第3話 転
それから老人と2人で土鍋を囲んで語り合った。
長政は彼女に振られたこと、親友を失ったこと、仕事も何もかもが億劫になって全てを投げ出してパチンコに行くようになったことなどを話しながら酒を浴びるように飲んだ。
そして、急に泣き出してしまった。
「そうか、そうか。そんなことがあったら何もかもが嫌になるな。青年。君の気持ちは痛いほど伝わってくるぞい。まあ飲め」
「ありがとうござい…ます」
長政は涙を拭いながらビールの缶を1つまた貰った。部屋中がビール缶で溢れかえった。
「青年。これからも色んなことがまたあるかもしれんが生きていけば色んないい事も起きるんじゃぞ?ワシなんかも青年と同い年くらいの時に同じように彼女に振られてしもての。まあ当時の彼女が言うには『将来が約束されない男とは付き合えない』だった、のぅ。ワシも自分が情けなくて泣いた、のぅ。当時は戦後の動乱期じゃて、約束された将来なんぞ高望みでしか無かったけれど、のぅ。まあ同じじゃな。ただな、不思議なことにワシにも神さんみたいなものが出てきての。今でいう、青年にとってのワシじゃの。その人が『一遍死んでしもたぁ、思ってまた、新しく生まれ変わりんさい。何かあったとしても尚、前を向く人に道は開かれる』言うて、ワシに金を持たしてくれた。ワシはその金を元にしての。奮起したんじゃ」
老人はビールをやめて茶に切り替えて、しみじみと啜っていた。そして、ゆっくり立ち上がると奥の部屋にいった。
長政はゆっくり噛み締めるようにその話を聞いて、ただ、老人の暖かさに心がただ震えていた。
老人が封筒を手に戻って来るのを見ると、長政はどうしていいかわからなかった。
「ほれ、これな、20万入っとる。これで何とかしてみんさい。故郷に帰って再起を図るもよし、ここでまた戦い始めるのもよしじゃ」
「戦い?」
長政は不思議な顔をした。
「そうじゃ。長い人生は戦いじゃよ。途中で歩くのをやめてしまったら、どこにもたどり着くことは出来ない。青年。これはギャンブルかもしれん。ワシのワガママじゃ。でもな、1人の青年がまた立ち上がれるならワシはいくらでも出すぞ。その1歩目がこの20万じゃ。受け取りんさい」
長政にとってはまさに神の思し召しのような感覚だった。1度死んでしもたと思ってもう1回生まれ変わった気持ちで生きていこうと、長政は決意した。
老人は茶を啜って、
「さあ、明日も早い。寝るぞ青年」
と言った。満面の笑顔だった。
長政は泥のように眠った。久しぶりの安眠だった。
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