で向かわねばならないらしい。
日暈の国とは方角が違うらしいので、また別の船に乗るとのことだ。
「そうと決まったら、出発ね!」
「じゃあ、行ってくるよ」
「お土産期待してるわねぇ?」
「土産話で勘弁してよ先生!」
そんなこんなで、再びルミネコリトに着いた。
そこで再び聞き込みと水質調査をする。
すると……
「聞いて下さいよリューコリー様、また水に毒が紛れているみたいなんです!」
「あぁ、そんな特徴の女性なら、ちょっと前にあちらの方角に向いましたよ?」
仕方ないのでリューコとフローネは水の浄化に専念する。
タルトと残りのメンバーは、なんだか怪しいと思いつつ、姉妹の母親の痕跡を追う。
「タルト!」
「母さん!!」
すぐに駆け寄りひしと抱きしめる。
「母さん、本物?夢じゃない?」
「バカね、決まってるじゃない。それにこれは―」
現実よ。
その言葉と共に襲ったのは、背中への鈍い痛み。
じわりと背中から生暖かいものが滲み出てくる。血だ。
「ぐ、ぁ……」
「ハハハ!人間ってやつはほんとバカだよなァ!こんな簡単に騙されちまうなんてよォ!」
怪しいとは思っていたはずだ。
なのに、その姿を見たら止まれなかった。
考えるより先に体が動いてしまったから。
そこにずっと求めていた母親の姿があったから。
「タルト!タルト!!」
「くそっ、血が止まらない……!」
ぼんやりとラッセルの姿が見える。
声が震えている。泣いているのかもしれない。
うっすらとした意識の中、それすらも曖昧でわからない。
悔しくてたまらない。
母親と偽物の違いもわからないなんて、娘失格だ。
幼馴染も泣かせるなんて、最低だ。
こんなところで倒れている場合ではないのに。
そうだ、こんなところで―
「倒れる訳には、いかない……!」
「タルト!まだ無理しちゃ……」
風の眷属よ、我が傷を癒せ……ヒールエアー!
「魔法で自己治癒力を増幅させた……!?バカな、たしかに背中から心臓を貫いたはず!」
位置がわずかにズレていたのだが、得がないので言わないことにする。
ラッセルは涙を拭って刀を構え、レオもトンファーを構える。
「ったく、面倒なことになったな……マゼンタ!」
「はぁい、仕方ないわねぇ~」
どこからともなくマゼンタが出てきた。
不意をつかれたラッセルは、不意打ちの攻撃に反応できず首元を強打されてしまった。
レオは避けるので精一杯で、ラッセルを助ける余裕がなかった。
「ラッセル!」
「この子の命が惜しかったら、このゲートを通って奥まで来ることね~?うふふ」
タルトは傷が完治していないが、すぐにゲートに入った。
レオは、しばし考えてフローネ達を呼びに行く。
「あら、お仲間はどうしたの~?逃げちゃったのかしら、かわいいわ~」
「うるせぇ、あいつらがそんなタマかよ」
満身創痍だが、傷は回復魔法で最低限ふさがっている。
時間を稼ぐためにも、戦うしかないだろう。
「さっきのでムカついたから、たんまりいたぶってから殺してやるよォ!」
「させるか……くっ」
なんとかして攻撃したいが、体が思うように動かず防戦一方になる。
ただでさえ満身創痍なのに、傷が増え、服が破けていく。
「ハハハ、ザマぁねェな!しっかし、そんな貧相な体じゃあやりがいが……痛ェ!!」
人質だったラッセルが腕に思い切り噛み付いた。
隙を突いて逃げ出すと、日本刀を構えて叫ぶ。
「タルトは貧相なんかじゃない!品があるって言え!!」
「バカ、フォローされても嬉しくねぇ!」
真顔にして大声、そしてマジギレである。
ツッコミにも力が入るが、傷に響いて痛い。
とりあえず、2対2には持ち込めたがこちらが不利であることには変わりない。
タルトは傷だらけだし、ラッセルは起きたばかり。
敵であるシアンの腕に噛み傷ができたくらいか。
もっとも、ガントレットを着けているのに痛いのか?という疑問には実は生身だからと答えるしかない。
「なぁマゼンタ、どっちをやる?」
「私は可愛い方が良いわ~」
恍惚とした表情でラッセルの方を見る。
熱烈な視線と殺気を感じて、ラッセルは短い悲鳴を上げる。
「お前の可愛いの基準がわかんねェんだよ」
「ラッセルだったかしら?男の子の方よ~」
敵に可愛いといわれるかどうかはどうでもいいらしいタルトは、時間稼ぎになるからと放置する。
「オレがチビの方かよ……ま、さっきの続きといくかァ」
双方武器を構える。
思ったより時間稼ぎにならなかったと舌打ちをするタルト。
ラッセルはよくわからないまま戦いに身を投じるのであった。
*
「レオ、血相変えてどうしたの?……タルト達がいないわね」
なんとなくだが状況を理解して、水の浄化を終えたフローネとリューコが合流する。
とりあえず、全速力で走ってきたレオは息を整える。
「ラッセルが、人質になって、タルトが、すぐに後を追って、それで……」
「いいわ、だいたいわかったから。いくわよ」
涼しい顔で歩き出すフローネ。
それを見て、少し驚くが息が切れているので助かるしと複雑なレオ。
「歩いて向かって大丈夫なの?急がないと」
「ゆっくり歩いて向かえば作戦も練ることができるでしょう?それに、あの子達は大丈夫。そう信じてるから」
そういえばこの子達、幼馴染だったなぁと思い出すレオ。
どこか少しだけ寂しさを感じるが、そんな場合ではないので早歩きをする。
そして、フローネに歩くのが早すぎると怒られるのであった。
*
「来てやったわよ、生きてるわね?生きているならいいの」
だって私は、薬屋の娘なんだから。
そう言って、回復魔法を施していく。
ラッセルとタルトは、みるみるうちに回復していった。
タルトの服はさすがに元通りにはならなかったので、フローネはマントをかけていった。
「ありがとうございます……!」
「ありがと姉貴、助かった!」
「全く、世話の焼ける妹だわ」
これで4対2まで持ち込めた。
最も、精霊たちを含めればこちらがもっと多いのだが。
「観念なさい、逃げられるなんて思わないことね?」
「フン、良い気になりやがって……数が多ければ良いってもんじゃねぇぜ?マゼンタ!」
「えぇ、行くわよ~」
毒蛇の力、思い知ると良いわ~……蛇咬剣!
それは、蛇腹剣の伸縮を利用して全体を薙ぎ払う技だった。
「ぐあっ!」
警戒を怠った訳ではなかったが、全員当たってしまった。
当然のように毒を食らった一行は、その場に倒れた……ように、毒使いの双子には見えた。
「クハッ!偉そうなことほざいてたけど大したこと……ァ?」
「精霊のワタシ達がついていること、見くびらないでほしいヨ」
リューコの力で、幻を見せて隙を突く。
これがフローネの作戦であった。
案の定シアンとマゼンタはひっかかり、その隙に攻撃ができた。
「痛いわね~」
「クソが、この程度でいい気になるなよ!」
捕えて離すな…飛縛絞糸!
シアンの手首から糸の網が飛来したが、レオが地面から壁を作り防ぐ。
「この程度?まぁそうでしょうね……これで終わりにする気はないもの。私ちょっと怒ってるから」
その間に詠唱を済ませていたフローネは、攻撃魔法を唱える。
水よ、弾丸となりてかの者を穿て……アクアガン!
畳み掛けるように詠唱していき、その間にレオ達が攻撃を防ぐ。
この繰り返しで、シアンとマゼンタは消耗していった。
「ってぇ……ちょこまかしやがって!」
「私、手段は選ばない主義なの」
水責めにしてあげる……ウォーターフィールド!
立方体のような空間に水で閉じ込める攻撃魔法だ。
「姉貴、最後はあたしがケリをつける」
「タルト!でもまだ傷が……」
フローネがタルトに気を取られている間に、シアンは今だとばかりに狙いを定める。
「ハッ、隙だらけだぜェ!ッぐ……」
タルトが瞬時に杖を変形させて槍形態にすると、首を一閃する。
「いったろ、あたしがケリをつけるったらつけんだよ」
シアンはその場にドサリと倒れて、動かなくなった。
「ふぅん、これであなた、敵討ちを果たしたってわけね~?」
「……は?」
傷だらけになりながら、マゼンタは笑う。
何のことかわからないが、聞き捨てならないという顔のタルト。
「ほんと、あの頃とは違うのね~?あなた、あの頃は怯えた顔がとっても可愛かったのに~」
「お前、まさかあの仮面の……!?」
意味深に笑うだけのマゼンタ。
「答えろ!!あの日、トルテをつき落としたのはあいつか!お前か!!」
「あぁ、今行くわシアン……最期まで偽りの双子だったけど」
待て―と言う前に、マゼンタは自害した。
タルトの腹を巻き込むように剣を貫いて。
「タルト!!」
「あ……ぐ……」
頭に血が上っていて防ぎきれなかったタルトは、そのままぐったりと倒れた。
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