第72話 撃破報告

「ふう、ここまでくれば安心か」

「ようやく一息つけるな」

「はよ私を鎧から出してくれ」


 

 苗床を撃破、蜂たちの協力によって崩落する神殿から颯爽と脱出した俺たち。

 苗床が溶けだすと同時、神殿に巣食っていた大量のキノコは、その悉くが水に乾いたように干からび萎れていった。

 あの大量のキノコは、墜落して不安定な状態だった神殿を支えてもいたのだろう。

 神殿の内部からはついぞ見つからず、最後に上から降ってきた女王蜂の体はきっと神殿の外、その上部にあったのだろう。

 胞子に侵された彼女の体は、そこで湿地全域に毒の霧を振りまいていたのだな。

 俺たちの不意を打つ形で出現した苗床も、そういえば神殿の外からだったし。

 

「おお! 見ろ、湿地の景色が!」


 鎧装備を解き、外に出たカノンが開口一番に触れたのは様変わりした湿地の光景についてだった。

 無残に崩落した神殿から目を離し、背後の風景に俺も視線を移す。

 そこに広がっていたのは一片の霧もない晴れた湿地の姿。

 

「こりゃ見違えたな」


 あの煩わしい黄土色の霧は、もう湿地にはない。

 遠くを見通せるというのがとても新鮮な気分だ。カノンの風圧弾では周囲の霧を飛ばすだけで、遠くには霧が健在のままだったからな。

 そして変わったのは、足元もそう。

 泥のようにぬかるんでいた沼の水は透き通るサラサラとした水質になっていた。足に纏わりつくようなどろどろとした感覚はもうない。 

 

「これで、やっと、か」


 毒霧に覆われた泥の沼は、根源を断つことで水に浸る神秘的な平原に姿を変えていた。

 その景色を万感の思いで眺め、小さく息をつくリリア。

 リリアはずっとこの霧に故郷が侵されるのではと焦燥していた。彼女もようやくその責任感から解放され、肩の荷が下りたことだろう。

 

「まだ気を抜くなよ。帰るまでが本番だ」

「そう、だな。ああ、心得ておこう」


 そう言いながら、俺もまた気を引き締める。

 装備的にも精神的にも疲弊した状態だが、まだ冒険は終わっていない。

 このまま犠牲を出さずに、安全な拠点まで帰れて初めて終わりを迎えることができるのだ。

 

 

 





 めちゃくちゃ何事もなかった。

 懸念していたトラブルやアクシデント等は何も起こらず、俺たちは無事にエルフの森まで撤退することができた。

 それには大きく様変わりした湿地に理由がある。

 霧が消えたことによって湿地から消えたものがもう一つあったのだ。

 それはキノコ。湿地深部に大量かつ多様に生えていたあのキノコたちが忽然と姿を消したのだ。

 理由はやはり苗床を撃破したことだろう。あの特異なキノコたちは、苗床をその生命の源としていたようだ。

 お陰さまで俺たちは引き返す際に一切の戦闘行為を行わなかった。

 途中死んでいる蜂が動き出すことを懸念して死体確認作業を行ったが、反応はゼロ。

 目玉キノコや婦人キノコ、足場となっていたテーブル状のキノコさえ見る影もなかった。

 この湿地に生息していたキノコはその一切が絶滅したとみて間違いないだろう。

 

 森に戻れば、真っ先にするべきことは長への報告。

 よって俺たちはエルフの村に入るや否や、ただちに長老の元へ赴いた。

 

「務めを果たしてくれたようじゃな。森から声は聞いておるよ」

 

 村の中でもひと際大きく目立つ朽ちた大樹の内側。そこには変わらず人面の浮かんだ新芽が佇んで俺たちを待っていた。

 兜を失った首なしの俺に一瞬驚いていたが、すぐに落ち着きを取り戻していた。流石の年の功か。

 

「話が早くて助かる」

「故に、まずやるべきことがあるな。リリア」

「ああ」 


 長老が用意していた篝火。そこにリリアが躊躇なく片腕を突っ込む。

 直後視界に浮かび上がる蔓の巻き付いた十字架。絡み付いていた草木は激しく炎上し、十字架が草の拘束から解き放たれる。

 

「目的の達成と楔の焼却。この二つを完遂したことで解呪は完了した。お前の死は本来の形を取り戻したぞ。……世話を掛けたな」

「待て。お前、その右腕は」


 解呪に際しリリアが炎の中に入れた片腕。かつて白くしなやかであったリリアの片腕は、肩まで凄惨に燃え尽きて炭化したように黒ずんでいた。 


「ん? ああ、片腕で済んでよかったよ」

「どういうことだ。説明してくれ」 


 そう問いかける俺の声は、動揺を隠しきれてはいなかった。

 正直、混乱している。リリアが俺に掛けた宿り木の呪いというのはそんなに重かったのか?

 人を呪わば穴二つ。呪いに縛られた俺への負荷ばかり目が向いていたが、掛けた側にも恐ろしい制裁を下す代物だったというのか。

 

「どうもこうも、私自身を贄に捧げた呪いだったというだけだ。時が立つほど捧げる領域が増えていく。それがよもやたかが片腕で済むとはな。迅速な解決をしてくれたアリマには感謝の言葉もないよ」

「……正直、お前の覚悟を見誤っていた」


 リリアが呪いを掛けたとき、彼女に躊躇するような素振りは毛ほどもなかった。

 むしろ当時はそのためらいの無さと軽率さに怒りを覚える程であった。

 それがまさか、自分の体を対価に支払うほどの決心のもと行われていたものだったなんて。

 

「万が一、お前の身に何かあったらどうなっていたんだ?」

「物言わぬ樹木となった私がお前の身体に種を植え付けて、使命を果たすまで寄生し続けていただろうな」


 じゃあなんだ? もし俺がリリアの護衛に失敗した場合、俺は体内から樹の生えたリビングアーマーとして生まれ変わってた訳か?

 しかもその場でリスポーンし続けるゾンビみたいな挙動の。なんて恐ろしい可能性の話なんだ。リリアの安全を意識しながら攻略してて本当に良かった。


「……無事に苗床を倒せてよかったよ」

「そうか? どの道約束を果たせば宿り木は燃え尽きるぞ。それに実はドルイドには金属との融合という異端があってな。お前さえ良ければ、この私が今から寄生することもできるんだが?」

「馬鹿いえ」

「はっはっは、安心しろ冗談だ」


 そういうリリアの目と声が毛ほども笑ってねえんだけど。『今から寄生することもできるんだが?』じゃねえよその顔で冗談って言われても笑えねえから。

 というかお前今までジョークとかいう性格じゃなかっただろ。

 だいたいエルフってそんな寄生とかできんのかよ。そういう、自分を樹の姿に変えたりとかができるわけ?

 森がエルフたちを子と呼ぶってそういうカラクリか? いやそこまで含めて冗談なのか? もう何もわからん。

 とにかく寄生だのなんだのはもうキノコだけでお腹いっぱいだっての。

 

「アリマ殿。貴方にはこの森の危機を救っていただいた恩がある。我々に何か要求はあるかな? おおよその願いは誠意をもって叶える用意があるのじゃが」


 不気味なリリアの冗談を遮りそう言ってくれたのは、新芽の長老。話の流れを断ち切ってくれて助かったぞ。

 にしても来たな、クエスト報酬。しかもその裁量をこちらに委ねてくれるなんて。

 ならば俺の願いは決まっている。

 

「森林銀の防具を俺に作ってくれ」 

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