第87話 プロポーズの理由

「結婚……」


 威勢を削がれて呆けたようにメライの言葉を復唱するドーリス。

 そう、結婚。確かにメライはドーリスを指名手配した目的について、結婚と答えた。

 

「アリマ。ケッコンとかいうのが必要らしいぞ。お前持ってるか?」

「お前そんなつまらん冗談でうやむやに出来るわけないだろ」


 こちらに振り返ったドーリスが神妙な表情でとぼけたことを言いだしたが、ばっさりと切り捨てさせていただく。

 だいたいこんな皮肉にもならないジョーク言う性格じゃなかっただろお前は。

 どうやら流石のドーリスも突然想像もしなかったことを言われて動揺しているらしい。

 

「だいたいこのゲームに結婚のシステムとかあるのか?」


 俺の疑問はそもそもそこからだ。

 確かにたくさんの人が集まるMMOゲームでは、時おり結婚というシステムが採用されているゲームもある。

 基本的にはフレンド機能をよりグレードアップした限定的な拡張版という扱いが多い。

 結婚した者同士が一緒に遊ぶことで、それぞれに追加ボーナスが得られたりステータスにバフが掛かったりなどだ。

 

 『結婚』という決して軽くは扱えない名称が冠されているとはいえ、所詮はゲームの中での話……とも言い切れないのが難しいところ。

 なにせ根底として人間関係が深く関わってくる代物ゆえ、離婚となったら苦い記憶もセットだったりするもので。

 もちろん中には実益を求めて中の人が同性であって恋愛感情ゼロのまま結ばれるケースもあるし、実際に男女がどぎまぎしながら四苦八苦の末に結婚に漕ぎつけるケースもある。

 存在そのものが賛否を生んだり、ちょっと外の人から白い目で見られる部分もあったりする要素でもある。

 

「ゲーム内システムに結婚があるなんて話は聞いたことがねえ。俺の知る限りでは前例も存在しねえ」

「やっぱりそうだよな? 結婚システムだっていわば目玉だ。発売前に広報くらいするよな? でもそんな情報はなかったはずだぞ」

「示唆する要素すら今までなかった。寝耳に水だぜ」


 お前がそれほど驚くわけだよ。

 しかも相手がNPCとはな。NPCと結婚ってどういう扱いになるんだ?

 というかこのゲームにおいて結婚にどういうメリットデメリットがあるのかね。

 まさか結婚そのものが単なる口約束ってことはないだろうし、知りたいところだが。

 真相を知る者は長い黒髪の占い師だけ。

 よって俺はドーリスの背中を押して向こう側へ追いやった。

 

「おいお前」

「渦中のお前が話を聞きださないと始まらんだろう」

「クソ、覚えとけよ」


 いやあ愉快。ドーリス相手に俺が優位に立ち回れるのなんて今しかないだろ。

 存分に高みの見物をエンジョイさせてもらうとしよう。


「占い師。メライといったな」 

「何? 聞かれたことに答えるくらいはするわよ」

「まず、なぜ俺を選んだ」


 確かに。誰でもいいって訳じゃないんだもんな。

 戦果を挙げたプレイヤーでもなく、この世界で最も財を持つプレイヤーでもなく、アングラな場所でひっそりと情報屋を営むドーリスを結婚相手に指名するのは不自然だ。

 もちろん数いるプレイヤーの中だとドーリスは特に名が売れている人物かもしれないが、有名が理由ではないだろうし。

 

「どうせ結婚するなら気負わない相手がいいでしょ。それだけ」

「言葉が足りねえな。俺たちはこの場が初対面だ。俺の人柄を知る時間はなかったはずだが?」

「地下水道を私物化してわざわざ情報屋で稼ぐ陰気なヤツってことくらいは知ってたけどね」

「なおさら俺を選んだ理由が解せない」

「それが私の好みってだけだけど?」

「……。そうか」


 逃げも隠れもしないメライからのストレートな発言。

 好みだからお前を選んだと言われてしまってはドーリスも口を噤むしかない。

 照れもせず真っ向からそんな言葉をぶつけられたらどうしようもないよな。

 今思えば、最初にドーリスが成りすましの仮面を着けて現れたことも、彼女が口にしてないだけで内心好感度が急上昇していたのかもしれない。

 確かめる手段こそないが、彼女の口ぶりや性格を鑑みるとすごくそんな気がするな。

 

 そもそもお前の男の趣味どうなってんだよとは思ったが、もちろんそんなこと決して口にはしない。

 俺は配慮のできる人間なのだ。

 

「ま、付け加えるなら……情報の価値を正しく扱える人物を選ぶつもりだったわ」

「ほう?」

「占い師としてね。価値の分からない間抜けと連れ添うのは御免だったし」


 つまり、言外にドーリスが情報屋として適正な取引を行ってきたことを認めているようだ。

 このゲームにおける占い師も半分情報屋みたいなもののようだし、ドーリスの仕事ぶりが御眼鏡にかなったということか。

 あとから説明を聞くと一応筋は通っているのか。

 

「なら次の質問だ。なぜ結婚を目論む? お前の言いぶりじゃ、まるで必要に駆られているようだぜ」

「聡いわねぇ。話が楽でいいわ」


 確かに。結婚にこだわる理由がなかったわ。そこが一番肝心なのに、それを聞いてなかった。

 俺が当事者だったらそのまま納得して言いくるめられたまま結婚してたかもしれん。

 今メライが言っていたのはあくまでも相手を誰にするかで、ずっと結婚をしなくてはならないことが前提にある話し方をしていた。

 

「元々私は結婚を取り仕切る司祭なのよ。でも今、結婚そのものができなくて」

「それは何故だ」

「二人が結ばれようとすると、その儀式を阻もうとするバケモンが出てくるのよね」


 なにバケモンって。

 なんで結婚しようとするとバケモンが出てくんの?


「……それを何とかしたいってのが、お前の真の目的だな?」

「そ。占いを始めたのもその一環ね。いや占いはほとんど私の婚活が理由だけど」 


 あ、それはわかる。

 占いによって彼女が影響力を持ったことでドーリスは立場が危ぶまれたし、彼女が影響力を持っているからこそドーリスの指名手配が確かに機能した。

 振り回されるドーリスは可哀そうだが、見ている分には面白いからいいか。

 

「結婚の儀式を阻む怪物【二人を分かつ者】の討伐が私の目的。その為に、私はあなたに結婚を申し込むわ」

 

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