第70話 初めての着用
作戦会議を迅速に終えた俺たちは、すぐさま苗床に対する警戒を強めた。
激昂した突進攻撃から姿勢を立て直した苗床は、昂った精神も落ち着いたらしく再びその口元に歪な笑みを浮かべている。
ニタニタと嘲るような薄笑いからは露骨な悪意を感じる。この湿地に毒性の霧を振りまく苗床が、どうやら悪性のもので間違いないということを確信させてくれる表情だ。
自然と存在するだけで周囲に害を及ぼしてしまうなんて行儀の良いものではないだろう。
酷薄な笑みの向こう側にあるのは、純粋な悪意のみだ。
故郷がその悪意の危険に晒されようとしているリリアは、目の前に佇む諸悪の根源を疎ましげに睨みつけていた。
「まったくおぞましい。こんな輩はただちに葬り去るに限るな」
「決意表明は結構だが、しくじったら無事じゃ済まないのはお前だ。抜かるなよ」
「ふん、誰にものを言っているのだ」
「お前に言ってるから心配してるんだが?」
なに冷静な顔で怪訝そうに首を傾げてんだ。
まるで自分が抜け目のないクレバーな戦士かのような発言をしているが、俺はお前が初対面でド派手にすっころんだ時からクールとは無縁だと思っているからな。
今回の作戦でもっとも危険に晒されるのはリリアだ。致命傷を負わせる気はないが、しっかりしてもらわないと困るぞ。
「二人とも、なんかしてくるぞ!」
カノンの呼び掛けを受けてリリアとのしょうもない会話を切り上げ、苗床の挙動に注視する。
もっとも注意する攻撃はやはり突進。なにせ明らかな即死攻撃だ。跳ねられたら問答無用でスクラップになる。
が、気になるのは苗床がまだ突進以外の強力な攻撃をしてきていないことだな。
蜂の頭側になるとカノンの負傷から酸の噴射や他に攻撃があるようだが、苗床側が突撃しかできないとは考えにくい。
触手の動きを止め、ぎょろぎょろと目玉を動かす苗床。こ、これは明らかに予備動作!
「避けろ!」
どうせ目からビームだろという信頼のもとその場から飛び退く。二人もそれに応え咄嗟に回避行動をとってくれた。
苗床は俺の熱い期待に応えるように大きく目を見開き、その瞳孔から白い光が迸る。
光線は目で追える程度に遅く、先ほどまで俺たちが居た場所をザラザラとした粒を伴う線が貫いた。
細かい粒子たちは着弾点でぼふんと音を立て、不穏な白煙を巻き起こした。
「うわ見ろ! キノコ生えたぞ!?」
「……おいおい、直撃してたらどうなってたんだよ」
ビームが照射された場所には毒々しいキノコが密集するように群生していた。
不気味な白い粒子光線。その正体は、キノコが生えるビームだったらしい。胞子をビームで撒く菌類があるか。
キノコが生えるだけなら食らっても大したことはない。そんな認識は即座に改めた。
足元に広がる固い遺跡の瓦礫を、キノコの頭が容易くぶち抜いて生えてきたからだ。
あのビーム、直撃したら体の内側からキノコに食い破られて死ぬだろ。
……おっかねえ。まともに食らいたくはない。
仲間が根拠も確証もない俺のビーム予知に従ってくれて良かった。
息をつく暇もなく、再び苗床が眼球をぐるりと回し始める。
「次発が来るぞ、間合いを詰めないと埒があかん!」
リリアが気付きナイフを投げたが、触手の一本が反応し払い落とす。予備動作を飛び道具で止めることはできないか。
突進も恐ろしいが、キノコビームはもっと恐ろしい。遠距離攻撃を一方的される状況も面白くない。
リリア達の決めた作戦も、近づかないことには始まらないので苗床目掛けて全員で駆け出す。
こんなに走り回る戦闘はこれが初めてだな。まあ、あのビームの弾速なら見てから容易に避けれるか。
なんていう俺の甘っちょろい考えは、即座に改めさせられた。
白い光を湛える苗床の淀んだ瞳。それの視線の先は、明後日の方向を向いていた。
予想される事象はただ一つ。
──薙ぎ払いビーム。
「目ぇ瞑ってくれ!」
カノンが苗床に何かを投げるのが見えて咄嗟に顔の前を腕で庇う。直後走る強烈な閃光。
閃光弾による目くらましだ。よくぞこのタイミングまでとっておいてくれた……と思ったが、顔を上げると苗床に効いた様子がない。
一体なぜ? 疑問はすぐに解消された。
やつの目元に大量の濃霧が集中している。デカい攻撃をするための溜めだ。この湿地の霧が奴の前に集まっており閃光の効力が弱まったのだろう。
だとすれば、威力は先ほどのビーム超える。確実に避けなくては。
ジャンプ。いや高さが足りない。
ガード。いや盾はさっき投げたんだった。
どうする。いっそ穴でも掘って地中に避けるか? ランディープのドリルがあったら一考の価値もあったかもしれない。
懐に潜り込むには遠すぎる。どうすればいい。
必死に頭を巡らせる。
しかし考えれば考えるほど避けようがない。
俺が犠牲になってリリアとカノンを逃がすか? いや、絶対にダメだ。
呪いの効果で鎧がぐしゃぐしゃになった瀕死状態のまま俺がリリアの所から復活することになる。
そんな状況で苗床を倒せるとは思えない。万が一倒せたとて、この沼地の最深部から脱出できない。
脱出できるまで試行を繰り返すうち、リリアが死ぬ。
このビームは絶対に避けないとまずい。
だが、手詰まり。
そんなとき。聞き覚えのある音が、背後から聴こえてきた。
ヴヴヴヴヴ。
人によっては嫌悪感を覚えるけたたましい虫の羽音。
よもやと思い振り向けば、入り口の方から颯爽と駆けつける蜂の大群。
そしてもちろん、蜂たちの中に胞子袋に寄生された個体はいない。
思い出すのは、大神殿に横たわる女王蜂の言葉。
かの蜂は、確かに俺たちにささやかなれど協力と共闘を約束してくれた。
俺たちが上空の蜂神殿を訪れた時のように、蜂たちに持ち上げてもらえれば薙ぎ払うビームを躱しきることができる!
と、いうところでカノンに近寄る蜂の数が妙に多い事に気づく。
……。
あ、やべえカノンだけ約束の雫のアミュレット持ってねえじゃん!
これカノンが苗床もろとも敵として認識されてるよな!?
それは流石にマズイという焦燥感のもと、大慌てでカノンに走り寄って後ろから捕まえて抱き捕まえる。
「えっ急になになになに」
「すまん時間がねぇから抵抗しないでくれ!」
「えっ? えっ? えっ?」
支援にやってきた蜂が追い付くよりも早く俺の鎧をカノンに着せる!
ここは一旦俺とカノンで一つとカウントしてもらうことで切り抜けよう!
「ちょちょちょ痛い痛い痛い!!」
「すまん許せ俺もこういうの初めてなんだ!」
大忙しで俺の装備をバラし、カノンと重なった状態で無理やりカノンに鎧を着せていく。
自分以外に鎧なんて着させたことがないし、ましてこの余裕の無い状況。
正面の妖しい光を瞳に湛える苗床に、背後のカノンに襲い掛かろうとする、本来の味方のはずの神殿蜂の羽音。
視覚と聴覚の二つが更に俺の焦燥感を煽る。
が、ここにきて初めは嫌がっていたカノンの徐々に抵抗が緩やかになっていったので、これ幸いと作業を進めさせてもらう。
よしよし、カノンの体がちっこくて助かった。初めてでもサイズ差のお陰でゴリ押しで鎧を着させることができるぞ。
「だとしてももっと優しくやってよ、ばかぁ……」
「ぃよぉーし間に合ったぁ!」
かなりシビアなタイミングだったが、なんとか寸でのところで蜂の到着に間に合った。
その場しのぎのガバガバな目論みだったが蜂たちからはOKをいただけたらしく、俺はカノンもろとも空に体を持ち上げてもらえた。
横目に確認すれば、俺たちと同様に蜂に持ち上げられたリリアが白い目で俺を見ていた。
いや言わんとすることはわかる。だが他に方法がなかったんだ。カノンだってきっとわかってくれるさ。
「……あとで怒るからな」
「……おう」
体内から響く拗ねたカノンの言葉に、俺は静かに頷くことしかできなかった。
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