第80話 村の蜂蜜の用途

「……どうした、その姿は」


 帰還中、ばったりと出くわしたリリアの第一声がこれである。

 壊れた足甲と斬り落とされた腕を見ればそんな感想にもなるか。

 

「湿地を歩いていたらめんどくさいのと遭遇してな」


 やつは己をめんどくさくないと弁護していたが、どう考えてもめんどくさいぞ。


「滅多なことでは重症を負わないお前が、遅れ取るほどの相手か?」

「ああ。手練れだった」


 長らく湿地での探索を共にしていたリリアは、俺の慎重すぎる探索スタイルを知っている。

 リスクを避け、時間を掛けてゆっくりじっくりと進んでいくのが俺のやり方。

 故に初見の相手であっても大きなダメージを負うことはほとんどない。俺がリビングアーマーということを差し引いてもだ。

 こんなあからさまに大ダメージを負うのは、敵がよほど格上の場合くらい。

 リリアもそれにわかっているため、静かに驚いているようだった。 


「それよりリリアはなぜここに?」


 ここはまだエルフの森の外、湿地側だ。

 長老の元に神殿蜂の蜜を持って行ったリリアがここにいるのは不思議に思う。

 わざわざ俺たちを迎えに来たという事もないだろうし。

 

「ああ。森の外に面するこの場所に、これを設置しに来たんだ」


 そう言ってリリアが取り出したのは、琥珀色に輝く細長いクリスタル。

 

「何だそれ? 高く売れそうだな」

「いいや、金よりよほど有用だ。見ていろ」


 普段金欠に苦しむカノンがクリスタルを金目のものではと予想したが、それをやんわりと否定するリリア。

 彼女は手に持った琥珀色のクリスタルを、ゆっくりと足元の地面に突き刺す。

 クリスタルは輝きを増し、やがて地面へと溶け込むとその姿が掻き消える。

 代わりに、湿地の大地に大きな琥珀色の魔法陣が光となって浮かび上がった。


「おお! ……つまりどういうことだ?」

「うむ。あれを見ろ」


 俺の疑問を全てカノンが直情的に聞いてくれるので楽で助かる。

 リリアが指示した先を見れば、平たい板のような物体が空からこちらにやってくる様子が見えた。

 飛行する板は音もなく俺たちの傍まで飛んでくると、魔法陣の上にゆっくりと着陸した。

 

「これは、神殿蜂の?」

「いかにも。蜂蜜を加工して作ったエルフの森の内外を繋ぐリフトだ。早速乗っていくといい」


 促されるまま、琥珀色のリフトの上に乗ってみる。

 相当数往復しているエルフの森だが、毎回リリアがガイドを担当してくれていた。

 初見というには無理があるが、攻略済みとも言い難い。

 そのため、実をいうと手負いの状態でエルフの森を抜けることに危機感を感じていたのだ。 

 リリアがリフトを用意してくれたのはまさに渡りに船だった。

 物言わず浮遊したリフトは森の木々よりも高く浮かび上がり、エルフの村目掛けてまっしぐらに進んでいく。

 手すりがないのがちょっと恐ろしいが、リフトの大きさは充分。

 暴れたりしなければふり落とされることはなさそうだ。

 

「毒霧が晴れたことで森の外に出るエルフの増加を予期してな、長老と相談してこれを作ったのだ」

「エルフは森を出られるようになったのか」

「ああ。霧が晴れたことを理由に森を説得した。いずれ父が大々的にお触れを出すだろう」


 それまではプレイヤー含むエルフ達も森を出られるとは気づかないか。

 森からは出られないという先入観が強くあれば、今さら試そうともしないだろうしなぁ。

 しかしリフトはこれ一枚か? どう考えても混雑するぞ。。

 

「確かに便利だが、リフトが一つだけじゃ不便じゃないか? もちろんないよりマシだとは思うが」


 このリフトのサイズなら多くても10人強くらいしか乗れなさそうだ。

 村にいるプレイヤーが行き来するのに使うなら、流石に滞るだろう。

 そんな俺の懸念を、リリアは動じることなく否定した。


「施工者はシャルロッテだぞ。そんな心配は無用だとも。このリフトはたった一つだが、謎の原理で村に複数遍在している」


 なんだそりゃ。

 そういえば、シャルロッテは以前から村に便利なマジックアイテムをいくつも提供しているという話があった。

 なら、このリフトはシャルロッテの新作のマジックアイテムということか? 


「一枚なのになんで複数あるんだ」

「知らん。説明してくれたが理解できる気がしなかったので全て聞き流した」

「おい」

「一応、リフトがどれか一つでも壊れれば他の全ても破損するそうだ。暴れるなよ」


 たしかにシャルロッテは以前から村に便利なマジックアイテムをいくつも提供しているという話は聞いていた。

 このリフトはシャルロッテの新作ということになるのだろう。

 でも一枚しかないリフトを同時に複数存在させるってどうなってんだよ。

 シャルロッテのやつ、やることなすこと全部でたらめだ。

 

 プレイヤーにも同じ魔法が行使できる以上、このゲームの魔法は学術的に体系化されているはず。

 だのにシャルロッテの魔法だけおとぎ話に出てくるお助け役の魔法かよってくらい都合がいい。

 俺の視点だと魔法がなんでもできる理想の力にさえ見えてくる。

 シャルロッテ、どれほどの領域に達しているんだ……?

 

「しかしリリア、よくシャルロッテのところに頼みに行けたな。エルフじゃ近づきにくいんじゃなかったか」

「むしろ今が好機だったのだ。今、彼女の館は魔法で機械の姿をしていない」


 そういえばそうだ。あの機械と鉄まみれのシャルロッテ宅は現在洒落た洋風の家になっているのだった。

 エルフも今ならシャルロッテに容易くコンタクトを取れるんだな。

 

「このリフトも、森林銀の鎧を作り終わったシャルロッテが片手間に製作してくれたものだ」

「なに、鎧はもう完成してるのか。むしろ俺たちが少し湿地に長居し過ぎたか」

「イレギュラー多かったもんなぁ」


 カノンの仰る通りである。軽い散策で追えるつもりがついつい熱が入って深入りしすぎた。

 そして湿地で釣り人を見つけた辺りから歯車が狂い始めたのだ。

 ……ん? 歯車?

 

「そういえばカノン。歯車キノコを採取するって約束があったと思うんだが」

「ん? 忘れてないぜ。今さら無しとか許さんぞ」


 カノンとは、沼地地帯に生息していた金属質のキノコをあとで採取しにいくという約束を交わしていた。

 だが、全てのキノコが姿を消した現在、その約束を果たすことはほぼ不可能と化している。

 ……やべ、気まずい。

 でも、真実を伝える他ないよな。

 

「いや。破るも何も、苗床を撃破して以来、湿地からキノコが消滅してるんだが……」

「え……」


 俺を見上げまま表情を凍らせ、しばし茫然とするカノン。

 彼女も俺の発言の意味をよくよく理解しているのだろう。カノンだって俺と一緒に湿地を見て回ったのだ。

 あれほどたくさんあったキノコが悉く消滅していることは、彼女もしっかり理解しているはず。

 

「やだ」

「……何て?」

「やだーっ!」


 突如として両手を振り上げ憤慨するカノン。

 こいつ、現実を認めない気だ!?

 

「そ、そうは言ってもだな、無いものはどうしようも……」

「やだーっ! だって約束したじゃん!」

「いや、確かにそれはそうなんだが……」


 なんとかして宥めすかそうとするも、カノンはさっぱり聞く耳を持たない。

 カノンってもう少し大人びた子だったよな? なんか幼児退行してないか……?

 とはいえ約束を認めたのは俺。彼女には散々世話になったし、今さら邪険にするのも心が痛む。

 助けを求めるようにちらりとリリアの方を見るも、彼女は黙って首を横に振るのみ。

 なぜだ。先ほど『リフトの暴れるな』と釘を刺していたじゃないか。

 リリアには俺に助け船を出すつもりはないらしい。

 

 結局俺は、リフトが村に到着するまでポカポカ俺を殴るカノンを必死で慰めることとなった。

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