第73話 装備製作依頼

 俺がエルフに礼として求めたもの。それは森林銀製の鎧だった。

 理由はいくつかあるが、一番はその希少性。

 森林銀は入手性も不明で更に加工手段が極めて乏しい。リリアの話ではエルフの、しかも限られた技師にしか取り扱えないそうだ。

 リリアが所有するレイピアもその一つであり、エルフ垂涎の品だとか。

 その森林銀をふんだんに利用した全身鎧。これはちょっとやそっとでは手に入らない豪華な品のはずだ。

 今後手に入る可能性がとても低い。少なくとも店売りなんかは一切期待できない部類の装備になる。

 エルフの村の未来を救ったという俺の立場で要求するにはうってつけだ。

 

 長老は俺の願いを鷹揚に頷いて承服し、まず素材となる大量の森林銀の鉱石を進呈してくれた。

 加工は森の外れに住む技師に頼むといいと告げられた。木々を通じて事前に話を通すことはできなかったが、断るような人物でもないから、と。

 その技師の正体はどう考えてもシャルロッテ。木々の声が届かないというのもあいつが鋼鉄のドームの中に住んでいるからだろう。

 そういえばリリアのレイピアを打ったのもシャルロッテだったか。事前に彼女と交友があった良かったな。土産のネジキノコもあるし頼みやすい。

 

 懸念事項があるとすれば、それはもちろんエトナの存在。

 彼女は一度、断りも無く店売りの武器を購入したことで激怒したことがある。

 だが心配するなかれ、勝算はある。

 ポイントは俺の盾がエトナの握撃から逃れた点。思うに、彼女は武器の専門。

 防具やそれに類する副次品に対するこだわりは薄いと思うのだ。

 という保険もそこそこに、俺はエトナの元へきちんと確認をしにいった。無論、シャルロッテに森林銀の加工を頼む前にだ。

 事後承諾なんて愚の骨頂。事情を説明する前に森林銀の装備をグシャグシャにされてしまう可能性があるからな。そうなってからでは遅い。

 

 空島への転移に忘我サロンの契約効果でカノンも同行してきたが、彼女には滝前で待機してもらった。

 エトナの元に他の誰かを連れていったらトラブルの元になると思ったからだ。カノンもしぶしぶながら頷いてくれた。

 

 そして俺の『よそで防具を仕立ててもらって来る』という発言は、やはり俺の予想通りエトナの感情を強く動かすことはなかった。

 やはり彼女はこと防具については門外漢のようだ。武器を打つのと防具を打つのとではやはり違うらしい。

 ちなみにエトナから返ってきた言葉は『防具なら、いい。……当分は』である。

 エトナの現状の目標は『失敗作』以外の剣を打つことのようだから、防具にまで手を出すのは相当先にように思える。 

 盾はギリギリで防具側に回るのだろうか。彼女の鍛冶の腕が上がれば、ゆくゆくは防具も打ってくれるかもしれないが、今はノータッチのようだな。

 余談だが、苗床に投げつけて消失した兜は修復不可能だった。なにせ直す元がない。当然といえば当然か。

 

 というわけでカノンを連れてエルフの村に舞い戻り、シャルロッテの工房へと赴いた。

 ちなみにリリアは同行を拒んだ。あの金属まみれの館に、こんな間隔を置かずにもう一度訪れるのは無理だと。 

 にしても、村にワープできないのがとにかく不便。毎回森をリリアに案内してもらうのも手間だ。そのうち改善されたりしないのか?

 エルフの村へ容易くアクセスできるのはエルフだけの特権だとでもいうのか。

 そんな不満を抱きながら工房の扉を潜ると、早速目に入ったのはクレーンで持ち上げた謎の機械の中に上半身を突っ込んだ女性の姿。

 ガチャガチャと工具を突っ込んで夢中で作業している。

 

「ん、誰か用? ちょっと待っててもらえるかしら。一本締まりの悪い頑固なネジがいるのよ」


 顔は分からないが、これは紛れもなくシャルロッテの声。

 そもそも機械に頭から突っ込めるようなエルフがシャルロッテの他にいるはずもなく。


「俺だ、アリマだ。頼みがあってな。土産も持ってきたぞ」

「あら、ごきげんよう。湿地の霧は晴れたかしら?」


 作業中の両腕を上げたまま、屈んで機械から顔を出すシャルロッテ。その端正な顔とウェーブの掛かった金髪のボブヘアーはいつにも増して黒い煤に汚れている。

 線が細く知的な彼女のシルエットは、やはりこのスクラップだらけの作業場とあまりにミスマッチ。

 どう考えても上品な調度品に囲まれた静かな屋敷で難解な書物を読み解いていた方が似合っている。

 そんなシャルロッテの表情は、俺の隣にちょこんと佇むカノンを目にした瞬間に怪訝そうに変わった。

 

「んー……?」 

 

 作業の手を止め、高所の作業台からジャラジャラとした吊り鎖を伝って降りてくるシャルロッテ。

 服装はいつも通り薄着の白いノースリーブシャツに生地の厚いダボついたズボン。もちろん濃厚な鉄と煤と機械油の匂いもセット。

 彼女の興味は明らかにカノンに向いている。兜の無くなった状態の俺に突っ込みの一つも無しだ。

 俺もまあまあな見た目をしている自覚はあったんだが、よもやスルーされるとは。

 

「はじめましてね。あなた、名前は」

「カノンだけど」

 

 顎に手を当てながら、まじまじとカノンを見下ろすシャルロッテ。

 

「うーーん……」

「な、なんだよ」


 カノンは不躾な視線を嫌がり、俺の背後にひょいと隠れてしまった。

 俺の陰からひょいと顔だけを出してシャルロッテの様子を窺っている。

 カノンはオートマタだ。衣服で覆われていてわかりにくいが、その体は真鍮でできている。

 苗床との戦闘では体内に複雑な機構が駆動しているのも目撃した。

 シャルロッテはエルフにはありえない機械愛好家。オートマタは自立して動く機械人形。

 シャルロッテが興味を示すのは至極当然なのだが、いまいち釈然としていない。

 

「なーんか違うわね……。ってあら、アリマあなた頭はどうしたのよ」

「今気づいたのか。名誉の負傷みたいなもんだ。沼の霧も晴らしたさ」

「あら本当? やるじゃない」

「まあな。ところで、その赤ずきんは気にならないのか?」

「おや? と思ったけど、ちょっと好みとは違ったわね」


 どうもカノンはなんかが違うらしい。元とはいえPLキャラだったからだろうか?

 それか、前に話に出た機械工房都市産の機械じゃないせいで食指が動かないのか。

 シャルロッテのことだし、もしかしたらカノンに飛びついて『この子ウチで引き取らせてください』くらいは言うんじゃないかと思っていたんだが、俺の誇大妄想だったようだ。

 蒸気と真鍮で動くオートマタのカノンは、シャルロッテの機械の好みのストライクではなかったか。

 ともあれカノンに向けていた興味は一旦失せ、俺の外観に気づいたのはそれから。

 頭がないヤツがいたら最初に気づいてほしいもんだが、まあそこはシャルロッテだし仕方ないか。

 とっとと話を進めてしまおう。

 

「受け取れ。沼で拾ったお前への土産だ」

「なにかしらこれ。ネジ……じゃないわね。キノコ? ふぅん。ありがたく受け取っておくわ」


 手渡したのは火炎放射するキノコのふもとに生えていたネジ状の小さいキノコたち。

 一度目の沼地探索で入手したものだ。苗床撃破で沼地に生えていたキノコは消滅したが、既に採取済のこれは俺のインベントリ内にしっかりと残っていた。

 

「うん、うん。見た目通りネジに使えそう。これって栽培とかできるのかしら」

「さぁな。扱いは任せるぞ」

「量産できたらできることがかなり増えるわね。腕が鳴るわ」


 このネジキノコから苗床が復活したりというのも考えにくいしな。キノコの栽培の難易度も知らんし。扱いはシャルロッテに丸投げだ。

 有能な彼女のことだ、改めて訪れたら森の一角がネジが群生してそうだな。ますますここが普通のエルフが近寄りがたい場所になるか。

 ちなみにカノンは今も俺の背後で縮まっている。完全にシャルロッテを警戒しており、借りてきた猫のようになってしまった。

 世間話もそこそこに、用事を済ませてしまおう。

 

「で、こっちが本題なんだが。この森林銀で俺の鎧を作ってほしくてな」

「森林銀? 随分久しぶりに扱うわね……って、あなたこんな大量の森林銀どこで採掘したのよ。一応これ希少な素材なんだけど。どこぞから盗んでないでしょうね?」

「長老が報酬に譲ってくれたんだ。お前に頼めば加工してくれるってな」

「ああ、それで私のとこに来たの。確かにこれくらいあればフルプレートアーマーを作るにも足りるわね」

「頼めるか?」

「いいわよ。魔法もたまには使わないとなまっちゃうし、いい機会ね」


 パチンと指を鳴らすシャルロッテ。

 直後、錆びついた機械部品で溢れていた工場が紙とインクの香りの漂う書斎に変貌していく。

 壁面に敷き詰めらた本棚にぎっしり詰まる分厚い書籍。瓶や試験管、フラスコなどの実験器具が並び、大きな暖炉やかまど、壁に備え付けられた天井まで伸びる戸棚まである。

 節操のないスクラップ工場のようだったシャルロッテのラボは、彼女の指鳴らし一つで魔法使いや錬金術師の家のように一瞬で様変わりしてしまった。

 

「「すげ……」」


 思わずカノンと感嘆の声が被ってしまう。

 そのままきょろきょろと二人で辺りを見回すが、もうどこにもあの乱雑な研究所の名残はない。

 なにか先ほどまでの光景を保証してくれるものがあるとすれば、それは、白シャツを煤に黒く汚したシャルロッテだけ。

 唖然としながら立ち尽くす俺たちに、シャルロッテは困ったように苦笑していた。

 

「そんなに驚かなくても。ただの次元被覆魔法よ?」


 その次元被覆魔法とやらが何なのかはわからんが、俺にもわかることはある。

 それはこの海外の中古車レストアショップの一人娘みたいな恰好したエルフが、極めつけの天才ってことだ。 


 

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