第81話 禁断症状
リフトが村に着くと、俺はむくれたカノンを引き連れてシャルロッテの館に戻った。
「待ちかねたわよ。あらリリアも一緒なの……なに、どうしたの」
事情を知らないシャルロッテは、俺たちの姿を見て瞠目している。
手足を負傷した俺の姿に、見るからに機嫌を損ねたカノン。そして見て見ぬフリをするリリア。
「すまん、端的に説明することはできない」
「そうなの。まぁなんでもいいけれど」
説明を放棄した俺に、シャルロッテが深く追求することはなかった。
そして、気になる点が一つ。
「シャルロッテ、その格好は」
「ああこれ? これの方が色々と都合が良くてね」
言いながら自身の衣服である長いスカートの裾を摘まんで見せるシャルロッテ。
なんと、シャルロッテの服装があの見慣れたノースリーブに作業ズボンの組み合わせではなくなっている。
ラーメン屋の店主が平日の昼間に趣味のバイクのパーツを交換するときみたいな服ではない。
彼女が今身にまとっているのは、シャルロッテのイメージに似つかわしい魔術師然とした布服。
彼女の顔つきや雰囲気を踏まえれば、今の服装が本来の姿として相応しい。
の、だが。なぜだろう。
「何? そんなにまじまじ見つめて。兜が無くてもわかるわよ」
「いや、違和感が……」
頭がないのに視線がバレるなんて。俺があからさまなのか、シャルロッテが鋭いのかどっちだ。
いやしかし、シャルロッテの服装はいつもミスマッチな組み合わせだと思っていたのに、いざ装いを改めたらしっくりこない。
スパナ片手に煤に汚れる彼女を見慣れすぎてしまったようだ。
「私からすれば、むしろこちらの姿の方が馴染み深い。ずっとその服装でいて貰いたいのだがな」
「嫌よこの服暑苦しいし」
リリアのささやかな願いをあっさり断るシャルロッテ。
言い方からして、リリアも軽くあしらわれるとわかりつつも言ったようだ。
シャルロッテの服装は高貴で格調高そうなものに見えるが、それを暑苦しいの一言で済ませてしまうとは。
どうやら彼女は魔法系の作業に適正があるから着ているだけらしい。
まあシャルロッテは鉄粉や油を被るのも構わないような女性だし、頓着など元よりなかったのだろう。
でも一見すると繊細で潔癖そうに見えるから頭がバグるんだよな。
いや、頓着が無いのは自分の容姿についてだけか? 彼女ほど熟練した職人がずさんな性格ではありえないし。
「なんでもいいけど、鎧は出来てるわ。こっちよ」
「おう」
促されるまま書庫のような館内を進む。
信じられないことだが家の間取りまで変わっている。こんな上品な建築の廊下なんて絶対なかったぞ。
前は広いガレージが敷地の大半を占めていた。建物すら別のようだ。
にしても、ガラクタが転がっていたときと異なり、物がきっちりと整頓されている。
前は歩く足場にも困るような始末だったのに。
「場所も人物も同じとは到底思えん」
「声に出てるわよ」
いけね。
「言っておくと、繊細なのは私じゃなくて魔法の方だから」
「どういうことだ?」
まあまあ失礼なことをうっかり漏らしてしまったが、返ってきたのは興味深い言葉。
シャルロッテが気分を害した様子は無いので、詳しく聞いてみる。
「言葉通りの意味よ。魔法って神経質な調整が必要だから」
「そうなのか。あまりイメージはないが……」
「見た目からわかりにくいけど、厄介な前準備が必要だったりするのよ。結局私は面倒だから全部すっ飛ばせるよう自己流に改造しちゃったけど」
……。うん、だからそれが普通の人にはできない芸当なんだよね?
リリアがすごく物言いたげな視線をシャルロッテに送っているぞ。
完全無知の俺はともかく、リリアは素人程度の知識くらいは持ち合わせている。
そのリリアがそういう態度を取っているってことは、魔法における基礎的な部分を根本的に覆してるってことじゃないのか?
「その点、機械はわかりやすくていいわね。動力とその伝達が構造の全てなんだもの」
「そういう捉え方なのか」
「そうよ、魔法で動く道具なんて面倒極まりないんだから。製作者以外には何がどうなってるんだかさっぱりだし」
両方に精通するシャルロッテが言うんならそうなんだろうが、魔道具に対するネガティブな意見は貴重だなぁ。
やっぱり馴染みのない俺たちプレイヤーは無条件でありがたがるし。
ただ発言者が機械愛好家のシャルロッテだから、機械を褒め称える方向に寄りすぎな部分はあるかもな。
「やっぱり時代は機械よね。もはや故障の原因がを突き止められなくて額に青筋を立てながら何度も何度も組み直す時間すら愛おしくなってくるくらい」
ほらやっぱ発言がちょっと偏ってるって。
しかもなんか変なスイッチが入ってしまったらしく彼女のボルテージが上がってしまっている。
もっとゆっくり喋った方がいいって。その文章量を息継ぎなしで言い切るのはつらいだろ。
なんて杞憂をするも、機械の魅力を滔々と語り出すシャルロッテはまだ止まらない。
とうとう先導する足すら止めてこちらを振り向き熱く語り出してしまった。
「そもそも全ての機械の動作不良には必ずどこかに原因があるのよそれを考えて考えてやっと原因に辿り着いた瞬間の快感ったらないんだから!」
「お、落ちつけ、わかった、わかったから」
頬を赤く染めながら俺に掴みかかり語り掛けてくるシャルロッテ。
近すぎる。圧が、圧がすごい。
「……。ちょっといい?」
「よくない。近い。おい、おい! 聴こえてるか!?」
兜が無いせいで距離感を測りかねているのか、シャルロッテの顔があまりに近い。
巷でいうガチ恋距離というやつだ。俺の視界のおよそ100%がシャルロッテの紅潮した美貌に占拠されている。
助けを求めて仲間たちの方を見るが、リリアは苦々しい顔で首を横に振っており、その隣のカノンはうんうんと頷いている。
リリアはこうなったシャルロッテがもう誰にも止められないことを知っており、諦めろという意味で首を横に振っているのだろう。
対してカノンはシャルロッテの語った機械のすばらしさに深く賛同しているようだ。いやお前は助けてくれよ。
「すぅーっ……。はぁーっ……」
そして何を血迷ったかシャルロッテは俺の身体を力強く抱き寄せ、金属鎧の体に顔を寄せて長い深呼吸。
俺、ひたすらに困惑。
「すぅーっ……。はぁーっ……」
コイツ二回目の深呼吸に入りやがった。
「……ふぅ。少し取り乱したわね、ごめんなさい」
「いや流石に説明を求めるが」
二回分の長い長い深呼吸ののち、俺はシャルロッテの熱い抱擁から解放された。
今のなんだったんだよ。機械語りに熱が入って俺に掴みかかったのは百歩譲って理解するとして、そのまま俺を抱きしめてきたのは意味不明。
しかも何故か若干やつれ気味だったシャルロッテの肌が、この一瞬のうちにつやつやとした潤いを取り戻している。
……俺、なにか吸い取られてないよな?
「魔法系の作業に集中し過ぎたせいでしばらく金属に触れられてなかったのよ。それでちょっと正気を保てなくなっちゃって」
「禁断症状じゃねえか……」
満足げににこにこと屈託の無い微笑を浮かべるシャルロッテ。
俺は彼女を機械が好きなだけの変わり者だと思っていたのだが、思っていたよりヤバいエルフだったみたいだ。
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