正義令嬢キャッシュ・レス

シイカ

正義令嬢キャッシュ・レス誕生!


 お金持ちであることしか取り柄がない令嬢キャッシュ・レスはある日、テレビでヒーロー番組を見ていて

「私も困った人の助けになりたいな……」と思った。

 しかし、キャッシュはヒーローみたいに力もないしと悩んだ。

『君の得意なことで人を助けるんだ』

その日のヒーローの言葉にキャッシュは感動した。

「私にはお金があるわ! お金で人を救うのよ!」

 正義令嬢キャッシュ・レスの誕生である!


 キャッシュは早速、メイドコールでメイドのメイを呼びつける。

 メイドコールはメイドを瞬時にワープさせるスイッチなのだ。

 メイはご飯を食べていたらしくお茶碗とお箸を持っていた。

「キャッシュ様、今食事中なのですが」

「こんな時間に食べてる貴女が悪いわ」

「今が休憩時間なんですよ」

「私、今日からヒーローになるの!」

「なれば良いじゃないですか」

「メイ、貴女信じてないわね」

「この前はアイドルになりたいって言ってたじゃないですか」

「アイドルは歌って踊って芝居が出来て、顔が良くて、SNS人気も必要で大変そうだからヒーローになるの」

「ヒーローはもっと大変だと思うなー……」

「今日のヒーローで得意なことで人助けをしようって言ってたからお金で人助けをしたいの」

「ならアタシに給料くださいよ」

「貴女は買い取りだから」

「なんで実家の家族が1000億貰ってウハウハなのにアタシは街一番の金持ちの下働きで一文無しなんですか」

「買い取りだから」

「あんまりっすよ」

「とにかく人助けしたいの」

「この街でお金に困ってる人はあんまりいないと思うんだけど」


 そうキャッシュ・レスたちが住んでいる街『マネーバブルタウン』は億越えのお金持ちしか住めない街なのだ。

 真のお金持ちは億を千円のように使い、千円札を滅んだものと思いこんでいるのだ。

「イチオ区ならお金に困ってそうじゃない?」

 イチオ区。1億円程度の資産ではこの街だと貧乏に部類される。

「たしかに1億を維持するので精一杯でいつこの街から追い出されるかビクビクはしてそうですね」

「100億くらいあげれば平気かしら?」

「でも、街のルールで自分より金持ちからお金をタダで貰うのは恥とされてます。そう簡単に受け取りませんよ。人にはプライドがあります」

「それもそうね。貧民街はどうかしら? あそこは無法地帯でルールもないし、困ってる人もいっぱいいるわ!」

「まあ、そうですが……助けるに値する人間がいるかどうか」

「早速、行ってみましょう!」


「ここが貧民街!」

 廃墟としか思えない家ばかり並んでいる貧民街は常にキラキラと輝いているマネーバブルタウンとは大違いだ。

 キャッシュは初めて見る場所に興奮していた。


「うわ……アタシが住んでいた頃より酷くなっている……」

「まるでお化け屋敷ね!」

「なんだおめぇら!!! 金持ちが来るところじゃねぇぞ!!!」

「私はヒーローです! 困ってる人を助けに来ました!」

「この街で困ってねぇ奴はいねぇよ! みんな困ってるんだよ!」

「全員を助けるのは不可能なので、一日一人助けることにしました。助けて欲しい人はこのメイドを倒してください!」

「勝手に来て勝手言ってんじゃねぇ! どっちにしろ金持ちは嫌いだからぶん殴ってやる!」

 モヒカン男がメイに拳を上げた瞬間、男は倒れた。

「手加減して四発にした」

「何を言って……がぁッ……痛ッテェェェェエエエエエエエエ」

 男は突然、顔を抑えだし地面に転がった。

 男の顔が一瞬にして腫れあがり、前歯も折れてさっきとは違う形に変わっていた。

「お見事ね、メイ。モヒカンさん、メイは貴方より速く顔面にパンチを入れたのよ。四発だけね」

「お前ら人助けしたいんじゃないのかよ!!!」

「だから最初に言ったじゃない。助けて欲しい人はメイドを倒してくださいって。全員を助けるのは無理ですもの」

 集まってきた人間たちは一斉に逃げ出した。

「変ね。みんな助けが必要じゃないのかしら?」

「キャッシュ様、もう戻りましょうよ」

「あら? 助けが必要そうな子がいるわ」

 メイの前に小さな男の子が震えながら立っていた。

「倒したら……助けてくれる?」

「ええ、そうよ。メイ?」

「はい」

「えーい!!」

 メイの腹に男の子の拳が当たった。

「うわ! まいった! 降参!」

 メイは尻餅をついて、両手をあげて負けたとポーズを取った。

「あらあら、メイったら鍛え方が足りないんじゃなくって?」

「ええ。最近サボってましたからね」

 そういうキャッシュとメイの横で男の子が涙をこらえて腕を抑えていた。

 それもそのはずメイの腹筋は鋼と噂されているほどなのだ。

「メイに勝った少年? 貴方は何を助けて欲しいの?」

「死にそうなじいちゃんの願いを叶えて上げてほしい……」


           ◇

「なるほど、これは確かに死にそうね」

「失礼ですよ」

「それで貴方は何を助けて欲しいの?」

 老人は少年に耳打ちした。

 少年はそれを聞き入れ、キャッシュたちに伝えた。

「じいちゃん、ステーキを食べたいって」

「ステーキ? そんなことより医者が先じゃないの?」

「メイ、助けて欲しい人のお願いを否定は良くないわ。ステーキね。どんなステーキが食べたいの?」

 老人はさっきと同じように少年に耳打ちした。

「えっと、野郎屋ステーキの300グラムステーキ脂身たっぷり」

「わかったわ。メイ。 早速、おじいさんと少年を野郎屋ステーキへ連れて行きましょう」


「ああ……旨いな……へへ……懐かしい味だ……もう食べられないかと思ったよ……」


「お名前を伺っても良いかい?」

「私はキャッシュ・レス……正義令嬢キャッシュ・レスよ!」


「へへ……正義令嬢か……世の中捨てたものじゃないな……孫を頼みます……」



「私の家で住み込みで働かない? 教育も受けられるし苦労はかけないわ」

「ありがたいけど、俺はこの街で生きていくよ。あのキラキラした街には自分の力で行く」

「そう。でも、さすがに子どもが無一文は危ないわ。これを」

「これは?」

「換金したら5000万円になる宝石。いざというときに使いなさい。あとおじいちゃんの口座、こちらで手続きやっといたから銀行に行くと良いわ」



「あの少年を貧民街に残して大丈夫でしょうか?」

「大丈夫よ」


 少年が家に戻ってきたとき大柄な男が待ち構えていた。

「おいガキ! 金持ちから大金貰ったんだろう!」

「うわ!」

 大柄な男が少年の胸倉を掴もうとしたとき、腕を別の男に掴まれていた。

「あ? なんだてめぇは!?」

「悪いが、あのお嬢様にその小僧のボディーガード頼まれてんだ。悪く思うなよ」

「ぐぼぉ……!!!」

 顔を包帯だらけにしたモヒカン男の顔面を殴った。殴った拳の中には札束が握られていた。


「ふー……。でも良いことをした自覚ないわね。お金も一億円もかからなかったし……」

「いえいえ、ありがとうって言ってもらえるのは良いことをした証拠ですよ」

 

 キャッシュ・レスたちはキラキラと光り輝くマネ―バブルタウンの中でも一番輝いて一番大きい屋敷へと帰っていた。

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