第78話 再会

「なんだったんだ、あの侍……」

「さぁ……」


 顔の無い不気味な侍。エトナの存在に興味を示し、レシーとの関係を匂わせた謎の存在はこの場を去った。

 まさかエトナの居場所の対価に至瞳器まで出してくるなんて。

 しかも見たかあの力。

 刀が大量の黒煙を吹き出して、孫悟空の筋斗雲のように煙に乗ってどっか飛んで行っちまった。

 あんな能力をもつ刀が、凡百の品であるはずがない。

 女は刀を至瞳器と嘯いていたが、その言葉に偽りはなかっただろう。

 

 だからこそ、本気で俺に譲るつもりだったのが恐ろしい。

 単眼の鍛冶師、エトナの情報はそれほどの価値があるものなのか?

 現状、客観的に見れば彼女の能力は決して優れているとはいえない。

 俺の愛用している失敗作の武器は、失敗作というだけあって大鐘楼の店で売り出されている刀剣の下位互換。

 腐れ纏いは例外とするにしても、決して優れた能力を持っているわけではない。

 もちろん俺は近い未来エトナがそうなることを期待しているが、彼女はまだ未熟だ。

 腐れ纏いを除き、全ての武器の名称が『失敗作』なのだから間違いない。

 

 更にはあいつ、ゲーム初めたての俺を一方的に蹂躙したレシーの名前を口にしやがった。

 彼女が直接名乗ったのを除けば、ゲーム内でその名をはじめて聞いた形になる。

 単に友人というだけか? ダメだな、進展があったように見せかけてなんにも変わらん。

 幸い、あのテレサと名乗った侍は意味深な雰囲気を漂わせるだけ漂わせたあと姿を消した。

 俺やカノンに危害は及んでいない。後に控えた湿地の探索にはなんの支障もきたしていない。

 故に、このまま探索を続けようとしたのだが……。

 

「敵ぃっ!?」


 ガキィン、と甲高い金属音が鳴る。

 カノンの悲鳴じみた報告に咄嗟に反応して蹴った俺の足の音だ。

 金属質な高音は、蹴りの精度が低い時に出る。

 俺の足甲は斬撃による痛手を負い、大きくひずんでいた。

 だが構うことはない。回転の勢いを殺さずに剣を薙ぎ払う。


 ケープのはためくコート。満月のような黄金の瞳。大きなトップハット。携えた翡翠刀

 見間違えるはずもない。

 

「てめぇ、レシー!」

「ほう、当ててくるか!」


 馬鹿言え、かすっただけだ。

 分厚いコートの生地の上を剣先が滑っただけ。毒の効果は期待できない。

 

「敵なら容赦しないぜ!」


 すぐさまカノンが援護のアイテム投擲。

 赤い液体の詰まった瓶は重装備の蜂の兵士を一撃で葬ったもの。

 しかし瓶はレシーにぶつかることはなく、空間に飲み込まれるように虚空に波紋を立てて消失。

 ──何が起きたか考えるのはあとでいい。一気呵成に攻めを続行する。

 飛び掛かるような回し蹴りから、捻りを加えた回転斬りへ。


「くく、面白い戦い方をするじゃないか。まるで他人とは思えないなぁ、ん?」 


 それを機嫌良さげに間合いで避ける帽子女、レシー。

 そうだ、この足さばきだ。初めて戦ったときもこれでまともに攻撃が届かなかった。

 だが今は。

 【絶】。強引に間合いを操作した蹴り。

 どういうつもりでのこのこ出てきたか知らんが、逃がさんぞ。

 初戦の雪辱を晴らしてやる。


「【絶】も物にしているのか! 凄いじゃないか、我が事のように嬉しいぞ」


 喜色混じりに喋りかけながら俺の蹴りを同じく蹴りで叩き返すレシー。

 ──これが【絶】の弱点、攻略法か。

 例え間合いを強制的に操作できようと、攻撃そのものを弾き返されれば無防備な姿をさらしてしまう。

 回転を活かして連撃に繋げることもできない。

 レシーが使っていた戦法だけあって対策済みかよ。

 というか実際に参考にしたとはいえ、レシーが師匠面してくんのが無性にムカつく。

 

「そういうことなら話は別だ。先を見せてやる、捌いてみせろ」


 至近距離の戦闘を嫌がって後ろに飛び退いた俺を追って飛び蹴りをかますレシー。

 常軌を逸した加速は明らかに【絶】の効果が乗っている。

 レシーがやったように蹴り返すのは得策ではない。足甲がひしゃげているからだ。

 【絶】の追尾能力は俺もよく知っている。間合いの外に出るのは不可能と言って差し支えない。

 故に、下策とわかっていてもなお蹴りを防御するしかなかった。

 盾が無いのが悔やまれる。だが、代わりになるものはあった。

 

 失敗作【特大】。

 巨大な刀身の腹は分厚いだんぴらそのものであり、尋常な盾に比肩するほどの強度はある。

 回避行動を完全に放棄することで装備変更不可状態の解除を待ち、ギリギリのところで特大剣に装備を付け替える。

 この特大剣を振りぬいて生じた隙を装備解除で消すことはできない。

 だが、棒立ちのニュートラルな静止状態なら装備変更できることは検証済み。 

 この重い剣を咄嗟に自在に振るうことはできなくとも、両手で構えるくらいはできる。

 腰を低く構えることで、俺は大気を裂いて迫りくる脚を巨大な剣の腹と手甲で受け止め──る事はできなかった。

 受け止めんと意識していた衝撃が訪れなかったのだ。

 代わりに腕と大剣がするりと地に落ちる。

 

「【空列】。お前ならすぐ覚えられる」


 ……腕が、構えた大剣が、斬り落とされた?

 何が起きたかわからぬまま逆の脚でもう一撃飛んでくる。

 袈裟の軌道。まともに食らえば即死。

 咄嗟の出来事に思考が遅れ、回避が間に合わない。

 

「──ちょっとスパルタが過ぎるんじゃないの?」


 絶体絶命の瞬間、割り込んだ黒い刀が火花を散らしてレシーの蹴りを逸らす。

 

「……テレサ」


 眉を顰め、不機嫌そうに下手人の名を呟くレシー。

 窮地を救ったのは、先ほど空の彼方に姿を消したはずの侍。

 貌に大穴の空いた女、テレサであった。

 身体のほとんどが黒い煙と化しており、肩から上だけを実体化させている。

 これも至瞳器の力だというのか。

 

「邪魔立てするな。彼に名乗ってもらう約束がある」

「……だったら素直にそう聞けばいいじゃないの」


 そんな約束あったっけ。

 そういえば確かに前回のレシー戦後、意識が暗転する直前にそんな内容のことを言われた気もする。

 でもあれって死亡寸前の俺に勝手に言葉掛けてただけだろ。

 あれを約束というには無理があるのでは。


「……。……アリマ」


 迷った。迷ったが、名乗らないともっと面倒ごとに発展しそうなので名乗った。

 

「いい名前だ。覚えたぞ。いらぬ邪魔が入ったせいで私の理想の状況で聞きだせなかったのが悔やまれる」

「自己紹介ありがとね、アリマ君。じゃあこいつは私が責任もって持って帰るから」

「何? 駄目だ。彼は私が見つけた。アリマも私に学んでいる。彼の面倒は私が見る」

「ごめんねアリマ君、この女の人めんどくさいんだ」

「めんどくさくない! おい、離せ!」


 刃を交わすテレサが、吠えるレシーを刀から出した黒煙で絡めとる。

 あの捉えどころのないレシーに対し舌戦で優位に立っている。不思議な光景だ。

 

「今度こそ、じゃあね~」


 そして先ほどと同じように黒い雲に乗って空へと飛び立つテレサ。

 違うのは、暴れながら抗議するトップハットの女が黒雲に巻き込まれていること。

 俺は頭と両腕を失ったまま、二人を見えなくなるまで茫然と見送ることしかできなかった。

 

「なんだったんだアイツら……」

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