第3話 風の精霊
ひとまずはリューコが起きるのを待つか、と宿屋を探そうとする。
が、レオに引き止められる。
「忘れ物だよ?これ」
「ん?あたしのじゃ……」
「いや、君にあげろって頼まれたものなんだよね」
はてと思いつつ、助けてもらった恩もあるし、悪い人ではないだろうと受け取ることにする。
すると、一陣の風が吹いた。
するりとタルトのリボンがほどけ、風にさらわれる。
「あ!待てっ」
タルトがそれを追って走り出すと、ラッセルとレオが慌ててさらに追いかける。
フローネは、はじめての浄化で魔力を使ったようで走れないらしかった。
「ま、あの二人なら何とか……ラッセル?」
戻ってきたのはフローネを一人にするなという理由だったが、追いつけなかったから戻ってきたということにした。
当然のことながら、フローネさんには怒られた。
*
「あれ、ここシンセアデルじゃん。平原抜けてきたのか……」
「全く、リボンが行っちゃったからって……あれ、もしかして……」
リボンは掴めたが、気づけばラッセルの家があるシンセアデルにいた。
何を考えているのか知らないが、渓谷に行こうと言い出すレオ。
あまり奥に行くと危ないから止めようとしたが、どうしてもだという。
あの場所にはあまり良い思い出がないが、しかたない。
「ここに一体何があるっていうんだ……?」
「この辺で待とう、風の精霊が起きるのを」
精霊とは、妖精族のことだろうか。
そういえば、リューコも水の精霊とか言ってたっけ。
「リューコみたいな奴がまだいるのか……?」
「そうだね」
その水晶の中に、セレナが眠っているんだとレオは言う。
「セレナ?」
「風の精霊の名前さ。ちょっと前に僕を助けてくれたんだけど、原祖の力がなくて無理しちゃったから倒れちゃったんだ」
わからないことが多すぎて何を言っているかさっぱりだが、とりあえずセレナという風の精霊をここで起こせるのかもしれない。
とりあえず、水晶を指でコンコンと叩いてみる。
「わ、そんなことしたら……」
黄緑色の何かが顔を直撃する。
どうやら髪の毛だったらしい。
ポニーテールで殴られたのか。
「レディをそんな荒々しく起こすなんて、信じられない!余程育ちが悪いのね!」
「な……何すんだ!いてぇだろ!」
黄緑色の髪、空色の瞳、白と紫のフリルスカート。
頬を膨らませて怒っている様子だ。
「ま、ここに連れてきて回復してくれたのは感謝してるし、すっきりしたから良いわよ!特別に許してあげる」
「こ、こいつ……!」
「まぁまぁ、これで契約できるし……」
そもそも契約とは何なのか。それがわからない。
姉が復唱させられていたあの言葉がなんとなく気にかかるが、力は欲しい。
「悩んでるみたいだし、別にいつでも構わないわよ?この子が信用できるとわかってからでも遅くないわ!」
「くそ……こいつ……」
「まぁまぁ……」
とりあえず、姉と幼馴染を置いてきたので心配させているだろう。
レオとセレナと共に、来た道を戻ることにする。
*
「何この子」
フローネさんの第一声はそれだった。
セレナが怒鳴ろうとするのを抑えながら、リューコが紹介する。
「よろしくね、セレナ」
「よろしくしてやってもいいわよ!」
フローネの目つきが悪くなったのを見て、やはり姉妹だなぁと思うレオであった。
「ところで少年!」
「おれ?」
「そんな木の棒が得物で恥ずかしくないの?鍛冶屋に言ったほうが良いんじゃない?」
どうにも言い方が気になるが、流石に精霊とケンカはしたくないので穏便に済ませることにする。
そんなラッセルの姿を見て、ほっとしたのはレオだった。
「うぅん……」
「とりあえず、リューコが起きそうだから浄化を頼んでみよう」
しばらくしたら、案の定リューコが起きた。
「ふぁ……おはようだヨー」
浄化を頼んで街で聞き込みを手分けして行ったが、どのヒントも見つからず。
ただ、腕の良い鍛冶職人が海を超えた先にいるらしいという噂だけが集まった。
「真雁のせがれが継いでるって噂だけど、本当カ」
「さすがに精霊の年齢からしたら何代目かになってるんじゃ……」
おれは余計なことを言ったらしく、リューコとセレナに一斉に睨まれた。
そういえば、と話題をそらす。
「レオって誰か精霊と契約してるの?すごく強かったけど」
「あぁ、フィルチカっていう地の精霊さ。原祖はノームっていうんだけど、その」
すごくシャイだから地下にいるんだ、と笑う。
どこか寂しそうに答えるその姿に、あまり詮索しない方がいいかもしれないと判断する。
「そっか……それで、さっき言ってた鍛冶屋ってどこにあるの?どうやって行くの?」
「日暈の国だネ。ここは港町……船を使って行けばいいヨ」
船と聞いてワクワクしているのは、ちょっと田舎者っぽくて恥ずかしい。
そういえば、幼馴染の姉妹はともかく、レオのことはあまり知らない。
船旅の間、それとなく聞いてみるのもいいかもしれない。
*
「気持ち悪ィ……」
「タルト、はしゃぎすぎるから……」
海に吐いているタルトの背中をさすって、気持ちを落ち着かせる。
彼女のこんな姿は初めて見たかもしれない。
「悪い、手間かけさせた」
「大丈夫?もしかして、乗り物酔いしやすい……?」
「さぁな。あースッキリした!もうちょい遊ぶか!」
「これにこりて休もうよー!」
そんなラッセルとタルトを見守る人影が二つ。
「子供は元気ね」
「君も子供でしょ?僕はもう大人だけど」
「あら、大人を自称してる大人なんて子供みたいなものでしょ?」
「何その暴論……自分は大人みたいな言い方してたくせに」
むっとして睨まれたが、結局のところ皆子供なのかもしれない。
まぁ、20歳というのは大人の年齢なので大人といえはするのだろうが。
それにしても、フローネはちょっと大人っぽい。
あまり認めたくはないが、精神年齢は結構上なのかもしれない。
しかし、女性に年齢を聞くのも失礼な気がする。
「まぁ、私は19歳だから子供ではあるわね。貴方は?」
「20歳だよ」
「年上だったのね……ごめんなさい、てっきり年下かと思ってたわ」
「あーいや、別に謝らなくてもいいよ。僕も君の年齢の方が上かと……痛いいたい!」
思い切り足を踏まれた。
フローネの靴にヒールはなさそうだったが、いかんせん自分の靴がサンダルなので痛い。
そうこうしている内に、夜が近づいている。
「そろそろ寝室に行きましょ。ちゃんと男女で2部屋とったから、安心して寝るのよ」
「という訳で、また明日ね」
ラッセルとレオ、タルトとフローネに分かれて部屋に行く。
精霊たちは、幸いコンビと一緒にいれば問題ない構成になった。
*
「ていうか、狭くない……?妖精族がチビだからって油断してただろ姉貴!」
「別に気にならないけど?」
「あなたも人間にしてはチビじゃないかしら!」
「何をー!?」
「やかましいネ……」
こうして、女性陣の夜はふけていった。
*
「ねぇ、レオの故郷ってどこなの?」
「ヴィンセリオっていうところだよ」
「へぇー!知らないところだ……今度行ってみたいなぁ」
「……そうだね、その時がきたら案内するよ」
「うん、お願い!……ところで、レオって好きな子いるの?」
「えぇ……そろそろ寝ようよ」
「あ、話題そらそうとしてー」
「じゃあ、ラッセルの好きな子当ててあげようか?」
「寝よう!おやすみ!!」
こうして、男性陣の夜もふけていった。
*
「おはようー」
「なんだか暑くない?」
夜が明けてしばらくして日暈の国についたらしいが、やけに暑い。
こういう国なのだとしても、この暑さは異常なのではなかろうか。
船を降りて、とりあえず聞き込みをしてみる。
どうやら、この気温は地元民からしても暑いらしい。
しばらく行った先にある火山の様子も怪しいので、不安が渦巻いているとのこと。
とりあえず、件の鍛冶屋を目指して歩く。
「すみません、この国に腕の良い鍛冶職人がいるって聞いたんですけど」
「あらー、えらい可愛らしい男子!でもちょっとなまってはる?もうちょい近う寄って、ゆっくり喋ってくれはると嬉しいわぁ」
ラッセルは、相手の言葉通り素直に近づく。
「……!いけない、ラッセル!」
「遅いわぁ」
どこからともなく鎖鎌が出てきて、あっという間に拘束されてしまった。
一瞬何が起きたのかわからなかったが、どうやら敵に捕まってしまったらしい。
首元に突きつけられた鎌が怖い。
「この子の命が惜しかったら、憐火峰の火口まで来るんやね。ふふっ」
「待て!!消えた……くそっ!」
タルトが悔しそうにしていると、セレナが駆け出そうとするタルトの足を掴む。
「何すんだ、離せ!」
「あの火山に行くには、領主の許可が必要なの。それに、道わからないでしょ?落ち着きなさい!」
ぐっと杖を握りしめ、口をつぐむ。
タルトがある程度落ち着いてから、城に向かう一行。
門番の制止をリューコの顔パスで振り切ると、早速対面となった。
「貴方は……」
「久し振りですわね、小童共。わたくしは日暈の国の領主、日暈・和。
……というのはこの国での名前。貴様らの国ではフィーナと呼ばれている火の精霊ですわ」
眠っている間は誰が代理をしていたのかとか、なぜ火の精霊が領主をしているのかとか、色々気になる。
が、今はそんな場合ではないので火山へ行く許可をもらう。
「……事情はわかりましたわ、許可しましょう。この木札を持っていくと良いのですわ」
こうして、火山の入り口へと向かう。
通せんぼをしている軍人がいたが、木札を見せたら通してくれた。
「さて、あいつをぶっ倒してラッセル助けに行くか!」
「ワタシが一定時間結界を張れるけど、しばらくしたらダメージを追ってしまうヨ。気をつけるネ」
かくして、一行は火山の火口へと向かうことになった。
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