第82話 新たな装備
「ほら、部屋の中心のあれが頼まれていたものよ」
シャルロッテとひと悶着あったのち、連れてこられた部屋。
作業室と思しきその部屋の中央には、立派な全身鎧が飾られていた。
「おお、これが! ……早速装備しても?」
「どうぞ」
鎮座する銀の鎧は、光をほのかな緑色で照り返している。俺はシャルロッテに一言断りを入れ、鎧の前に立った。
意外だったのは、剥き出しのフルプレートアーマーではなかったこと。
今の装備と同じような外観で、素材だけ変わったような状態をイメージしていた。でもこっちの方がいいな。
金属鎧の上に革やキルトが重ねられており、また携行品を括り付けられるよう各所にベルトが巻き付けられている。
兜とデザインは現在のものを踏襲したようで、丸みを帯びた形状のもの。
「誰かわかんなくなっても困るし、兜の見た目だけは似せてあるわよ」
俺が兜の形状に関心を寄せているのに気づいたらしく、シャルロッテが短い説明を添えた。
そうか、そうだよな。俺にとっては兜が顔も同然。
現在の装備の特徴を継承してくれたシャルロッテの配慮に感謝だ。
にしても、念願の新装備。
防具の更新はゲーム的な進行や成長を強く実感できるポイント。
故にその感動もひとしお。
そして俺、装備の入れ替え作業は初だったりする。
とはいえ鎧を手にとって入手し、一つずつ装備を取り換えていけば着替えは終わるだろう。
だが待って欲しい。俺はリビングアーマーだ。
リビングアーマーというのは鎧に憑依した怨念とか思念体みたいなものだろう?
であれば、他の鎧に乗り移ったりもできるのはないだろうか。
それを試してみたいと思う。
飾られた鎧に手を翳す。
やり方とかわからんが、こう念じたらいけたりするのか?
とかなんとか思っていたら視界に現れた『憑依』のポップアップ。
あ、そういうゲームシステムみたいな感じですか。
事務的なウィンドウメッセージに了承すれば、たちまち転換する視点。
最初に聞こえたのは、がしゃんと鎧が崩れ落ちる音だった。
「うわっ、アリマ!?」
「……うまくいったぞ、俺はこっちだ」
入れ替わった視点の先では、鈍い銀色の鎧が主を失って転がっている。
……鎧の転移、無事に成功したようだ。
「リビングアーマーの着替えってそういう風になるのね」
「俺も初めてやった」
「うーむ、面妖な」
他の三人の反応は興味だったり不審だったりとさまざま。
リビングアーマーという種族が非常に少ない現状、彼女たちもリビングアーマーが他の鎧に乗り移る瞬間など見たこともないだろう。
そんなことを考えながら、新しい体の具合を確かめる。よし、インベントリ内も持ち物もしっかり継承されているな。
これで持ちものが引っ越しされてなかったら一大事だ。武器もさながら報酬の蜂蜜まで置き去りなのだから。
「着替えも済んだようだし、その鎧のスペックを説明するからよく聞きなさいな」
「頼む」
「よろしい。とりあえず森林銀自体の特性として、魔法や炎などの属性耐性に優れるわ」
ほう。元の鎧でも火炎放射を突っ切れるくらい火に強かったが、この鎧はそれ以上か。
おそらくはそうした特性が加工難易度にも関係していそうだが、防具として身に纏う分には心強いことこの上ない。
「ただし物理的な強度は通常の金属鎧と大差ない。そこは留意しておくようにね」
「前より鎧が分厚いが、それでもか?」
「古い方は薄板でも衝撃を受け流せるよう凸曲面があったけど、森林銀の加工難度じゃ同じことができないのよ。代わりに単純に装甲を分厚くして防御力を上げてあるわ。この方が最終的な強度も高いし」
なるほど、そういうものか。
俺がなるべく被弾を抑える立ち回りをしている為にめっきり出番のない【衝撃吸収】というスキルがある。
ひょっとしてこれも、防具によって習得にボーナスが掛かっていたりしたのか?
まずい、こういう自力での発見が困難な情報に興味が湧くとついネットで攻略情報を調べたくなる。
だが我慢だ。そういうのに頼るのももっと行き詰まったり、ゲームの遊び方に限界を感じてからにすべきだ。
自分でゲームの遊び代を削るような真似はすまい。
そうして葛藤している内に、シャルロッテの説明が次に続いていく。
「あとは僻地でも活動しやすいように風雨や毒、酸などの自然の脅威には強く作ってあるわ。まあ森のエルフの作った鎧だから当然ね」
「おお、それは助かるな。最近酸を掛けられて困ったばかりだ」
「うーむ。聞けば聞くほど私も欲しくなってくるぞ」
「貴方の分はないわよ」
「わかっている。言ってみただけだ」
野戦に適した森林銀の鎧。そりゃ確かに同じエルフのリリアから見ても垂涎の品か。
悪環境での戦闘はこれからどんどん増えていくだろう。
地下水道のような清潔な環境の場所はかなり少数で、多くは沼地や森のような自然環境だと予想される。
鎧の上に纏う布はそうした脅威に抗するためのものか。もし人が着れば、温かさも確保してくれるだろう。
着心地の良さにも気を払ってくれているらしい。今は無用だが、あって困る要素でもない。
前にカノンを収納したように、今後誰かを着せる状況が来るかもしれないからな。
「それと同時に静音性や隠密性にも気を配ってあるわ。どうせやるのは正面戦闘だけじゃないんでしょ?」
「至れり尽くせりじゃないか」
確かに前の鎧のように一挙手一投足にかちゃかちゃとした金属の擦れる音が伴わない。
リビングアーマーという種族を選んだ以上、隠密行動とは永久に無縁だと思っていたが、まさかそこまで配慮してくれるなんて。
静かに動けるなら、できることも増える。まさか鎧を交換することで戦術の幅まで広がるだなんて。
「あとはベルトに着いてる腰の嚢ね。小規模な収納魔法を仕込んであるから、爆弾でもスクロールでも好きなものを仕込んでおきなさいな」
「便利すぎる……」
試しに腰に着いた小さな袋にカノン用の回復薬をひとつ入れてみると、明らかに袋に入らないサイズの瓶が吸い込まれるように収まった。
重い液体の重量も袋からは感じない。流石に二つ目は入らないようだが咄嗟にアイテムを取り出すのにはめちゃくちゃいいぞ。
雑多なインベントリから目的のアイテムを取り出すのは難しい。
戦闘時など余裕のないタイミングであれば尚更だ。
だが、この小袋があれば咄嗟に取り出すのも容易。見た目以上に便利だぞこれは。
「アリマアリマ、それと同じ袋を大鐘楼の街で買おうとすると目玉が飛び出るほど高いぞ……」
囁くように教えてくれたのはカノン。やっぱそうだよな、これ絶対めちゃくちゃ便利だもの。
頼んだのは森林銀製の鎧だけだったはずなのに、まさかこんな有用な副産物まで一緒につけてくれるなんて。
そして、腰に括りつけらているものが他にもまだあった。
「遠眼鏡とカンテラもおまけで付けておいたわよ」
「いいのか、そこまでしてもらって」
「大したものでもないしね。一応マジックアイテムだけど、壊れにくい以外の効果はないから期待しないでね」
「これ以上など望むべくもない。もっと欲しがったらバチが当たりそうだ」
さっそく試しにカンテラに触れてみると、ぼうっと優し気な青い光が内部に灯った。
これがあれば光の届かない洞窟の中でも安心だな。もう一度触れれば光はふっと消滅する。
そしてこの遠眼鏡、実は前々から欲しいと思っていたのだ。
具体的にはカノンを連れて湿地の探索をするようになってから。
遠くにあるものや敵を、近づく前に観察できるというのは強いアドバンテージだ。
特殊な瞳によってサポートしてくれたカノンの働きぶりからもその有用性は証明されている。
どこかのタイミングで大鐘楼に戻ったら買い求めようと思っていたのだが、先んじてシャルロッテが用意してくれるとは。
できる女だ、シャルロッテ。機械に狂いさえしなければ。
「気に入ってくれた?」
「ああ。率直に言って想像以上だ。これほどいい仕事をしてくれると思ってなかった」
「そう? 嬉しいわ。はりきった甲斐があったわね。……ところで」
「どうした?」
突然よそよそしい態度を取り出したシャルロッテ。
そんな彼女を怪訝に思っていると、シャルロッテは落ちていた旧俺の鎧を抱え上げた。
そして、お茶目にウィンクしながらこう言ったのだ。
「これ、もらっていい?」
お前普段そんなことする奴じゃなかっただろ。
キュピーン☆ なんて効果音が伴いそうなくらい渾身のウィンクじゃねえか。
俺の鎧は兜が消失し、腕は千切れ、片足がひん曲がったボロ状態のものだ。こうやってみると酷いもんだ。
シャルロッテは捨て身の色仕掛け? をする位これが欲しいようだ。
たぶんシャルロッテもエルフの村に居を構える以上、滅多なことでは新しい金属を入手するのも難しいんだろう。
レシーの浴びせ蹴りで叩き割られたり、川に流されてボコボコになったりと色々あった俺の鎧。
うーむ、やはり冒険を共にしてきた鎧だけあって、いざ手放すとなるとちょっと感傷に浸ってしまうな。
それに思い出を抜きにしても、スペアの鎧を持っていたら色々と悪さができそうだから本当は持っておきたいのが本音。。
だけどまあ、いいだろう。
「いいぞ、譲る。好きに使ってくれ」
「やったぁ!」
ウィンクした姿勢で返事を待って固まっていたシャルロッテが、拳を握り小さくガッツポーズする。
そんなに欲しかったのか、その鎧。
「アリマお前、そうやってまたシャルロッテに金属の餌を……」
「これだけ良くしてもらったんだ、礼代わりになるならいいじゃないか」
小さく跳ねて歓喜するシャルロッテを横目に、俺へ苦言を呈するのはリリア。
でもシャルロッテは俺の依頼をあっさりと受けてくれた上に、サービスで副次品のマジックアイテムまでおまけしてくれた。
湿地の攻略に協力してくれたのもあるし、これくらいの頼みは聞いてあげるのが筋だろう。
そんな餌付けみたいに言われるのは心外だ。
「それに、シャルロッテの力になってほしいと言ったのはお前じゃないか」
「それは、まあ確かにそうなんだが」
リリアとしてはやはり、機械や金属に囲まれたシャルロッテを見るのは辛いものがあるのだろう。
だが、俺も先ほどの機械に狂って顔を赤く染めながら熱弁するシャルロッテを見てしまったからわかる。
「リリア。彼女を矯正するのは不可能だ。観念しろ」
「くっ……」
悔し気に吐息を漏らすリリアの視線の先では、晴れて自分の物となった鎧と熱烈なキスを交わすシャルロッテの姿。
なにしてんだアイツ。
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