第75話 お礼の品

 謎の技術で浮遊するリフトに運ばれ、二度目となる女王蜂との謁見に望む。

 大広間に佇むのは女王蜂。そのサイズ感には、何度見ても圧倒される。ここにいると遠近感がわからなくなるほどだ。

 カノンなんかは言葉も失って見上げてる。カノンが見たのは頭と胴がさようならしてる姉のほうだからな。 

 俺たちを赤い複眼で見下ろす女王が翅を震わせれば、聴音機が再びリリリと風鈴のようなノイズ音混じりに女王の声を翻訳し始める。

 

『お待ちしておりました。配下から仔細は聞き及んでおります。我が姉を解放してくださったそうですね』


 解放。かの女王蜂のおぞましい怪物の苗床となったあの姿を思えば、確かに解放という言葉が相応しいだろう。

 女王の姉は頭をもいで菌糸に巣食われ、胴より下は湿地を汚すガスの発生装置に改造されていた。

 あれはひどく冒涜的な姿だった。蜂に俺の価値観を適用していいのかわからないが、姉妹がそんな姿にされれば、救えなくともせめて葬りたい。

 きっと目の前の女王蜂にそんな気持ちがあったのではいかと思う。


『そして、生命を蝕む霧はこの地から姿を消した。あなた方が確かに私の願いを聞き届け、そして叶えてくださった証左です』 


 神殿蜂たちももちろんこの湿地エリアから霧が消失したことを確認したのだろう。あたりを哨戒する蜂が多かったのもきっと気のせいではない。

 やがて一帯を活動する神殿蜂の数は徐々に多くなっていくだろう。

 思い返せば、この神殿は毒霧が身を護るシェルターのような役割も果たしていたんだろうな。

 最初に訪れたときは中に住む蜂の多さに度肝を抜かれたが、あれは霧から避難していたため通常時より中にいる蜂が多かったんだ。

 今後はこの湿地を巡回する神殿蜂の数も増えるだろう。俺たちは幸いにもこの蜂の勢力と友好的な関係を築けたが、後続のプレイヤーはどうなるのだろう?

 やはり敵対するのだろうか。もしも時間を置いてここに戻ってきたとき他のプレイヤー達によって蜂たちやこの神殿が壊滅させられていたら、ちょっと寝ざめが悪いな。

 いや、だからといって俺にできることなんてないのだが。まさか掲示板にこの蜂とは戦うのをやめましょうなんて喧伝するわけにもいかないし。

 なにせ、俺の感情以外に理由がない。メリットもデメリットもないのだ。そんな言葉に他のプレイヤー達が耳を貸す道理はない。

 この蜂たちの行方を、俺は傍観するしかない。

 なんて先のことを考えているうちに、女王蜂の操作する浮遊したキューブが俺たちの前までやってくる。

 

『故に。ささやかなれど、ここにお礼の品を用意いたしました』

 

 浮遊するキューブ。その上には大きな壺が二つ鎮座していた。中には黄金の蜜がなみなみと注がれている。

 

『これは我々の集める蜜です。差し上げますので、ご自由に扱ってくださいませ』

「神殿蜂の蜜が、これほど大量に!?」

「……それほどのものなのか?」

 

 驚愕の声を上げたのはリリア。その驚きようからして希少品のようだが、どんな使い道があるのあろうか。

 なんか前に魔力を蓄えられるだのなんだの言っていたのは朧げに覚えているが。

 

「飲めば秘薬になり、魔力を通せば至上の触媒となり、土に混ぜれば極上の建材となるという噂だ。その需要は凄まじく、僅かな量でも大金と交換できるというぞ」

「そんなに」

「戦士の術師も分け隔てなくこの蜜を喉から手が出るほど欲しがっているのだぞ。それをこんなに多く……!」


 わなわなと震えながら壺を受け取るリリア。こうも余裕のないリリアを見るのも珍しい。

 にしてもこの、そんなに用途が広いのか。そんな凄いものをこんなにたくさん貰っちゃっていいんですか?

 

「アリマに差し出した大量の森林銀は、実をいうとエルフの森として手痛い出費だった。だがこれで全て帳消しになる」

「最初に不審な蜂を見つけたとき、無視しなくて本当によかったな……」


 思えばあれはリリアの提言だったか。まさか蜂が言葉をしゃべっているなんて思わなかったし、俺一人じゃこの状況には決してなっていなかった。

 わざわざエルフの森に戻って蜂たちと関係を結んだ成果はあった。あの面倒だったエルフの森との往復作業は決して無駄ではなかったのだ。

 しかし神殿蜂の蜂蜜が有用という話を前回聞いた時点では、もしももらえたらエトナに刃薬にしてもらおうかなーなんて考えていた。

 だが、用途はもっと慎重に選んだほうがよさそうだ。薬にも魔術素材にもなるというから、自分で使うよりかはだれかとの交渉材料になるか?

 すぐには使わずにとっておくのがよいだろうな。

 というか、あれ。二つ?

 

「カノンの分はないのか」

「ん? 気にしなくていいぜ。これはアリマ達の受けた依頼だろ? 私が報酬を受け取るのはお門違いだぜ」

「そうか? いやしかし」


 カノンは湿地の攻略から苗床戦まで一貫して著しい活躍を見せた。

 そんな彼女がなんの報酬も受け取らないというのはなにか釈然としない。

 エルフの長老から報酬を受け取った際は俺一人に宛てたものだから何とも思わなかったが、今回はリリアの分が用意されているのだ。

 そうなるとパーティのうちカノンだけが省かれているようでなんだか気になってしまう。

 

「気にすんなって。わたしも全部承知の上で契約してんだからさ」

「……わかった」


 気持ちの整理が若干つかないが、彼女が良いというなら良いのだろう。

 どちらにせよ女王蜂とは言葉が通じない。カノンの分の報酬も増やしてくれという具申さえできないのだ。

 部下の蜂たちがカノンを味方と認識しなかったこともあったし、どうしてもカウントから外れてしまうようだ。

 初めて女王蜂と謁見した際にはいなかったのがやはりよくなかったか。

 などと考えていると、聴音機から再び女王の声が鳴る。

 

『その蜜はこの地の霧を払っていただいたお礼。ですが、鎧の貴方には姉を救っていただいたお礼として特別にもう一つ差し上げたいものがあります。これを』


 そう言って差し出されたのは一枚のカード。

 この神殿と同じ材質でできたマーブル模様のカードは、表面になにかの模様が描かれている。

 この模様のモチーフは蜂だろうか。なんだこのカード。

 

『我ら蜂の恩恵を授けるものです。必ずや貴方の力となることでしょう。それではまた、いずれ』


 女王がそういうと、俺たちの足元のリフトが下がっていく。

 ちょっと待ってこのカードの説明してからでも遅くないでしょうに。

 ああダメだもう謁見の時間は終わりらしい。なんだよこのカード。

 ただちに説明を要求したい。とりあえず武器とか使用アイテムとかじゃあなさそうだよな。

 持っているだけで効果があるタイプか? お礼に渡すくらいだからデメリットとかはないよな?

 わからーん!

  

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