第91話 メイス?

「どんなのが来るんだろうな……」


 待ってて、とだけ言い残してエトナは工房の奥へと引っこんでしまった。

 俺が彼女に出したオーダーはただ『対スケルトン用の武器がほしい』とだけ。

 あとは鈍器による打撃ダメージの効きがいいらしいので、それも伝えたっけか。

 

 俺がひとりでちまちま攻略するなら剣で無理やり押し通すやり方も無しじゃないんだが、今回は要警護対象が二人も同伴する。

 むやみに戦闘を長引かせたくないし、敵の始末をすんなりできなきゃその分だけ危険も増すよな。

 

 なんてことをぼんやりと思っていたら、エトナが戻ってきた。

 その腕に抱えているのは武器ではなく、分厚く巨大な一冊の本だった。

 

「これは図鑑」


 エトナはどすんと大きな音を立ててテーブルに本を置くと、ページをパラパラとめくり始める。

 図鑑と説明したとおり、見開きには手書きで武器のイラストが大量に記されていた。

 全貌や細部の仕掛け、構造などがすべてわかるように様々な角度で描かれている。

 

「……すごいな。これはエトナが?」

「そう」


 エトナが目当ての項目を探してぱらぱらと大量の紙面をめくる中、俺が抱いた当然の疑問を聞いてみたところ、これは彼女の自作の武器図鑑らしい。

 つまり、このこだわり抜かれた武器の図面は彼女がペンを取って写し取ったものということらしい。

 素直にすげえ。まだそんな芸を隠し持っていたのかという驚きと、この物量に驚愕。

 

「……これ、人に見せていいのか?」

「本当は秘密」


 つまり、特別に見せてくれているらしい。

 じゃあ他の人とかネットでこういうの見たことあるって言ったらダメそうだな。元々そんなことするつもりないけど。

 そのまましばらくページを見つけたらしいエトナは、バッと本を見開きにしてこちらに見せてきた。

 

「好きなのを一つ選んで」


 エトナに促されるままページに視線を落とすと、そこには多種多様な武器、特に殴打が得意そうなデザインのものが描かれていた。

 鉄球に鋭いトゲが生えたモーニングスターや柄の先端に鉄塊のついたメイス、シンプルなバットなどなど。

 木軸に金属を合わせたアジア風のものから美麗な金細工の施された西洋らしい儀礼用っぽいのまで色とりどり。

 古今東西の武器図鑑って感じで、見てるだけで楽しくなっちゃうよな、こういうの。

 前に武器屋に立ち寄ってショーケースの中を見て回ったときの楽しさを思い出すな。

 次また武器屋に入ったらエトナに何されるかわかったもんじゃないのでもうあの楽しさを知ることはないのだろうと思っていたのだが、まさかこんな形で再び楽しめるなんて。

 

「一応、その本にあるものは全て打てるから」

「マジかよ」


 マジかよ。声に出るくらいにはマジかよって感じだ。

 エトナが出来ないもしないことを嘘で言うような人物じゃないのはよく知ってる。だからその言葉は真実で間違いないはずなんだろうが、それでも驚きだ。

 そもそも彼女はひたすら失敗作と銘打たれた剣を打ち続けていたのに、今さらどういう了見なのか。

 今まで彼女に武器が欲しいと言ったら頑なに失敗作しかくれなかったのはどういうことなのか。

 

 とはいえ、あまり彼女を疑うようなことはしたくない。

 この図鑑のやつはもう打ち方を覚えて練習にならないとかかもしれないし。

 完全に打ち方をマスターしたらこの図鑑に入れて、それ以上得られるものがないから新しく打ってなかったのかもしれない。

 思い出すのは、彼女が初対面のときに、自分の打つ武器は全て死んでいる……的なことを言っていたこと。

 なにかポリシーに反するのか、出来上がっても納得しがたい何某かがあるっぽい素振りは見せていたんだよな。

 

 しかし本当にこの本の武器を全て彼女が製作できるとして、俺が悪人だったら、横流しとかしたらすさまじい金策ができてしまうぞ。

 俺がランディープに紹介してもらった武器屋は街の中で相当グレードの良い店らしかった。それは店内で知り合った武器マニアの極悪なピラフのお墨付きだ。

 だがこの本は明らかにあの店よりも項目が多い。あの店の品ぞろえになかった武器種だって記されている。

 

 もちろんそんなことしないけどな。信頼を裏切るような真似できないし。

 ともあれ、今は打ってもらう武器を指定しよう。

 選べる武器は無尽蔵だが、何も迷いことはない。

 いろいろ凝った意匠のやつとかあるが、こういうときに背伸びしてもいいことはないんでな。

 必要なときに、必要な分だけってのが俺のモットー。結局オーソドックスなやつがいいってワケ。

 

「これがいい」 

 

 なので俺は『フランジメイス』と銘打たれた武器を選んだ。

 頭に金属製のエッジが突き出た、いわゆる一般的なメイスである。

 

「それにするの? ……いいと思う」


 エトナもそう言っている。いやしかし珍しいな? エトナがこう、一言多いのは。 

 

「すぐできる。待ってて」


 それだけ言ってエトナは本を抱えてまた工房の奥へと引っこんでいってしまった。

 本当はあの図鑑だけでももっと眺めていたかったんだが、彼女の大切なものだし無理は言えないよな。

 しかしマジですさまじいページ数の図鑑だったなあ。冗談抜きでこのゲーム内に実装されてる全ての武器が書いてあるんじゃってレベル。

 自由に見せてもらえるなら、それこそ刀の項目とか探したらテレサが持っていた黒煙を吹き出す至瞳器とかしれっと載っているかもしれん。

 流石にそういうユニーク武器までは無いか。いやでもエトナの謎に包まれた交友関係を思うと無いともいえないのが怖いところ。

 なんてとりとめもないことを考えながら、鍛冶場で熱した鉄を打つ音を聞きながら待つことしばらく。

 

「ごめん、失敗した」

「えっ」


 エトナはそう言いながらごとりとデスクの上にメイスを差し出した。

 彼女の打ったメイスは、完全に図鑑でみたものと瓜二つだった。

 あの描かれた図面をそのまま立体化させたような完全さで、見かけ上はまったく失敗した痕跡が見受けられない。

 この再現度を見ればむしろ大成功と言って然るべきなのでは。

 

「失敗と言われても、見た目は問題なさそうな……」

 

 とかなんとか思いつつも、とりあえず肝心のメイスを装備してみることにした。

 内部の攻撃力数値がめちゃくちゃ弱いとかかもしれないし、なんて思いながらメイスに手を伸ばし……。

 俺は驚愕を隠せなかった。

 

 ついさっきまで『フリンジメイス』と表示されていたテキストボックス。

 それが手に取った瞬間にノイズが走り、直後フリンジメイスという語句が入れ替わり『飢餓槌 ララ』という極めて物々しい名称にすり替わったのだ。

 

「その、気合が入り過ぎて……武器に呪いが籠っちゃった」 


 『あなたは呪われてしまいました』って画面に出てるんだけど、どうすんのこれ?   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る