第90話 同門

「と、いう訳なんだが」

「……」


 スケルトンと戦うので、相性がいいらしい鈍器の武器がほしい。

 鍛冶場に赴いてそう伝えると、エトナは返事をせずに何やら思案しているようだった。

 

「……エトナ?」


 不審に思って声を掛けてみるが、彼女からのレスポンスは返ってこない。

 口数の少ないことでおなじみのエトナだが、リアクションにラグがあるときはあっても沈黙を貫くということは滅多にない。

 なんとも珍しいというか、妙と言うか。無視されているわけでは無いはずだが。

 

 いや、よく見ればリアクションもあるにはある。

 目を瞑ったまま小声で唸っているし腕を組んだまま首を捻ったりしてはいる。

 俺としては軽い気持ちで頼んだ内容のつもりだったんだが、エトナ的には出し渋る内容だったのか?

 

 思い返せば、エトナの打った作品は全て失敗作と銘打ってあり、どれも全て均一な剣のデザインだった。

 柄のデザインや鍔の構造、刀身の長さまで統一されている。

 それはあの規格外に大きい失敗作【特大】でさえあっても、サイズ比をそのままに拡大したような徹底ぶり。

 【腐れ纏い】の前例もある。特殊効果が付与されてなお、デザインは踏襲してあった。

 

 そう考えると、今回も剣の姿を保ったまま斬撃ではなく打撃の特性を有した剣を打ってくれるのでは? なんて予想をしていた。

 しかしエトナの反応は沈黙である。が、否定や拒否でもない。

 やってみたいけど技術的に難しいのか、やれるけど心情的にやりたくないのか。

 

 しかしどう転ぶは非常に重要な問題。

 スケルトンに有効な打撃武器をここで用意できなかった場合の手立てが如何ともしがたいのだ。

 俺個人としてはエトナとの友好関係を維持したいので、他所で武器を購入したり打ってもらうのは論外。

 またこの間のように無断で武器を購入してエトナを怒らせたくないし、俺がリビングアーマーである以上信頼関係を崩すのは悪手で間違いない。

 

 バレなきゃいいんじゃねという悪魔も囁きもあるが、俺はそんな器用な人間ではないのでそれも無し。

 騙す演技もなければ、散々世話になってるエトナを騙しながら飄々と過ごせるようなハートもない。

 というか前回アイテム欄に隠してある状態で既にエトナに武器を買ったことを看破されていたんだし、隠すのは無理なんだよな。

 もっともらしい言い訳で説き伏せるのも無理。

 よしんば俺がよほど弁が立って説得しようとしても、エトナはそういうのに耳を貸さないタイプだろうしな。

 

 エトナが無理だというなら諦めるしかないのが俺の都合だ。

 そうしたら対スケルトンの方法を新しく考えないとなんだよな。

 剣に聖水とか塗ればいけんのかね。まあそれを考えるのは後で良い。

 今は深刻そうに悩み耽るエトナのことだ。答えを出すことにかなり苦心しているようだから、何か理由があるのは間違いなさそうなんだが……。

 

 あ。そういえばふと思い出した。

 この間、初めて俺以外にエトナのことを知っている人物に会ったんだった。

 それを聞いてみよう。

 

「ところで、テレサと名乗る人物に会ったんだが」

「!」


 テレサ。湿地にいた顔に虚空の穴の開いた侍姿の女。

 その名を耳にした瞬間にエトナは驚いたように顔を上げた。


「……その様子だと知り合いで間違いなさそうだな」

「彼女は、なんと?」

「エトナの居場所を探している、と」

「教えた?」

「いや。薄気味が悪かったから断った」

「……そう」


 不安げに揺れたエトナの大きな瞳は、俺の答えを聴くと安堵したように伏せた。

 なんかやっぱり教えたらダメそうな雰囲気あったもんな、言わなくて良かったよ。

 というかアイツ対価に至瞳器くれてやるとか言ってたけど条件が破格すぎて今思い出したら怖すぎる。

 明らかに天秤が釣り合ってない。それかエトナの居場所にそれほどの価値が?

 

「どういう関係か、聞いても?」

「……私の、同輩。私たちは同じ鍛冶の師の元で学んでいた」


 おおっと新情報。落ち着け俺、ここでがっついてはならない。

 それとなく、ごく自然な形で続きを促すのだ。


「師匠がいたのか」 

「私は既に一門を追われている」

 

 それは、現状を鑑みるとそれが自然か。

 彼女は一人でここにいるし、実際に彼女の打つ武器は大して強くない。

 エトナ本人が鍛えた武器に直接【失敗作】なんて銘打つぐらいだもんな。

 

 そしたらじゃあなんで師匠の元から離れたの? ってのが当然気になるよな。

 でも直接聞くのは流石に聞きにくい。なにせエトナ自身がめちゃくちゃ気にしているオーラを醸し出してる。

 それを踏みにじってドストレートに聞くことは流石にできない。

 こう、外堀を埋めるように遠回りしながら聞いていってみよう……。

 

「その、兄弟弟子との仲はあまり良くないのか」

「私を消すつもりだと思う」

「……そんなに?」

「そんなに」


 ちょっと藪をつついただけですぐ蛇出てくるじゃん。聞くの怖くなってきた。

 どういう師匠のところで学んでたらそんな剣呑ことになっちゃうのよ。

 消すって言い方もこえーし。

 え、じゃああそこで俺が至瞳器ほしさにエトナが空島にいたとか漏らしてたら代わりにエトナが死亡してたってことでいいのか?

 

「……居場所を教えなくて正解だったな」

「うん」


 ゾっとしたわ。そりゃエトナだって素直にこくんと頷くわな。

 俺があの顔面穴侍にリークしてたらエトナ死んでたのかよ。本人からお墨付きまで貰っちまったわ。落とし穴が過ぎるだろ。

 

「至瞳器を差し出すとさえ言っていたぞ。」

「なのに、断ったの?」

「え、いや……普通に胡散臭かったし……」

「…………」


 エ、エトナからガン見されている。動揺を禁じ得ない。

 た、確かに結果的に至瞳器よりもエトナを優先したような形になったが、ぶっちゃけあの場はあいつが信用できなかったっていうのもあるんだぞ。

 なんか急に湿地に現れたしカノンが警戒してたし至瞳器も本物かわかんなかったし。

 そんなふうにしどろもどろになりながらエトナの視線に貫かれること数秒。

 

「打たないことにしていた武器も、打つことにした」

「え?」

「今、そう決めた。待ってて」


 やがて口を開いたエトナはそう言い放った。

 ……対スケルトン用の武器、なんとかなりそう?


 

 

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