第76話 湿地の新しい姿
女王蜂から感謝の品を受け取ったあと、リリアだけ先んじてエルフの森へと帰還していた。
貰った神殿蜂の蜜を一刻も早く持ち帰りたいとのことだ。
リリアはあの蜂蜜の価値を正しく知っているのだろう。
対する俺はイマイチ。どれくらい凄い品なんだろうな。
まあ本当の価値は追々分かっていくだろう。今はまだ、無駄遣いしないことだけ頭に入れておく。
さあ、せっかくまたこの湿地帯に出てきたことだ。
カノンも連れているし、この湿地エリアの再探索をするのにいい機会。
ずっと先送りになっていたマップ埋めの作業を進めよう。
当初の予想通り、リリアは残念ながら離脱となった。
でも大丈夫、カノンが一緒だ。
初めて忘我サロンを利用するときは博打に挑むような気分だったが、カノンの有能ぶりを体感したあとでは信用度が違う。
あのとき自分の興味に従ってサロンを使ってみてよかった。
そうなると気になってくるのはサロンの層の厚さ。
ランディープとカノンという二人のポテンシャルの高さを知ったあとでは、残る忘我キャラの面々の能力も気になってくる。
プレイヤーがそのキャラを手放したタイミングは不明だが、キャラクターのビルドが一定以上の完成度になってそうなんだよな。
そういえば、ドーリスも忘我キャラのスペックに関する情報は欲していたっけ。
まだプレイヤーが未踏の領域に達している奴も平気でいそうだな。
そういえばあの星辰魔法使いのガイコツをカノンは愛称で呼んでいたっけ。
サロンの面々は仲が良かったりするのだろうか。 当事者がいるんだし直接聞いてみるか。
「カノンは他のサロンのメンバーと仲はいいのか?」
「何だ藪から棒に。まあいい方だと思うけど、中には話が通じないやつとかいるしなぁ」
「やはり」
「ランディープは通じる方だぞ」
嘘、あれで?
というかよく俺があの変態シスターを思い浮かべたことがわかったな。
カノンは俺とランディープの関係を知っているのか?
ランディープと一緒に居た時点では、俺とカノンとまだ会ってすらいなかったと思うんだが。
「あいつを知っているのか」
「まあな。前までは意味不明な輩だったんだけどさ。ある時期からうわごとのようにアリマの名前を呟き始めて、それ以来は話が通じるようになったぞ」
「その情報は恐ろしいから知りたくなかったんだが」
アイツうわごとのように俺の名前を呟いてるのかよ。気味わるいからよしてくれ。
噂とかになったら恥ずかしいだろうが。
だいたいもし俺のプレイヤーネームがふざけた名称だったらどうするつもりだったんだ。
焼肉定食とかにしてたら後天的に腹ペコ属性を付与できちゃうな。
「というか最初は話が通じなかったのか」
「ん? ああ。なんか気味の悪いやつだなーと思ってたんだが、話してみると結構いいやつだったな」
本当に? 一言目にはありがとう、二言目にもありがとうだぞ?
かなり綱渡りなコミュニケーションだと思うんだが。
でもたしかにいいヤツというのは否定しきれない。俺の大鐘楼観光を親身になんて案内してくれたしな。
だがだとしても俺の地下水道攻略に侵入してきたのは絶対に許さんからな。
トラウマものだぞ、マジで。
土偶のシーラが一緒のタイミングだったからこそ良かったものの、俺一人のときに遭遇していたら恐怖映像まったなし。
「俺の方からあまり進んで再会したいとは思えないんだよな……」
まあ、俺の意思など関係なく突撃してくるだろうな。
今回はフィールド攻略だから良かったものの、次回のダンジョン攻略ともなればいったいどうなるやら……。
しかしフィールドといえば、このド=ロ湿地、フィールドボスと思わしき苗床を撃破して以降景色が一変した。
当初は足元の芝以外の植物が存在しなかったこのエリアも、今は鮮やかな花畑や果樹の実った針葉樹があちこちに散見されるのだ。
霧のあるころは、どれも黄土色に爛れ腐れていた。
そして変わったのは景色だけではない。出没するエネミーにも変容が見られた。
「お、また出たな。それっ」
カノンがぶどう酒の瓶を投げる。
その先にあるのは、ギザギザの歯を持つ人喰い花。
根を張りその場から動けない人喰い花は、そのままカノンの瓶によって焼却されていった。
「植物や虫の敵が多いな」
「毒霧で身を隠してたやつが戻ってきたんじゃない?」
「前はキノコ一色だったからな……」
「こいつらのが戦いやすくていいぜ」
濁り水とキノコ型の敵しかいなかったこの湿地も敵の種類がめっきり変わった。
今出てきた人喰い花の他、歩く花とかデカいテントウ虫とか、これまたデカいカブトムシとか。
カノンの言う通り、新しい敵のが戦いやすくていい。
なお現在遭遇した中で一番強敵だったのはデカいカブトムシ。
イノシシのように突進してきてカノンが攻撃を貰ってしまった。
次いで厄介だったのはテントウ虫。前に立つ俺を無視して後衛のカノンを狙いやがる。
幸いどちらも毒の通りが良いため、攻撃さえ当たればスムーズに撃破はできた。
が、カノンの負傷によって回復アイテムを二個も使用してしまった。
これで残りは5個だ。高級品だからカノンを守る立ち回りをもっと意識しなくては。
攻撃力は特大の失敗作の剣によって克服したが、味方を守るタンクとしての能力にはまだ課題が残る。
カノンという後衛をパーティに採用したことで浮き彫りになった俺の弱点だ。
それにしても、虫タイプの敵の見た目がまだしんどくない方の虫たちなのは助かる。
婦人キノコのように変則的な立ち回りもしてこないし、絶叫キノコのように見た目が不快でない。
先ほど倒した人喰い花も、恐怖を煽る鋭い歯を持っていたが、絶叫キノコや苗床のような人間準拠の歯よりぜんぜん良い。
背筋にぞぞっと来るようなビジュアルの敵がいないだけで精神的余裕が違う。
そんなこんなで、カノンと二人でマップ片手に湿地を隅々まで練り歩く。
毒霧もないし、悪辣な敵もいない。あまり苦労はなかった。
俺の盾がなくなったことによる防御力の不安はあったが、カノンの優れた視力によって不意打ちを予防してくれているので問題はない。
相手に先手を取られなければ、俺の【絶】とラッシュで倒しきれる。
倒しきれなくても腐れ纏いの毒を入れて、後ろに下がってカノンに追撃してもらえば大概の敵は倒せる。
カブトムシなどには初見ゆえに後れを取ったが、既知の敵となれば対応が後手に回ることもない。
そうして珍しそうな花を摘んだり、状態のいい木の実を採取したりと探索を満喫させてもらっている。
ここで採取したアイテムたちは、エトナに刃薬にしてもらう予定だ。
大鐘楼で売却するのも一考したが、エトナに素材を提供したいという想いもあったのでそれはやめにした。
金はマップが完成したらドーリスから受け取れるしな。
「なあ、アリマ。あそこに誰かいるんだが」
「なに? どこだ」
と、湿地探索のさなかでカノンが人影を発見したようだ。
どういうことだ? もう他の誰かがこの湿地まで来たのか。
エルフはまだ森が出したがらないみたいな話だったよな。霧が晴れたからもういいのか?
それかシンプルに他のプレイヤーが地下水道を攻略して出てきたか。
どちらにせよ、無視するという選択肢はないな。
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