第88話 こんなおいしい話

「ま、受けるしかないだろうなぁ」

「……あら」


 メライからのプロポーズ(?)

 理由や動機を説明したうえで、もう一度行われたこれを、ドーリスは受けると言った。

 正直、ちょっと意外だ。きっぱり断るんじゃないかと俺は思っていたんだが。


「いいのか? 色々と面倒がついて回りそうだが」

「そりゃ思うとこはあるぜ。一方的に散々振り回されてるんだからな」


 だよな。聖人じゃあるまいし、向こうの都合でこうも好き放題されちゃあな。

 もっとゲームっぽい、お使いの感じならそういうもんかと納得できそうなものだが、同じ……同じ? 人間の姿をしたやつに面と向かって傍若無人に振る舞われたら感情的に納得しにくいだろう。

 ちょうど俺もエルフの森でリリアに似たような感じで振り回された経験があるから特にそう思う。

 こう、頭の血管にピキっと来るよな。

 俺の時は、まあ色んなメリットデメリットを天秤にかけて自分を納得させたが。

 

「ヒヒ、なんとなく察しがつくだろ。ゲーム内システムを解放するためのストーリークエストに類するものだぜこれは」

「そういや結婚なんてシステムはまだないんだったか。でもお前がわざわざ出張るほどか」

「ゲームストーリーの根幹にまつわる話かもしれねぇ。俺の見立てじゃ、誰の手垢もついてない新鮮な情報が手に入る。こんなおいしい話を蹴るわけにはいかねえよな」

「情報屋がわざわざ自分の足を使うのには十分か」


 やはり人から買った情報だけをやりくりするだけじゃ情報屋としての商売は回らないものか。

 いやそんなに難しく考えなくとも、高価に取引できる特ダネは欲しがって当然だな。

 

「なにせ新システムの体験第一号だ。手に入る情報は膨大なうえ実質的な独占もできる。イヒヒ、決して無視はできねえ。まあウチが結婚相談所みたいになるのは引っかかるが」

「普通に面白いな」

「言ってろ。それに本命は世界観にまつわる情報だ。これが新しく入るのが一番デカい」

「攻略情報よりもか?」

「幸い、金に糸目を付けない連中がいるんでな」


 世界観の話を大枚叩いてまで欲する連中。それってたぶん大手ギルドの【生きペディア】ことだよな。

 そういえば昔ドーリスが【生きペディア】をかなりの太客だと紹介していたっけ。

 

「まさかOKをもらえるなんて思ってなかったわ」


 そんな話を俺とドーリスがしているなか、メライは安心したように椅子の背もたれに体重を預けてそんな言葉を零した。


「あん? どうせ強引に進めるだのなんだの言ってなかったか」

「方便よ。結婚なんだから、最終的には両者の合意がないと儀式が成立しないわけだしね」

「なら俺が拒んでいたらどうするつもりだったんだ」

「諦めて適当に他の人を探すしかないわねぇ。それが嫌だから、せめて最初の一人は選り好みしたんだけどね」


 ふむ。ターゲットにされたドーリスが拒めば、この結婚解禁イベントっぽいものの主導権は他のプレイヤーの誰かに渡るのか。

 だとしたらますますドーリスが断る理由がなくなったな。せっかくこの一度きりしかなさそうなイベントの抽選に選ばれたのだから、みすみすそれを手放さないだろう。

 結果として『結婚』という重々しい契約が付随することに関しては、まあドーリスは容認しているようだし。

 

「わけわかんないスライムとかが相手にならなくて良かったわ。切実にね」

「こいつもわけわかんない風船じゃないか?」

「オイ」

「いいのよ私が納得してるんだから」


 いいらしい。

 この世界のNPCの他人の評価ってどうなってるんだろうな。

 どんな異形でもクリエイトできるが、その風貌が理由で避けられたりもするんだろうか。

 メライの口ぶりじゃ、スライムはNGみたいだが。普通に各NPCに好みがあるだけかな?

 そういえばエルフも金属……ひいては俺に若干の苦手意識を持っていたみたいだし。

 

「で、肝心の儀式はどこでやるんだ」

「式場までは私が転送鍵を持ってるわ。ただ道中に邪魔者が山ほどいるし、肝心の化け物も出てくるしで……ドーリス、貴方はどれくらい戦えるのかしら」

「生産職だ。俺は戦力にはならん。用心棒は連れていっても?」

「構わないけど」

「だそうだ。アリマ」


 マジ?俺もついていっていいのか? ラッキー。

 でも戦闘能力が足りるかはちょっと不安だな。まだ俺も初心者に毛が生えたようなひよっこなんだが。


「俺でいいのか? ドーリスなら伝手には困らないだろう」

「情報は秘匿したい。それに伴う信頼関係がある知り合いは、俺も多くない」 

「戦力が足りるといいが」

「不安なら、テントの外で待ってるお前の連れを呼べばいい」


 それはつまり、カノンのことだな。

 彼女と忘我サロンで結んだ契約は満了していないから、連れていくことは問題ない。


「だが、そっちこそ構わないのか? 人が増えればそれだけ情報漏洩の可能性が上がるが」

「プレイヤーじゃなきゃ構わねえさ。ある程度は必要経費だと割り切る。掲示板でバラまかれるよか100倍マシだぜ」 

 

 なるほど。確かにNPCなら情報の拡散能力が段違いか。

 カノンは忘我キャラだからコンタクトが困難という点も好都合と言える。

 

「イヒヒ、要するにダンジョン攻略だぜ、これは。よぉーく準備しないとな」 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る