第03話 今昔、報道は、信じられない。

 豊臣方内部では、徳川への不満が日増しに積もっていく。それは、剥ぎ落された財力を搔き集めてまでの兵士の募集と繋がっていく。

 家康は、京都所司代の板倉を始め、半蔵の配下などの力を借り、「非情な豊臣」「張りぼての豊臣」「この度は許されたが、二度目は地獄を見る」など、酒場や寄合場所で風潮し、豊臣方の兵の募集を阻止した。

 内通者や密告者から豊臣勢力の集会を聞き出し、水際策として容赦なく斬り捨てた。豊臣派の主なる大名たちにも京都所司代の板倉を通じて、家康の意向を強く伝え、自粛を促した。

 対抗するように「一度敵方に就いた者を家康が許すはずがない」という噂が、諸大名や兵を疑心暗鬼の沼へと引き込んでいた。


 豊臣方は、冬の陣で忠誠が薄れた諸大名に、勝利の暁には、高待遇で応える趣旨の覚書を提示してまで増兵に努めていた。


 幸村は、豊臣方の必死とも思える増兵を他人事のように、敵であった甥たちや旧友に会ったり、姉・村松殿や村松殿の夫・小山田茂誠、長女・すへ(または菊)の夫・石合十蔵へ手紙を書いたりし、平穏な日々を過ごしていた。しかし、心情は穏やかではなかった。村松殿への手紙には「明日はどうなるかわからない状況ですが、今は何事もありません」との一文があり、石合十蔵への手紙にも「我等は籠城の上は必死の覚悟でおりますから」と、幸村は家康への警戒を緩めないでいた。


 幸村の懸念は4月6日、家康の大坂城を攻めるという宣言で現実になる。難攻不落はもう昔の話、大坂城を包囲し勝利を確信した家康は、家臣の忠告を無視し、鎧着用を拒否し、物見遊山の如く振舞っていた。


 徳川軍155,000に対し、豊臣軍78,000。


 野戦では兵の数がものを言う。豊臣軍の勝ち目など絶望的なことだったが「我の目指すは、家康の首を討ち取ること。他に何事もなし」と幸村は、全く気に掛けていなかった。

 野戦にて奇襲を掛ける策を推奨していた幸村だが、寄せ集めの軍団に統率力はなく、却下されていた。今は、無策の豊臣方。頼みの城の防御機能もない。徳川に一泡食わせた真田軍に異議を唱える者も賛同して戦う能力を持つ者もいなかった。孤独な戦いは寧ろ、邪魔な横槍が入らない事を意味していた。


 大坂城攻め宣言の少し前、家康は畿内の諸大名に大坂から脱出しようとする浪人を捕縛すること、小笠原秀政に伏見城の守備に向かうことを命じていた。4日、家康は徳川義直の婚儀のためとして駿府を出発し、名古屋に向かった。翌日に豊臣方の大野治長の使者が来て、「豊臣家の移封は辞したい」と申し出ると、常高院を通じて「其の儀に於いては是非なき仕合せ」(そういうことならどうしようもない)と答え、6日および7日に「再び、豊臣と合戦、あい交えるぞ」と号令を掛け家康は、諸大名に鳥羽・伏見に集結するよう命じた。


 大坂城では和議に対する異論が激化していた。主戦派の幸村は、野戦を訴えていた。しかし、大野治長は、寄せ集めの軍で、真田軍のような統制がとれない、と譲らなかった。5日、大坂城桜門付近で実弟の治房の刺客と思われる者に治長は、襲撃される。幸い、怪我で済んだが和議に尽く失敗し、徳川有利に戦況が進む責任の全てを治長は負わし治房は、幸村と同じ主戦派で野戦による戦いを押した。


 開戦は避けられないと悟った豊臣方は、金銀を浪人衆に配り、武具の用意に着手した。埋められた堀を修復する裏で、和議による一部浪人の解雇や、もはや勝ち目無し、と見て武器を捨て大坂城を去る者が出始め、治長が懸念していたように、豊臣軍の足並みは、足元から揺らいでゆく。

 幸村・治房ら主戦派が実権を握ると、総大将の首を討つ機会のある野戦に全ての望みを託した。


 家臣の豊臣家に仕える鬱憤から織田家の織田有楽斎が大坂城を退去する。内通者であることが明白になる前に「豊臣の大将にしろ」と、暴言を吐き、認められない事を大義名分として戦列離脱を成し遂げる。


 家康が、徳川義直の婚儀が行われる名古屋に入った頃、徳川秀忠は江戸を出発。家康は18日に二条城に入った。

 関ヶ原の合戦で苦汁を舐めた秀忠は「私が大坂に到着するまで、何卒、開戦を待たれるように」と、藤堂高虎に家康への伝言を託し翌日、秀忠は、家康・本多正信・正純父子、土井利勝、藤堂高虎らと二条城での軍議に漕ぎつけ安堵した。重鎮からの忠誠心のなさを秀忠は、肌に感じていたからだ。


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