第68話 苗床の観察
女王蜂の頭を背負うなんかきもい生き物。十中八九こいつがこの湿地に毒霧を満たしている元凶だろう。
あまりに気持ち悪い外見だが、俺たちはこいつとこれから戦わねばならない。
こんな巨大生物と戦うのは初めてだ。よくよく直視して、その武器を推し量らねば。
ひときわ目立つのは、やはりその巨大な眼球。黄色く濁った不健康そうな大目玉はやはり弱点だろうか。
目からビームとか視線を合わせたら石化とか、嫌らしい副次効果がないといいが。
そして、人間ような歯を剥き出しにするおぞましい大口。万が一飲み込まれたら平たい前歯で食いちぎられ、臼のような奥歯に磨り潰されること請け合い。
あとは口の中から何かを吐いてくる可能性もあるか。あまり正面には立ちたくない。
そして嫌でも目に入る、はためく布とうじゃうじゃと波打つ無数の触手。
人間の顔に例えれば顎に位置するあたりから白いスカートのような膜をはためかせ、その裏から生えた大量の触手を忙しなくしならせている。
スカートが蒸気機関車の前についている排障器みたいになっているな。あれが内部の触手の保護も担っているのか。
触手は足の役割を果たしているらしい。あれで重たい蜂の頭を抱えて歩いているんだな。にしてもあの足踏みに巻き込まれるだけでも容易く即死しそうなんだが。
だがそれぞれの特徴は、いずれもわずかに既視感がある。
そう、全て沼に生息していたキノコの特徴を一部継承しているのだ。
目玉キノコの眼球と足に、絶叫キノコの口腔、あの布の部位は婦人キノコだろうか? 湿地キノコ総集編とでも言いたげだ。
だが、だとしてもデカすぎる。今までみたいな戦い方は果たして通用するのか?
落ち着いて考えたいところだが、相手はそんな暇を与えてくれない。
「来るぞ、走れ!」
苗床が繰り出したのは、有無を言わせぬ無慈悲な突進。ステップ程度では避けきれないので、真横に全力に猛ダッシュして回避。
やはり当たり前のように俺たちを襲ってくるか。流石に一部のキノコのように非戦状態から始まったりはしないようだ。
リリアとカノンは左に、俺だけが右に。二手に分かれるように突進を回避する。
苗床は俺に狙い直線的な突進を僅かにこちら側に寄せてきたものの、寸でのところで避けきった。
猛進する苗床は勢いのまま神殿の残骸に頭から激突。パラパラと遺跡が細かく崩れ落ちる。
よもや隙かと近づくが、すぐさま苗床が背負う女王蜂の首が動き出した。
「まずい、近づくな!」
咄嗟に飛び退きながら、苗床を挟んだ向こうの二人にも声を掛ける。くそ、避ける方向が一致しなかったせいで分断されてしまった。
蜂の頭部がガチガチとギロチンのような顎を噛み鳴らし、その口から何らかの液体を散布。
紅色の霧として噴出したそれは壁に激突して隙を晒した苗床を守るように展開。逃げ遅れた俺は腕に一部を被ってしまった。
「酸かよ! 盾が溶けちまった……!」
あからさまな隙に飛び込んだ結果、手痛い反撃をもらってしまった。
くそ、背負ってる女王蜂の頭もまだ動かせんのかよ。
溶かされたのが一点ものの腐れ纏いではなく、逆の手に持つ盾だったのは不幸中の幸いというべきか。
腕の鎧もやや溶かされたが、盾が文字通り盾となってくれたおかげで損傷は軽微。
毒の類なら無視して突っ切って攻撃できたのに。特に気を付けないとまずいのはリリアだな。
ガスマスクが酸で破壊されたら悲惨だ。平時ならカノンに霧を晴らしてもらえばいいが、ボス戦中だと余裕もない。
それにどうやら背後に回っても攻撃し放題なんてことはなかった。チクショウ、授業料に盾を一枚もっていかれたな。
エトナの握撃を免れ、ここまで湿地攻略を支えてくれた盾よ、さらば。
晴れていく酸霧の中で、苗床が余裕たっぷりにこちらを振り返る。酸の霧が己を守っていることは本人も承知のようだ。
黄ばんだ歯を剥き出しにして、大口を厭らしい笑みに歪めている。こいつ無駄にいい歯並びしやがって。
目と口しかないのに表情が豊かでムカつくぜ。
睨み合ったまま後ろに下がり充分な間合いを確保する。近い距離じゃおそらく突進を躱しきれない。左右に若干追尾する姑息さも持ち合わせているようだったしな。
口の下の布のせいで触手を斬りにもいけない。いや、逆だな。
布を破って触手を斬り落とせば、こいつの機動力も落ちるはず。
順序よく部位破壊を進めていけば良いんだ。攻略の糸口がつかめてきたぞ。
さて問題は、どうやってそれをやるかなんだよな。
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