第4話 日暈の国

しばらく進んだ後、先に倒れている人影を発見する。


「大丈夫?お水飲む?」

「ふぇぇ……暑い……」


とりあえず、リューコが青年の口に水を注ぐ。


「ぶはぁ!生き返った……」

「君は一体……どうしてこんなところに?」


メガネをかけた、長いプラチナブロンドの髪を三編みにした優男っぽい青年。

瞳の色といい髪の色といい、ラッセルに似ている。

ラッセルは王都出身だし、王都から来た人間かもしれない。


「いやぁ、領主の許可がもらえてここに来られたのは良いんだけど、持ってきたお水全部飲んじゃって……」


話が微妙に通じないというか、聞いているのはそこじゃないと話す。

素性とここにいた理由を知りたかったのであって、行き倒れていた理由は聞いていない。


「あ、ここにいる理由と俺のこと?まぁそこは秘密かなぁ」


とても怪しいが、放ってもおけないので一時的に同行することに。

どうやら彼も精霊と契約しているらしく、戦力にはなるとのこと。

しばらく進むと、見覚えのある黒髪の少女がラッセルと共に待ち構えていた。


「あんさんは誰やの?さっきはおらんかったけど……まぁえぇか。お上の命令に支障はないやろうし、まとめて倒したろ!」

「そうはいかない。俺は弟を諦めるわけにはいかないんでね」


背中にしょっていた大剣を構えると、冷気がブワッと流れ出てくる。

その力があるなら行き倒れずに済んだんじゃ……と思ったが、水を飲んだから回復したとは本人談。


「ま、俺の技はちょっと時間かかるから、時間稼ぎしてよ!」

「カッコつけといて結局人任せ!?」


とにかくこの男を守りつつ、時間稼ぎをしなければいけなくなった。


「じゃああたし一番乗り!」

「あらぁ、元気やねぇ……でもそんなわかりやすい攻撃、簡単に避けられるで?」


タルトのまっすぐな攻撃は、言葉通り簡単に避けられた。

だが、畳み掛けるようにレオが殴りにかかると、少しだけかすったようだった。


「知らねぇのか?あたしらは一人じゃない」

「ま、そういうことだね」


だが、相手の余裕は崩れていない。


「この子がどうなってもええのん?人質おること忘れてはるやろ?」

「くっ」


タルトとレオの攻撃がピタリと止まり、むしろ吹き飛ばされてしまう。

どうしたらラッセルを助けて、あの怪しい男を守りつつ時間稼ぎをすればいいのか。

そんなことを考えている時、フローネはなおも冷静に戦況を見ていた。


「ラッセルのことなんて良いじゃない。それより、まだ貴方の名前を知らないわ」

「うちの名前?そやなぁ、冥土の土産に教えたろか……花燐。追憶・花燐や。よろしゅうなぁ」


にっ、と笑いながらそう答えると、さらに言葉を紡ぐ。


「妖怪って知っとる?妖の中でも怪しいって書く……それがうちや。昔は人間やったんやけどな。ちょっと色々あってこんな姿や」


そう言うと、左腕の裾をまくる。

そこにあったのは、黒いカラスのような異形の腕。

タルトは目を見開き、セレナに告げる。


「契約するぞ、セレナ」

「……!でも、何故?」

「いいから!」


させない、と鎖鎌を操り妨害しようとする花燐。

それを防御するレオと援護するフローネ。


捧げしは我が願い、求むるは己が力

今この刻より、汝の器となりしはタルトレット・メルクリス

この世界真に救いたくば 我が呼び声に応えよ、シルフィード!


そうして契約した姿を見て、花燐はラッセルを投げる。


「うち、興が冷めたから帰るわぁ……ほなさいならー」

「あ、待て!」


そうして花燐には逃げられてしまったが、ラッセルは助かった。

だが、何やらキルトの様子がおかしい。


「え、花燐逃げたの!?どうしよう、発動しちゃうよ……」

「えぇ……空振るの……?」


どうやら詠唱が終わったらしい。

このままだと、火山に何か悪い影響があるかもしれない。

よもやと思ったその時。


「皆、俺の後ろに!」


大剣から繰り出されたのは特大の冷気。

そして氷、氷、氷。

かくして火山の異常はなんやかんやで収まり、青年とやっと落ち着いて話すことができた。


「俺の名前はキルト。ラッセルのお兄ちゃんだよ!」

「えぇえええ!?」


ラッセルが尻もちをついて震えながら指を指している。


「ラッセルが一番驚いてるんだけど……」

「ま、小さい頃に家出たからね……覚えてないでしょ」


まさか、ラッセルに兄がいたとは思わなかったタルトとレオ。

そして、なんとなく覚えていたがあまり気に入らないので黙っていたフローネ。


「とりあえず、戻りましょう。暑さが和らいだっていっても、長居はしたくないし」

「そうだね。本来の目的は鍛冶屋だし……」


それなら場所を知っている、と案内したのはキルト。

何かと怪しいので信用できるかわからないが、まぁいざという時はこちらの方が多勢なので大丈夫だろう。

そうしてしばらく歩いて、真雁鍛冶という看板のある建物に着いた。

キルトは案内したからこれで…と、どこかに行ってしまった。

カウンターには店番をしている少年がいて、頬杖をついてぼーっとしていた。

声をかけようと思い近づくと、奥から少女が出てきて少年を小突く。


「コラァ瀬治!ぼさっとしてないで仕事しな!!すみませんねぇお客さん、こいつぼさっとしてること多くて」


ニコニコと接客する少女にちょっと気圧されそうになりながら、ラッセルは木刀を見せる。

ふとそれを見た少女は、率直な感想を漏らす。


「お客さん、そないなもん見せてどうされたんです?木刀の整備はちょっと専門外……」

「や、これに変わる武器を探してて……」

「あぁ、そういうことなら任せて下さいな!こちらの刀なんかどうです?」


鍛冶屋の少女とラッセルが話している間、レオは鍛冶屋のペットであろう鳥を見つめていた。

真雁という店名なので、雁でも飼っているのだろうか。

それにしてはカモっぽくないというか、かっこいいので違う気がする。


「お客さん、鳥好きなんです?」

「えぇと、瀬治くんだっけ。この鳥はなんて名前なの?」

「呼び捨てでいいよお兄さん。この鳥は鷹。ちょっとケガしてたから治療してたら懐いちゃいましてね?

かっこいいでしょ?でも最初はちっちゃくて可愛くてね!」

「あ、瀬治くん……後ろ後ろ」

「あ」

「ぼーっと店番した次はお客さんにペット自慢か瀬治!えらい楽しそうやな、ねーちゃんも混ぜてくれへんかアァン?」

「ごめんなさい!堪忍して!!」


かくして瀬治は姉にこってり絞られたもよう。

そしてラッセルはというと、良い刀を見つけたのだがお金が少々足りなかった。


「なんだか困ってるみたいだし、条件つきで安くしたってもええで?」

「それって……」

「お客さん、旅してきたんやろ?じゃあ、うちの子のエサになるような肉、持っとるやろ!それを譲ってくれるならってことで」

「え、それだけ……?」


これは重要なことだ、と縁子というらしい店主は言った。

いつも取り寄せるのに苦労しているから、タダでくれるのならお金の代わりにしても良いという。

ラッセル達は顔を見合わせて、もちろん!と答えた。


「毎度おおきに!大事に使ってや!」


鞘に入った日本刀。それが新しいラッセルの武器となった。

こうして武器を新調したラッセル達は、次なる目的地を宿屋で決めることに。

ひとまず、分かれると相談ができないので広間で話をする。


「次はどこへ行こう?どこか気になるところはある?」

「うーん、聞き込みする時母さんのことも聞いたけど、そんな人は見てないっていうし」

「そういえば、ラッセルの目的って何だったの?」

「まぁ、タルト達に着いていきたいっていうのもあるけど、気になることがあって……」


話すのを迷っていたが、目的地があやふやになってきた今言うべきかもしれない。


「おれが小さい頃軍人に連れて行かれた、母さんのことだよ」

「!?」


レオは驚いているが、幼馴染の姉妹は思ったとおり表情が暗くなってしまった。

比較的近所に住んでいる幼馴染だ。

知っているのは当然といっても過言ではない。


「あれから随分と経ったわね……」

「その場にいたわけじゃないから気になってたんだけどよ、どこの軍人なんだよ、そいつら」

「王都……だと思う」


ラッセルの故郷である王都リュミエラ。

シンセアデル、ルミネコリト、リュミエラを有する国家エルダンジュにおいて、一番大きな都市だ。

軍人に連れて行かれたということは、母親は何か悪いことをしたのかもしれない。

でも、息子として母親を信じたい。

その想いが、今まで葛藤をうんでいた。


「きっと何か事情があるんだ。おれはそれを知りたい」

「そもそも、なんで父親もいないんだ……?あたし見たことないんだけど」

「ちょっとタルト……!」

「いいんだ、フローネさん。おれも父親のこと、見たことないし覚えてない」


父親のことを頑なに話さなかった母親、母親代わりにと押しかけてきたクレア先生。

なんとなく今までうやむやにしてきたことを、はっきりさせてしまいたい。

それが、おれの旅の目的のひとつだから。


「じゃあ、明日の朝に出発ね!」

「まぁ、今日は英気を養うといいヨ」


そうして、目的地が決まったのでそれぞれの部屋に行く。



*



「あんた、好きな人はいる?」

「なんだよ、藪から棒に」

「私はいたのよ」

「今はいないのカ」

「きっとキルトって奴のことよね!あの怪しい人見る時だけ意味深だったもの!」

「……あ、セレナがやられた!この人でなし!!」

「や、やられていないわ!」


こうして、女性陣の夜は更けていく。



*



「この前の続きなんだけど」

「なんのこと?さ、風呂入ろう!」

「あ、ラッセルから降ったのにずるいぞ!」

「はふー、良い湯だなぁ」

「この旅で筋肉ついた?ラッセル」

「そういえば、先生にはモヤシって言われてたけど……たしかに。でもレオほどじゃないよ」

「あはは、ありがとう!」

「(忘れてくれたかな…)」


こうして、男性陣の夜は更けていく。



*



リュミエラに行くには、また船に乗らなければいけない。

しかも、定期便はルミネコリトにしか出ていないのでまた領主の許可が必要だ。


「またあの子に会いに行くのか……」

「もしかして、苦手?」

「そんなことはないけど、どうにも手厳しそうで……なんていうか、ちょっと怖いんだよね」

「それを一般的には苦手っていうのよ」


たしかに、おれはあの妖精族が苦手だ。

でも、それはなんとなく認めたくないというか。

同時に、あの妖精族に認められたいと思っているというか。

努力して強くなれば認められる?それとも何か先天的なものが必要?

そんなことを考えている内に、城に着いてしまった。


「で、なんで部屋じゃなくて入り口にいるのよ」

「憐火峰の問題が解決したと報告がありましたわ!これでまた領主の仕事を大臣に任せて出歩けますわ!」

「なんて酷い領主だ……」

「む、そこな少年!武器を新調しましたのね!まぁそれなら戦えるんじゃなくて?ついて行ってもよろしくて?!」

「あの、王都へ行きたいので許可を……」

「そこなお前、そう、耳を拝借……」


その辺の門番を引き止めて、フィーナは何やらこそこそと話している。

門番は困惑しながら承諾したらしい。

城の中へと入っていき、代わりの門番が来た。


「大臣には伝えておくから、許可が下りますし木札を持ってこさせますわ!」

「なんつー人使いの荒い精霊……!」

「なんですの少年!契約して差し上げませんわよ!?」

「誰が契約したいっていったんだ!」

「何ですの少年!生意気ですわ!!」


ぎゃあぎゃあとうるさくケンカしていると、フローネとリューコに小突かれた。

こうして、また仲間が増えて旅がにぎやかになった。



*



「ていうか、フィーナは女の子だからこっちの部屋なのでは?」

「まぁ、契約者候補があちら側だし……」

「妖精族は基本的に無性別ヨ?」

「女の子だとばっかり……」

「ま、可愛いは正義だから!」

「てことは、ちっちゃい男の子と今まで同じ部屋で過ごしていたという見方も……?」

「いや、それはない」


かくして、船旅の夜はふけていく。



*



「フィーナはあっちの部屋だろ」

「(以下省略)」

「いや、姿も口調も女の子じゃどっちみち気になるよ……」

「やれやれ、人間はこれだから面倒なのだ。これで良いのか?」

「髪がショートカットに!」

「口調がちょっと男っぽく!」

「でもワンピース!!」


この後めちゃくちゃフィーナに焼かれて焦げた男性陣であったが、夜はふけていく。



*



「さて、王都……の近くの港に着いたな!」

「まだかかるのか……」


そう、王都は港町ではない。

近くの港から歩いて行くしかない。

お金を払えば竜車に乗っていけるが、刀を買った後なのでスカンピンである。


「魔物……倒すか」

「お金落とすでしょ」

「レベルも上がるし」

「メタ!!」


こうして、湿原を超えていくと王都に着いた。


「なんか、じめじめして嫌な感じだったな……」

「仕方ないでしょ、あそこ超えないと王都には着けなかったんだから」

「回り道したら時間かかっちゃうもんね……」


とりあえず、いきなり王宮に乗り込む訳にはいかない。

いつものように聞き込みをすることになった。


「いつも通り、収穫なしか……これだけの街だし、通っていったかもしれないと思ったんだけど」

「しかし、にぎやかだな。シンセアデルと違って建物も多いし」

「そうね…あ」


茶髪のウェーブヘア、髪は短いがどこか似ていると思った。

サングラスをしていて、品の良い服を身に着けていた。

でも、気のせいだろうとそのまますれ違った。


「姉貴?」

「いや、何でもないわ」


すたすたと歩みを再び進めると、女性はこころなしかこちらをちらりと見ていた気がした。

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