第69話 作戦会議
苗床と睨みながら思考を巡らせる。俺一人じゃ後手に回ることしかできない。
【絶】を使えば無理やり攻撃をあてるくらいはできるかもしれないが、そしたら次の瞬間スクラップだ。
轢き殺されるか、触手に巻き込まれるか、口の中でたっぷり咀嚼されるか。
離脱か防御のプランがなきゃ俺からは攻められない。鍵になるのはリリアとカノン二人だ。
奥の二人は何をしている? 苗床の巨体に阻まれて向こうがどうなってるかわからん。
おそらくは向こうも蜂の頭と対面していて防戦を強いられているか。一度合流して意見交換をしたいところだが。
なら、苗床の気を引いて攻撃を誘発させよう。
近づいて攻撃はしたくない。何か俺にも飛び道具あったらよかったのだが。
……あ、丁度左手にいいのがあるじゃん。
酸によって溶けて使い物にならなくなった小さな金属の盾。これ使ったらいいじゃないか。
どうせ盾としてはもう使いようもないし、装備するだけ無駄だ。
それにいいことも思いついた。ただ投げるだけではもったいない。
せっかくだから強力な効果も期待したいよな。
というわけでアイテム【刃薬】を取り出し、瓶の中身を溶けて変形した盾にぶっかける。
腐れ纏いが手に入ったことで近頃めっきり出番がなかったが、今こそ出番というわけだ。
【刃薬】なんて名前だが、盾に塗れないというルールはない。
躊躇なくどばどばと薬液を盾にぶっかけると、盾の表面が淡い紫に光り始める。
光はやがて徐々に光量と濃度を増していき、藤のように柔らかった光は、毒々しい強烈な紫に変わる。
「お、重っ!」
光が強まるほど盾が重くなっていく。これがこの刃薬の効果か?
かつて片手で違和感なく構えられた小盾は、両手でぶらさげるように持つのがやっと。マンホールでも抱えてるみたいだ。
こんなのいつまでも持ってたら機動力にかかわる。さっさと投げちまおう。
肩を使って投げるのは不可能。仕方がないので体全体を一回転させ、遠心力で無理やり放り投げる。
あからさまな挙動で飛んできた円盤を苗床は触手で叩き落とそうとするも、見た目以上の質量となった小盾は触手を弾き返し白いスカートの上に着陸。
しかし飛距離が不足していたか、苗床が床に垂らす布の上には乗ったものの、有効打とは程遠い。
俺の筋力が十分あれば円盤投げのように片手で投げ飛ばし凄まじい破壊力を出せたかもしれない。
などと悔やんでいたのだが、盾の紫の光はますます強くなっていく。その重量、もはや想像もつかない。
苗床はカーテンを縫い留めるように鎮座する盾を嫌がってか、盾を睨み大きく背後に後ずさった。
その時。
ビリビリビリッ!!
引き裂かれる布の音。
超重量と化した小盾はまったくその場を動かず、苗床が力づくで引こうとしたため布地が裂けたのだ。
『──う゛わ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぇ゛ぇ゛ぇ』
苗床、激昂。
絶叫キノコ譲りの汚らしい怒声を上げ、俺を激しく睨みつけた。
あの布部分は苗床にとって大切なものだったらしい。体の一部なんだから当然か。
期せずして部位破壊が一段進んでしまった。しかも相手の自滅のような形で。
相手の攻撃を誘発できればそれだけでよかったのに、これはかなりうれしい。
刃薬によるおみくじは大成功だ。盾に刃薬を塗るという自分の機転を褒めたい。
『゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぇ゛ぇ゛ーっ!!!』
怒り狂い猛進してくる苗床。しっかり距離をとっていたので突撃は躱し切れた。
すぐさま反対側にいたリリア達と合流する。
「アリマ、回復くれー!」
まっさきに声を上げたのはカノン。片腕を庇うようにして、すぐに近くにやってきた。
カノンたちも反対側で蜂の頭部と戦闘していたのだろう、見れば彼女の衣服は肩から斜めに溶け落ちており、精巧な機械人形の体は肩から腕にかけて痛々しく溶解していた。
内部の機械構造が剥き出しになっている。細かい部品群が空回りして機能不全を起こす様子は、なんだか見てはいけないものを見てしまった気分になる。
「使え!
「せんきゅ!」
躊躇わずに俺が所有している灰色の専用回復薬を渡してやれば、カノンはすぐに瓶の栓を抜いて中身を破損した体に注いだ。
掛けられた鉛色のスライムのよう粘度をもって滴り、カノンの患部に貼り付くと元の機械の体を瞬く間に再現してみせた。
すごい薬品だ、そりゃ高額なわけだわ。
にしても忘我サロンのルールが憎たらしいな、最初からカノンに回復薬を持たせられたらいいのに。
一方のリリアも無傷とは言い難く、纏っている外套のあちこちが食い破られたように千切れている。
幸い、本人が重いダメージを負った様子はなさそうだ。
「アリマは無事か。苗床の様子が急変したぞ、何をした?」
「スカート引き裂いた!」
「でかした!」
話が通じるのが早い。
リリアも苗床を倒すための手段を考え、俺と同じ結論に至ったのだろう。
スカートを破いて女性に褒められるなど、非常に貴重な経験だ。
それに相手が醜い怪物なのでまったく良心も痛まない。
やつは今も神殿の壁に激突して再び絶叫している。どうせ後を追っても酸を噴射してくるだろう。追撃をする意味はない。
今のうちに作戦会議だ。
「次はあいつの触手をなんとかしたい。なにかアイディアあるか?」
「私の投げものをあいつの口に放り込んでみるか? 動きくらいは止められそうだけど」
「確かにいけそうだな」
「でも普通に投げたらきっとはたき落とされちゃうぜ」
もじゃもじゃとした細く大量の触手は、布状の部位が破れたことでかえって可動域が広がっているように見えた。
飛び道具による攻撃は先ほどまでより難しくなっているかもしれない。
だがあの大口とその内部は弱点の説が濃厚。なんとか口に向かって痛撃を叩き込みたいところだ。
自分が中に入って……というのは王道の戦法だが、あまり試したくない。これはやるのは後がなくなったときの最終手段くらいでいい。
「であれば、爆発物を投げればあいつに起爆させられるのでは?」
そう言ったのはリリア。ふむ。確かに一理あるな。
思い返せば俺がやつ目掛けて盾を放り投げた時も警戒していたし、それに対するリアクションも素早かった。
巨大な目と口という弱点らしき器官を二つ備えているだけあって、飛び道具への警戒心が強いのかもしれん。
それを逆手に取れば、やつの眼前で爆発物を起爆できる可能性が高い。
あれだけの大目玉なら、大きな隙を作ることもできるはず。
「そういうことなら俺にいい案がある。とはいえ、成功するかどうかリリア次第なんだが……」
「は? よくわからんがとりあえず私を見くびるなよ。言ってみろ」
なんでそんな反骨精神旺盛なんだよ。まあ弱気よりかは頼もしい、のか?
リリアには何かとポンコツなイメージが付きまとっているのでやや不安だが、今回の探索におけるリリアの活躍は目覚ましい。
思い付きの作戦だが、今一度、リリアを信じて試してみよう。
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